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トルコのシリア越境攻撃の余波が、イラクの宗教的少数派にも

シリアのクルディスタンは、主に4か国にまたがるクルディスタン全体で西部に位置するので、クルド語で西を意味する「ロジャヴァ」と呼ばれる。

ロジャヴァは、トルコとの国境に沿うようにシリア北東部に広がっている。暮らしているのは、イスラム教徒のクルド人が多いのだが、それ以外にも、キリスト教徒、ヤジード教徒(ヤジーディ)といった宗教的少数派や、トルクメン人、アルメニア人などが暮らしている。

ベルが記したシリア北部

1905年にシリアを踏破した、英国の考古学者ガートルード・ベルの著書「シリア縦断紀行」(東洋文庫)は、今よりも人口割合が多かったとみられるシリアの少数派の生活ぶりを今に伝える。

そのシリアのクルド人武装勢力を掃討するのだとして、トルコ軍は10月9日、シリア北部への越境軍事作戦を開始した。15日、英BBCが伝えたところでは、市民の死者は少なくとも50人、避難民は16万人にのぼっている。トルコ軍の作戦開始は、10月6日にトランプ米大統領が、シリアから米軍を撤退させると発表した直後のことだった。トルコ側は米の撤退表明をシリア侵攻の「ゴーサイン」と考えた可能性がある。

このトルコ軍の軍事作戦は、武力攻撃による直接の被害だけでなく、付随的な被害を引き起こす。その被害を受けるのはとりわけ、ヤジーディやキリスト教徒といった宗教的少数派の人々だ。それはなぜか。

IS戦闘員が脱走

上の映像をみてほしい。これは、オランダ・アムステルダムに本拠を置くクルド系メディア「ANFニュース」が報じた映像。シリア北東部カミシュリのナブクール収容所で撮影されたもので、クルド武装組織に拘束され、収容されていたIS戦闘員が逃走するシーンだとという。

米CNNテレビは、IS戦闘員・家族や旧IS支配地域の住民約7万人が収容されているシリア北部のアル・ホール収容所が混乱している様子の写真を電子版に掲載した。

こうした収容所を運営している民兵組織「シリア民主軍」の司令官は英紙ガーディアンに対し「収容所の防衛は、我々の最優先事項ではなくなるだろう」と語った。トルコによる攻撃により、収容所にいるIS戦闘員が再び野に放たれる危険性は増している。「シリア民主軍」がシリア北部で運営するキャンプに収容されているのは、約10万人にのぼるとも言われる。

バグダーディの解放呼びかけ

ISの最高指導者バグダーディ容疑者は9月、シリアやイラクで拘束されている「ジハード(聖戦)主義者とその家族たち」を解放するよう、支持者に呼びかけている。

自由の身になる戦闘員が増えれば、今年3月に領土を完全に失い、壊滅したとみられたISが再び息を吹き返す危険性が高まる。息を吹き返したISがが真っ先に標的にするのは、彼らが悪魔崇拝とみなすヤジーディたちかも知れない。

2014年8月にISの攻撃を受け、故郷のイラク北西部シンジャール地方を追われたヤジーディたちは、ISが占領していたイラク北部の大都市モスルをイラク軍が奪還した2017年夏以降、少しづつではあるが、帰還を始めている。

しわ寄せは少数派に

以前にも書いたが、シンジャール地方は複雑な歴史的経緯もあって、イラクやその周辺国の民兵組織などの勢力争いの場所になっている。主として、イラクの「人民動員軍(シーア派)」と「クルド勢力(クルド地域政府)」、それの「トルコ・シリアのクルド勢力(PKK)」の3者だ。

2014年8月にシンジャール地方がISに蹂躙されたのも、ISの侵攻の直前に、クルド地域政府の治安部隊がシンジャールの防衛を放棄して撤退したことが大きな原因だった。

中東の情勢変化でまず犠牲になるのは、大きな後ろ盾を持たない少数派集団である。コミュニティ再建を苦闘を続けるヤジーディたちにとって、トルコのシリア侵攻は、とりわけ過酷な仕打ちであるといえる。

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