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パレスチナの刺しゅう布で和服の帯を作ることの意味

中東のモノには、幾何学文様があふれている。
工芸品のたぐいでいうと、敷物(ラグ)や寄せ木細工がすぐに思い浮かぶ。

衣服の模様にも使われ、特にシャームと呼ばれる東地中海沿岸地域の衣服にほどこされた刺繍(ししゅう)は有名だ。

シャームとは、シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナあたりのいわゆる「大シリア」地域を指す。そのシャーム刺繍のひとつであるパレスチナ刺繍を日本の和服の帯に加工されている、と知ったのは、イラン出身の女優、サヘル・ローズさんが自身の和服姿をインスタグラムにあげていたからだった。

気になって調べてみると、2018年4月に東京都内の古風な民家を会場に、サヘル・ローズさんらがモデルになって、パレスチナ刺繍帯と和服のファッションショーも行われたらしい。

とりわけ、イラン出身のサヘル・ローズさんが中東の幾何学文様の帯と和服を組み合わせて身に着けたことで、着物という日本古来の文化に、新たな何かが加わったような、特別な感じがしたのだった。

SNSを通じて、パレスチナ刺繍帯は、私の心に強く印象が刻まれた。それからしばらくして、パレスチナ帯の展示会が、東京・表参道のギャラリー「グルニエ」で行われると聞いて、展示会をのぞいてみたのだった。

帯をプロデュースしたのは、「インターナショナル・カルチャーエクスチェンジ・ジャパン」(ICEJ)という民間企業。代表の山本(荒川)真希さん。古民家でのファッションショーを企画した当の本人だった。

山本さんは、ヨルダン川西岸の都市ラマッラや、西岸のバラタ、アル・アマリ難民キャンプの女性が手作りした刺繍を日本で帯に加工し、販売している。パレスチナのNPOと提携しており、「パレスチナ女性の経済的支援をサポート」することが大きな目的だという。

ヨルダン川西岸ナブルス郊外にあるバラタ難民キャンプの女性たちが作った刺繍をあしらった「名古屋帯」という形式の和服帯や、箔を織り込んだ織物「西陣金らん」にパレスチナ刺繍をほどこしたバッグなどが展示されていた。

パレスチナの刺繍は、「アラベスク」とも呼ばれる硬質な幾何学文様の反復のデザインが多く、一見、和風とは相いれないと思う人もいるかも知れない。だが、実際は異なる。具象的な柄が中心の日本の着物との組み合わせとの相性がとても良いということは、パレスチナ刺繍の柔らかな色合いと、手でふれると良く分かる、素朴な風合いがあるからだろう。いわゆる「イスラム美術」に多くみられる反復の幾何学模様は、普遍的な美があると改めて感じる。

ただ、帯の片側全面に刺繍が施されているものは、かけなければならない手間も多く、必然的に高価になる。今後は、帯の見える部分だけに刺繍を配した製品も作り、価格帯を広げたいと山本さんは話している。

刺繍でも、織物でも、ラグでも、その文様をみていると、作った人々の歴史や生活がそこに浮き彫りになっていると感じる。民芸とは「民衆の工芸」。そういうものだろう。ゆっくりとみていると、心安らかになり、人々が暮らしているその国をゆったりと旅しているような気分になってくる。

山本さんは、2013年に初めて訪れたパレスチナで、パレスチナ人の生活文化に深く根ざした刺繍に魅せられた。翌年、10年間働いた化粧品会社を辞め、ICEJを設立。パレスチナ刺繍を使った帯や小物のプロデュースを開始した。

お客からの注文を受けると、その都度パレスチナに出向き、NPOや難民キャンプの製作者たちに刺繍を発注する。出来上がったものを京都・西陣の帯製造業者に持ち込んで、帯に加工してもらう。機械を使わない手作り刺繍なので、時間もコストもかかり、当然高価なものになる。

簡単に売れるものではなく、ビジネスとして考えた場合、そう甘いものではない、と山本さんは語る。それでも刺繍帯が、パレスチナ刺繍の新たな需要を開拓する可能性があり、それは、パレスチナの女性たちの自立の一助になる、という思いで、山本さんは帯作りに取り組む。

さらにこの秋から、これまでの綿糸のパレスチナ刺繍に加えて、中央アジア・ウズベキスタンの絹織物も帯の素材として取り入れたという。注文があれば、シリア製のモアレという生地を裏地にした帯に仕立てるそうだ。

さらには、ウズベキスタンの刺繍糸を使ってパレスチナの伝統刺繍を施した帯作りも計画しているという。パレスチナにはかつて、絹糸を使った刺繍があったらしいが、現在は綿糸を使ったものだけ。絹の産地として名高いウズベキスタンの絹糸で、従来のものとはひと味違うシルキーなパレスチナ刺繍帯を製作し、ひいては、パレスチナ刺繍の高付加価値化を図ろうというのが、ICEJを主宰する山本真希さんの狙いだ。

パレスチナ刺繍帯を広めることは、日本で長い歴史のある、官民含めたパレスチナ支援の中でも、日本の伝統文化を基盤とした支援という意味でとてもユニークで、日本人にしかできないものと言えるのかも知れない。

「パレスチナ女性たちの支援になることも大事。だが彼女たちが、お金をもらって仕事をすることへの喜びや責任を感じてプロジェクトに関わってほしい、と思っている」と山本さんは言う。

山本さんが刺繍制作者に求める質の水準は高い。「でも、(製作者が)それを乗り越えた時の達成感、刺繍が売れた時の喜びは、働くことの大きな原動力になる。ただ支援されるのを待っているのではなく、自ら努力して技術を磨けば、未来が開ける、ということを実感して欲しいのです」

刺繍帯を通じて、日本とパレスチナの間で、それぞれの伝統文化の相互理解が進み、親近感が深まっていくかも知れない。乗り越えなければいけないハードルも少なくないだろうが、今後も大きく育っていってほしい取り組みだ。


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