見出し画像

【前編】もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら、を珈琲屋店主が読んだら

「プロローグ」

数年前に大ヒットしたこの本が最近になって文庫化されたようだ。
こう言ってはなんだが、私もビジネス書を読むことがある。そういったものが役に立って事業が成長しているかはご想像にお任せしよう。ちなみにこの630円の文庫本を自分のこづかいで買おうか15分悩んだ。

はっきり言って私はこの本を読む必要がない。なぜなら以前に『マネジメント』は読んでいるからだ。読んだということはよく覚えているし、読んだことをお客さんに話して自慢したことも覚えている。この本を読む私は経営者としてエラく見えるに違いないと思ったことまでハッキリと覚えている。
覚えていないのは内容だけだ。

そこでこの本を手にしたとき、すでに読んだ「マネジメント・エッセンシャル版」のエッセンスが全く残っていないことに愕然とした私は、「もう一度学び直さなければならない」と、650円なら諦めていたであろう程度に決意をしたのである。

「マスターは『マネジメント』に出会った」

まず第1章にマネジャーの資質について書かれている。
最も重要な資質とはなにか?ドラッカーは言う「才能ではない。真摯さである」。
この言葉に主人公の女子マネージャーは衝撃を受け、ついでに私も衝撃を受けた。

「全く読んだことを覚えていない・・・」

読めば思い出すだろうと思っていた私は内容の新鮮さに驚いた。この章のタイトルを「出会った」から「出会っているはずだった」に変えたほうが真摯かと思ったが、面倒くさいのでやめておく。まずはこの本を真摯に読むところから始めよう。

「珈琲屋とはなにか?」

ドラッカー曰く、『組織の定義づけ』から始めなければマネジメントはできないらしい。それも珈琲屋ならコーヒーを売る仕事なんていう分かりきったことではないという。

コーヒーを売る仕事でなければ一体なんなのだ?他にうちで売っているものと言えば・・・。
まさかケーキか?「珈琲屋はケーキを売る仕事」、あきらかにおかしい・・。
分かりきったことではないということは、始めたばかりで認知度のひくいホットサンドでは?「珈琲屋はホットサンドを売る仕事」、どんどん遠ざかっていく・・・。
私はなにかヒントになるものはないかと続きを読みすすめた。

主人公の女子マネージャーも野球部とは何をするための組織かで悩んでいる。
そこに大きなヒントを与えてくれる人物が現れた。曰く、キャデラックは「われわれの競争相手はダイヤモンドやミンクのコートだ。顧客が購入するのは輸送手段ではなくステータスだ」と言って傾いた経営を立て直したそうである。それを聞いた女子マネージャーは「野球部は顧客に感動を与える集団でなければならない」と定義付ける。

なるほど。キャデタックは顧客に対して「ステータス」を、野球部は「感動」という価値を与える。では、珈琲屋はなんだ?ここでピンっときたのが「心の充足」という価値だ。これは「癒し」に置き換えてもいいかもしれない。

「珈琲屋は癒しの場」

これならしっくりくる。特に個人店の場合は誰かとしゃべりたいとか、雰囲気の良いお店で時間を過ごしたいと思ってくる人は多い。美味しいコーヒーやケーキも癒しを得るためといえるだろう。

そうか、珈琲屋の顧客は癒しを求めているのか・・・。
いや、待てよ。癒しといえばゆるキャラだ。ゆるキャラはキチッとしていないからこそ癒される。では、あまりに私が知的で完璧な人間であればお客さんは癒されるのだろうか?
この疑問を妻にぶつけたところ、「なんの心配もない」とのことだった。

「マーケティング」

女子マネージャーはバラバラだった野球部員と一人ずつ面談して、「なぜ野球部に入ったのか?」と部員たちにマーケティングを行っていった。
偶然にも私は以前に同じようなことをしている。スタッフそれぞれと飲みにいったのだ。スタッフ一人一人と話すことで、みんなの前では話しにくい率直な意見を聞かせてもらおうと思ってのことで、決して「スタッフと飲みに行けば、経費で通せる」というヨコシマな気持ちは微塵もなかったことを付記しておきたい。
そして結果的にはマーケティングになったし、税理士さんには領収書を見せて、「いわゆるマーケティングというやつですよ」と覚えたばっかりの言葉を目力たっぷりに説明しておいたので信頼も上がったものと思われる。

「人は資産」

マーケティングを行った女子マネージャーは、「人は資産である」というドラッカーの言葉を信じ、それぞれの良さを引き出すようなマネジメントをしていく。

ほおほお、「人は資産」か。
いままで一生懸命に蓄財に励んでいたにもかかわらず、一向に資産が増えないと嘆いていた私だが、人に関しては恵まれていたことに気づかされる。一緒に働くスタッフだけに留まらずお客さんも含めて、お店を始めた頃には想像もしなかったほどに人の輪が広がっている。「資産は利益を生みだすもの」といえるが、お金ではなく社会的な豊かさという利益を生み出してくれていたのかもしれない。

「気づかなかった、私は立派な資産家だったのだ」

本を閉じ、そして宙をみてつぶやいた。

「・・・・、できればお金の方の資産も欲しいんですけど」


次号に続きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?