「みんな障害者になったね」
音楽家が一人の演奏はソロ。
二人ならデュオ。
三人はトリオで、四人だとカルテット。
それからクインテット、セクステット、セプステット…と、クラシックを聴きながらいつの間にか得た知識ですが、では会話の場合なら?
一人だと独話。
二人なら対話。
三人…呼び方があるの?
というのが私の知識の限界で、三人は“鼎談(ていだん)”というのだと、恥ずかしながらつい最近になって知りました。
それまでも方々で見聞きしてきたはずが、特に気にかけない事柄は、頭に残りにくいのかもしれません。
それでは、なぜ今になって新知識が定着したかというと、ある本の紹介の〈貴重な鼎談〉という一文を読み、気になって“鼎談”の意味を調べたからです。
『ポストコロナの生命哲学』というタイトルのその本は、2021年、まだコロナ禍の真っ只中に、三人の学者による寄稿と鼎談を編んで出版されました。
その三人は美学者の伊藤亜沙さん、生物学者の福岡伸一さん、歴史学者の藤原辰史さんと、いささか異色の顔ぶれです。
それでも、深い知識と洞察力、共感と想像力を備えた人が集まると、こうも面白く話が転がっていくものかという、スリリングな話題展開の連続でした。
できれば一章一章をつぶさに見ていきたいところですが、字数が膨れ上がる予感しかない上、門外漢の私があれこれと語るより、実際に読んでいただくのが一番という気がします。
かわりに個人的な話をすると、私がその本の中で最も不意を突かれ、しばし固まってしまったのが、こんな一文でした。
『「みんな障害者になったね」』
これは美学者の伊藤さんが、目の目えない方から言われたという言葉です。
コロナ禍で、世界中の人々の境遇は一変しました。
それまで思い思いに働き、学び、余暇を過ごしていた生活が、突然崩れ、あらゆることが中断を余儀なくされました。
なおかつ、たとえ意に染まないことであっても、個人の意思の尊重以上に、社会的な要請に従わなければならない、という局面が連続しました。
それは不安と忍耐の日々であり、いつまでこんなことが続くのだろう、誰もがそう思いながら、ひたすらに我慢を重ねていたに違いありません。
そんな状態を評した、視覚障害者の方の一言が「みんな障害者になったね」でした。
伊藤さんは、その言葉について書いています。
『つまり、自分のせいではなく、環境が原因で自分の自由が奪われるという経験を今、みんながしている、それが「みんな…」という言葉として出てきたわけです』
それはマイノリティの目線でしか生まれない表現であり、ページをめくる私の手が止まってしまったのも、自分がその反対側にいることを思い知らされたからです。
コロナ禍の日々の中のフラストレーションや不満は、“持つ者”が、数々の“権利”や特権”を失ったせいで味わう苦痛でした。
けれども“持たざる者”である“障害者”にとっては、それは馴染みの状態の延長に過ぎないという事実が、心に突き刺さるように感じたのです。
そんな動揺と同時に、なぜ私はこれを忘れていたのだろう、とも思いました。
かなり前から私をフォローしてくださっている、あるいは最初期に書いたものまでお読みの奇特な方はご存知かもしれませんが、私は呼吸器と肺の疾患のため、子ども時代をほぼ寝たきりで過ごしました。
有り余る時間とエネルギーを好きに使い、自分の思うがままに振る舞う、という小さな頃の思い出は、私にはありません。
かわりに、シーツの上で横になり何とか息をしているだけ、というのが子ども時代の私の日常であり、そんな状態を表すなら、私は内と外に同時にいた、と言えるでしょうか。
身体の内に閉じ込められつつ、世界の外に弾き出されていたからです。
私はひどく孤独で、不自由で、“みんな”や“普通”とはかけ離れた存在であり、間違いなく“障害者”の一人でした。
幸いにも十代の半ば過ぎには健康状態も改善し、今の私は“みんな”と同じように生きられますが、どこでまた病が再発しないとも限りません。
そして、人生の長い時間を重い病のうちに過ごしたことが、自分自身の根になっていることも確かです。
それなのに、いつの間にか、自分がすっかり“みんな”の側に立っていることがショックでした。
“障害者”の方が、かつての自分とまるで同じに、不自由を常として暮らしていらっしゃることも。そんな辛さ、不公平さを、自分が何も意識せず過ごしてきたことも。
コロナ禍の数年間、数多の制限や規則に、なぜ自分が周囲の人よりも強い痛痒と苛立ちを感じていたのかという、その謎も解けました。
不可抗力で再び“障害者”になった私は、過去の経験を追体験していたのです。
自分自身について。
当たり前のように享受している自由の尊さについて。
人が不自由な状態で生き続けなればならない非人間性について。
「みんな…」の一文の衝撃から生まれた疑問と考えは、しばらく消えそうにありません。
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