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ドイツでの無謀な旅と、「なんか〜」という感情


こんにちは!

ケイデンス180というランニング向けのワークアウトミュージックの作曲しています。

阿部です。


前回、

僕のケイデンス180の作成動機について書きました。




文章にしてみて、

走ることと、音楽と、

この二つの「好き」がかさなっていったこと。

このケイデンス180の動機と目的を再認識できたことは、

自分にとってとても有意義なトライでした。


ただ

そういった「好き」を行動(仕事や趣味)に変えるには、

そこにある「なんか好き」だったものを「好き」にすることでより、

とまどいが少なくなって、躊躇なく行動に移しやすくなっていくと思います。


今回は僕の経験であった、

好きを行動に変えていった、

プロセスについて思い出しながら、

話していきたいと思います。


1 僕の好きなひとり旅
2 子供の時の体験(好きの起こり)
3 ドイツでの無謀な旅
4 「なんか好き」を無視しない!
5 ぼくの「好き」の今後の予定


■僕の好きなひとり旅


好きなことって何?って尋ねられると、

ひとり旅って答えることが多いです。


そうは言いつつも、

きっと僕の思うひとり旅っていう意味ではないふうに解釈してるんじゃないかなと感じることはあります。

きっとみなさんも伝えたいほんとうの好きを伝えきれないもどかしさを感じた経験はあると思います。


僕にとって、いいひとり旅の条件はこの3つです。


1、序盤に主体的な瞬間がある

2、プロセスがすべてである。その上でそれを楽しむためのゴールが設定されている。

3、ハードワークが伴う


この3つが揃った旅がいい旅となることがぼくは多いです。

また旅に限らず、仕事や他の趣味でも同様です。

もちろん、みなさんにフィットするとはまったく考えていませんが、

人生で何度も試した上で、

これが僕の好きの条件なんだなーと考えるようになりました。


■子供の時の体験(好きの起こり)


小学2−3年くらいのある日。

夏休みに、なんとなく隣の駅まで歩いて冒険しよう思い立ち、

歩くことにしました。


僕の地元は地方都市で、

駅の間も2−3キロと離れており、

子供の僕には大変で、

結局、帰って来れたものの軽い熱中症になってしまい、

親にも怒られて、

その後歩いて探検することはできなくなりました。

でも、その時の達成感は心の中に残り続けました。



■ドイツでの無謀な旅


それから大人になり、

10年近く活動していたバンドが解散することになり、

解散ライブの翌日から長期旅行にいくことにしました。

旅はイスタンブールからベルリンまで、初冬の中欧を横断する旅でした。


トルコ⇨ブルガリア⇨セルビア⇨ハンガリー⇨オーストリア⇨チェコ⇨ドイツ

一つに場所に留まっていた状態からの開放感もあり、

人生屈指の素晴らしい旅でした。


そして目的地のベルリンに着いて数日後、

ホテルでGoogleマップを眺めていると、

もう100kmほどで、バルト海にいけることがわかり、(実際、よくよく調べたら130kmくらいあった)

まだ帰国まで日にちもあるし、せっかくだから(?)海までいってヨーロッパを縦断しようと思い始めました。


ドイツはストリートビューが使えない(違法?)なため、

ドイツの田舎道がどういうところかもわからないまま、

思い切ってホテルに荷物をデポして、

小さいバックパックに軽い食事と防寒のULダウンジャケットだけ入れて出発しました。

海外SIMカードなんて便利なものも持たずWi-Fiだけに頼って。

いざとなれば、どこかホテルに止まればいいでしょ?って軽い気持ちで。


ドイツ在住の人が笑われるかもしれませんが、

冬のドイツの刺さるような寒さに加え、

日没が3時くらいで街灯なんかもちろんない状況。

そして想像を絶するど田舎。というか畑。

完全に舐めていました。

さすが食料自給率95%。


日も落ちてだんだん怖くなってきて途方に暮れていたところ、

小さな集落があり、そこでたまたま庭に出ていた男性が見えたので、

思い切ってこの先にホテルがないかを英語で尋ねたところ、

不運にも彼はドイツ語しか話せず、

身振り手振りのやりとりも伝わらず、

不審に思ったのか、家の中に戻ろうとしました。


この細い希望の光を離したくなかった僕は、

なんとか伝えようと話続けたところ、

しぶしぶ彼は電話を取り出し、彼の息子にかけてくれて、

息子(通訳)伝いに電話で話しました。

ホテルがあると思っていたけど全然なかったこと、

近くにホテルがないか聞いてほしいと伝えました。


すると、

彼は地図を取り出して、

5キロくらい先に小さな街があり

そこにホテルがある事を教えてくれました。


極寒の暗闇を5キロ歩くのは不安でしたが、

それよりもそこにゴールがあることに嬉しくなって、歩き始めました。


歩き始めて10分ほどすると、

僕の横に車が停まりました。

車内をみると、先程の男性が手で「乗れ」って合図していました。

車の暖かさと優しさで涙が溢れました。

着いたホテルで彼に気持ちを渡そうとしましたが、頑なに受け取ってくれませんでした。


ホテルで夜、

シャワーを浴びて横になって、

自分の行動の愚かさを悔いながら、

関わった人への感謝をしつつ、

今こんなところで寝ている自分を俯瞰しつつ眠りについたのをおぼえています。

明くる日に近くの駅からベルリンに戻り、

数日滞在をを楽しんだのち、

帰国しました。


■「なんか〜」を無視しない!


旅から帰国したのちも、

しばらくその旅を振り返っていました。

気づいたのは、

思い出されることの多くが、

ヨーロッパの美しい建築や、食べた美味しい料理ではなく、

ドイツの田舎を歩いた道のりや、

家々や景色、

自分と話した自分の声などでした。

そして、

それは僕にとってなんかいい旅の本質ではないのかなって考えるようになっていき、

冒頭に話した3つの条件のような考えに至りました。


当時はどうでもいい感情だなとも思いましたが、

人生のターニングポイントでもありよくかんがえてみることにしました。

結果、具体的な言葉にできたのは、

すごく大きなことでした。


ぼくは、

特に言葉に変換することに長けていたわけではありません。

むしろ、端的に説明するとかはほぼできないですし、あまりしないし。

ただ、

こころにときどき引っかかる、

「なんか好き」

を、あえて手に取ってみてみる時間を取るよう心がけてみるようにしたのがよかったと思います。


その「なんか好き」は、実態があったり、幻だったり、

そんなつこみどころなないはっきりしないものだけど、

向き合ったり行動してみることでそれが見えてきます。

ソナーと同じで、

信号を飛ばす=向き合う

反応の先を確認する=動いた感情(「なんか〜」)を観察する

その先が魚の群れか長靴かはわからないけど

無駄に見えてこの方法が一番効率がいいなと、

今振り返るとそう思いました。


はじまりは、

特にはっきりした目的もなく始めるのがいいんではないかなと思います。


■ぼくの「好き」の今後の予定


僕はランニングに限らずハイキングやトレッキングも大好きで、

数日かけて田舎道や山を歩く旅もよくします。

そんな時も、


自分と、

道と、

歩く(走る)こと。


この3つにできるだけ没入したい。

これ以外の要素を入れないための音楽を探していましたが、

なかなかないため、

やむなく自分で作っていました。

その延長線上にあるのがケイデンス180です。


元は個人的な消費のために作ってきた音楽を発表しようと思ったのも、

きっと誰かには必要とされるものかもしれないという気持ちがあってですが、

もっと具体的なデータがあったら、

自分の気づかない角度からアプローチできるんではないかと常々思っています。


ぜひ聴いていただいて、

何らかの形でフィードバックがいただけたら

今後の作成のデータとして役立てさせていただけたらと思いますので、

ぜひみなさんの日々のワークアウトに利用していただければと思います。



ではまた。






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