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「ついうっかり」がもたらす奇跡

漫画家の水木しげるさん、ペニシリン、『悲しみよこんにちは』、ベルリンの壁崩壊。これらの一見ばらばらに思える人や物にはある共通点があるのですが、お分かりになるでしょうか?
答えはもう少し先に書くことにして、つい最近起こった、ささやかで思いもかけないことのお話を。

外出の際、私は必ずアクセサリーを身につけますが、その日は帰宅してすぐ、つけていた指輪とパールのイヤリングを外し、チェストの上に置きました。
そして他の用事を終えてから、アクセサリーをジュエリーボックスにしまおうとした時、パールのイヤリングの片方が無いのに気がつきました。

もしかして何かの拍子にチェストの下に落ちたのかもしれないと、周囲をくまなく探したものの、どうしても見つかりません。ごく小さいものですし、分かりにくくはあるのですが、あれば見落としはしないはずです。
とりあえず部屋のどこかにはあるのだから、と床を掃除しつつ室内をくまなく探しても、とうとう見つけることは叶わずでした。

もうあきらめるしかないのかな、お気に入りだったのに、と翌朝になってもぼんやりしながら、台所で葛粉のボトル容器を取り上げたその時です。ついうっかりボトルを床に落とし、葛粉を散乱させてしまいました。
昨日からいいことがない、と嘆きたいところですが、仕方がありません。ともかく床の上の葛粉を屈んで集め、ついでだからと、目についたキャスターラックを移動させました。
するとそこに、あのパールのイヤリングがあったのです。

喜びより先にやってきたのは強烈な違和感であり、いやいや、これはおかしい、イヤリングを外しながら台所に来たりしなかったし、たとえそうだったとしても、こんな収納ラックの裏にイヤリングが落ちているなんてあり得ない。そんな風に考えつつ、しばし呆然としてしまいました。

何がどうなった結果なのか、今でもさっぱりではありますが、ひとつだけ確かなのは、その朝、もし私が葛粉をこぼさなければ、決してイヤリングは発見できなかったということです。
なんだか出来すぎた話のようにも思えますが、ついうっかり、が私に味方してくれたのは確かです。

そして、このついうっかりは、ものすごい力があるのではと思い至りました。
たとえば水木しげるさんは、第二次大戦中に見張り任務に就いていた際、ついうっかり自分の部隊に戻るのが遅れたばかりに、敵の襲撃を逃れ命を救われました。
奇跡の治療薬ペニシリンは、A=フレミングがシャーレについうっかり繁殖させてしまった青カビが元になって発見されました。
フランソワーズ・サガンは友人に、小説なんて簡単に書けるとついうっかり豪語して、世界的ベストセラー『悲しみよこんにちは』が生まれました。
ベルリンの壁は関係者によるついうっかりが重なって、人々の自由通行を認めたために、早期の崩壊が決定的になりました。
ちょっと考えてみただけで、ついうっかり、がなければ起こりえず、あり得なかった事柄が思い浮かびます。

もちろん住まいや職を失ったり、命を取られるようなうっかりは論外ですが、そうでなければ、ついうっかりは案外素晴らしいものかもしれません。
ほんの少し日常から外れたことや、自分には思いもかけなかったイレギュラーな事態を生み出す、大きなきっかけになりえるからです。

ついうっかり道を間違え面白いお店を見つけたり、ついうっかりの言い間違いで笑いが生まれ場が和んだり、ついうっかり寝坊して電車に乗れなかったため事故に巻き込まれずに済んだりなど。
誰の身にも起こるようなついうっかりは、何らかの贈りものを与えてくれるかもしれません。世界レベルの発見や冒険など大げさなものでなく、無くなったイヤリングを見つける程度の話でもです。

だからこそ、ついうっかりはばかには出来ないのです。普段からうっかりが多い私が言うのですから確実です。
これからまたついうっかりをやらかしてしまっても、これってもしかして何か特別なことが起こる前触れかも、などとわくわくしてみると、本当に面白い展開が待っているかもしれません。

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