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見えない恵み

今年も残すところあと数時間。
溜まった用事もどうにかこなし、こなせなかったものは来年にまわすことにして、犬を連れて散歩に出かけてきました。
犬についてあまり詳しくない方にはわかりにくいかもしれませんが、ラブラドール・レトリーバーという大型犬で、快活で運動が好きな犬種です。歩くことももちろん大好きで、寒さにもお構いなしに、いつまでも外で遊んでいたがります。

私の暮らす地域では小さな犬たちが多く、大型犬はあまり見かけません。そのためもあってか、色々な方がよく声をかけてくださいます。
今日の散歩でも、肩までの髪を柔らかくカールさせた高齢の女性に、遠慮がちに呼び止められました。
「お散歩のお邪魔をしてごめんなさい。かわいいわんちゃんですね」
犬を撫でても良いか私に尋ねてから、その方は栗色の手袋を外して、そっと犬の背に手のひらを置きました。
「あたたかいね、かわいい」
犬の背を静かに撫でながら、その方はつい先ごろ愛犬を亡くしたことを私に話してくれました。

「娘夫婦の代わりに仕方なく面倒を見始めたんだけれど、亡くなってから、どれだけ大きな存在だったかに気づきました。ちゃんとかわいがってはいたけれど、もっと早く気づいてたらねえ」
その方の言葉は本当だと思います。私の犬を撫でる手つきや、かわいい良い子だと褒めてくださる口ぶりからも、犬好きで、いかに丁寧に面倒をみていたかは容易に想像できました。
だからこそ、その方の感じている悔しさは身につまされます。私たちが今当たり前だと思っていることも、後になって振り返れば、かけがえの無い尊いものなのかもしれません。

『もっとこうしておけばよかった』
それは方々で出会う、耳に痛い言葉です。
誰かとの別れの際や、愛用していた物が壊れた時。私も同じように思います。その瞬間の後悔は棘のように刺さる気がしますが、いつしか忘れ、また同じことが繰り返されます。 
それでも、もうそんな後悔は味わいたくないと思います。未来で感じる苦さを避けるには、その天敵である忙しさや慣れからどうやって自分を引き離すかが、大きな課題になりそうです。

犬と違って寒さが大の苦手の私も、今日の冷たい空気はそれほど苦には感じませんでした。愛犬を亡くして悲しんでおられる方からすれば、犬連れで長い散歩ができる自分は、なんて幸せなのだろうと思ったからです。
他の方の苦しみと照らし合わせなければ自分の幸せに気づけないのは、私の未熟さの証しです。これからは、自分の手にしている恵みがもっとよく見えるように、そして、悲しい思いをなさっている優しい方の心痛が癒えるようにと願います。 

もうすぐ今年の終わりが来ます。
新しい年の訪れとともに、あなたが大きな豊かさを受け取られますように。

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