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迷い子のマコ



深夜0時半
車で山道を登っていく

深い闇の向こう
銀色の雪が吹き荒び
フロントガラスから見える景色をにじませる

闇の奥へ向かって
引き伸ばされていくガードレール

それは白いドレスを着た幽霊のように
ずっととなりに張りついて
どこまでもどこまでもついてくる


くたびれた車は
けたたましく音をたてながら
身体を引きずるようにして走り続けた

標高五六〇メートルの広場
エンジンを切る
すべての表示灯が消え
車は息を引き取ったように静かになった

生き物の鳴き声も風の音もしない

雑音さえ消え去り
耳を塞ぎたくなるほどの静けさがやってきた



いつもふたりでそうしたように
シートに座ったまま
覗き込むように顔を上げると
フロントガラスの向こうに
満天の星空が広がっていた


「宇宙船にいるみたいだ」




そうささやくマコの声が耳元で聞こえた

息を吐く音がたくさん混ざった
あのかすれた高い声だった

となりを見たけれど
マコはそこにはいなかった



目を閉じて冷たい空気を深く吸い込み
マコの青い目と灰色の身体を思い出す

こぼれおちそうな大きな瞳
深い泉から湧き出る水のように澄んだ青色

鉄のように無機質な表情
笑いもせず泣きもせず
それでも猫が大好きだったマコ



そうだ
ここは宇宙船の中なんだ
ここは宇宙なんだ

この宇宙のどこかで
マコは今も生きて
この地球を見守っているんだ

この星から逃がした時に
マコはそう約束してくれたのだから


マコはもう笑いものにされることも
後ろ指をさされることもなく
しあわせに生きていけるはずだ

マコを痛めつけ傷つけた
この地球の残酷な出来事の数々

なかったことにしてやれたら
どんなにいいかと何度も思った

それでもマコは誰も恨まなかった
ひとりで悲しみ 地球を諦め
この星から去っていった


この地球では
マコもみんなと同じように
もっと汚く生きてもよかったのだ

宇宙船の中で目を閉じて
地球を去ったマコの記憶を辿り続ける

もしもとなりにいてくれたら
マコはそっと操縦席のレバーを引き
この旅を終わらせてくれただろう


ずっと迷い子だった可哀想なマコ


きみは今 宇宙のどこにいるのだろう

きみの願いが叶う場所を
宇宙のどこかに見つけられたのだろうか










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