創造主とこんこんちきと救世主、夏のお話。

タナカヨウタはいつも教室の片隅で、パッとしない仲間2人(サトウとイトウ)と、自分たちの世界を創って楽しんでいる。
見た目はふつう。成績も運動神経も、悪くはない。スクールカースト1軍の連中やヤンチャ勢とも普通に話す。だけどいつも、定位置にいる。

ただ純粋に、その世界が好きらしい。毎日誰よりも早く登校し、教室の片隅にその世界の創造を始め、使徒2人と、そこに住み着いている。

女子は苦手。小学校の6年間を同じクラスで過ごした私以外とは、ほとんど話しているのを見たことがない。特に中学校に入ってからは、挨拶をする姿すら、見た記憶が無い。なんでか、本人に聞いてみた。

「なんで女子としゃべらんの?」
「思春期。」

文章でしゃべれ。そして私はその思春期とやらの対象外か。
イラっとしたが、本当にそうなのかも知れないな、と思った。
元々引っ込み思案な奴だから、思春期という大津波に上手く乗れず、すっかり飲み込まれてしまったのだろう。

クラタアオイはクラスの・・・いや、学年屈指の人気者だ。
美少女というほど整った顔立ちではないけれど、底抜けに明るくて、いつもニコニコしていて、誰に対しても分け隔てなく、そのキラキラした笑顔を振りまいている。まるで、向日葵が制服を着て歩いているような女の子。

成績は良いし、運動神経も抜群。男女どちらからも好かれる、無敵女子。
思春期という大津波も、気にすることなく笑顔で乗りこなしている。

問題は、その無自覚さ。

「あんた誰にでもニコニコ話しかけるせいで、いろんな男子に勘違いされてるよ。」
「えー、なんで?」
「モテない男子には、あんたのピッカピカの笑顔が眩しすぎるのよ。」
「そーなんだ。嬉しいなぁ。」

そう言って、またニコニコしている。
この子はきっと一生自覚を持たないまま、世の男どもを勘違いさせて、ぶるんぶるん振り回して生きていくのだろう。うらやましい限りだわ。

ヨウタはたまに女子に話しかけられても、表情も変えず、必要最低限の単語を選んで発し、早々に自分の世界に帰ろうとする。
でも、アオイの時だけ、いつもと違う表情になる。笑顔ともつかない、片側の口角だけが上がった変な顔。言葉数はいつもと変わらないけれど、毎回同じように変な顔になる。

きっとアオイのことが好きなんだな。


私は時々、教室の片隅に創造された、その世界に侵入する。
勿論、創造主の許可を得て。使徒たちの了承も得て。

昨日のテレビとかアニメとかネットの話とか、他愛のない話。大体サトウかイトウがボケて、ヨウタがツッコむ。そういうくだらないやり取り。
でも、私にはとても居心地が良かった。そこにいれば、何からも邪魔されない。女子同士のつまらないいざこざにも巻き込まれない。
私を守ってくれる、シェルターのような、安心感のある世界。


一学期も終わりに近づいたある日の放課後、私とアオイと、クラスメイトのモモとアツコの4人で女子トークをしていた。必然的に、恋愛話になる。

「アオイって気になる男子いないの?」
流れの中で、アツコが聞いた。

「えー、いるよ」とアオイ。正直者め。
「誰よ、誰なの?」モモが煽る。

「えー、タナカくん。」

飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。なんとかこらえた。

「え、なんでなんで?」
アツコとモモがまた声を揃える。
アオイの口から出た名前が、あまりに意外過ぎて。

「んー、私とは違うからかな」
「何それ?」
「なんか他の男子と違って、自分を持ってるって感じ。自分はこうだっていう、核みたいな。それ、私にはないから、なんか格好良いなって思って。」
「へぇー」とまた、2人は声を揃える。

「アヤ、タナカと仲良いよね」とアツコ。
「まぁ、小学校6年間クラス一緒だったし。仲良いってか、腐れ縁?みたいな」
「じゃあ2人の仲取り次いであげなよー。」
そりゃあ、良いけど。
「本人に聞かないと、なんともね」
そう言って、その場ははぐらかした。なんでだ。


家に帰り、シャワーを浴びる。
心の中に出来たモヤモヤは、流れてくれない。

夕食はビーフカレーだった。一晩ことこと煮込んで、牛肉がとろっとろのやつ。母の料理の中で、いちばん大好きなやつ。子どもの頃からずっと。
いつもは必ずおかわりするけど、今日は無理だ。
母はとても驚いて心配をしてくれたけど、「ダイエット中なの」と言って適当にごまかした。残してないんだから、心配しないでよ。もう。

部屋に戻り、ベッドに寝転ぶ。
天井には大好きなアイドルグループのポスターが貼ってある。推しはショウくん。毎日おやすみの挨拶をしてから目をつぶる。でも、今夜は眠れない。

アオイの口からヨウタの名前が出てからずっと、脳内の小さな私がたくさん集まって、あーでもない、こーでもないと大騒ぎしている。
「両想いじゃん」
そう口に出してみるけど、心が伴わず、言葉は宙に消えていく。

これって嫉妬ってやつ?
これって恋ってやつ?
キュンっていうより、胸の奥がギュウって締めつけられる感じ。息苦しい。

脳内会議の結論が出るのに、それほど時間は掛からなかった。満場一致。

答え。
私、ヨウタのこと好きだったんだ。

頭の中の小さな私を総動員。こっちのグループは心の整理、あっちのグループは明日からの計画を立てる。その日は天井のショウくんにおやすみを言わないまま、気付いたら眠りについていた。ごめんね、ショウくん。

翌日の朝、みんなが来る前に、ヨウタとLINE交換をした。
理由は言わなかったし、聞かれもしなかった。

授業中もずうっと、絶え間なく脳内会議は行われた。あーでもない、こーでもない。議論は白熱したけど、結局アオイにヨウタのLINEを教えた。

「ありがとう!ほんとアヤのこと好き」
「きっとヨウタも喜ぶと思うよ」

これで良かったんだと、まだ落ち着かない小さな私たちに、大きな私は言い聞かせた。これで良かったんだよ。だって、両想いじゃん。

額の汗を拭う。涙も少し。
もうすぐ夏休みだ。


終業式の日。先生からの発表に脳みそを撃ち抜かれる。
お父さんの仕事の都合で、アオイ、海外に引っ越すことになったって。
明日もう出発するんだって。そんなこと、全然言ってなかったのに。

クラス全体に挨拶をした後で、
「ごめんね。アヤといるのが楽しすぎて、話すタイミングなくなっちゃったんだ。ごめん。」
いつものニコニコ笑顔じゃない、涙まみれの顔で教えてくれた。ありがとう。あやまらないでよ。

でも、複雑。

親友を失う寂しさと、ライバルがいなくなる安心感。
感情がぐちゃぐちゃになって、ボロボロ泣いたけど、どの涙がなんの涙なのか、自分でもわからなかった。

翌日、モモとアツコと3人で、アオイの家まで見送りに行った。
みんなでたくさん泣きながら、車が見えなくなるまで見送った。

家に帰り、脳内会議が始まる。新しい議題。
あーだこーだの議論の末、ヨウタに初めてのLINEを送る。

「アオイ、行っちゃったね」
「ね」
初LINEの返事、1文字。

「アオイ、なんか言ってた?」
「?」
おい、こら。

「LINE来たでしょ?」
「来てないよ。なんで?」
やっと文章。でも、なんで。

脳内会議再開。
結論、アオイに聞こう。携帯は使えるって言ってたし。

「飛行機ってLINE届く?」

少しして、返事が届く。
「届くよー」
「あのさ、ヨウタにLINEしなかったの?」
「してない」
「え、なんで?」
また少し、間が空く。

「だって、あれ、アヤのためだもん」
え?
「ヨウタ君といる時、アヤすごい楽しそうだから。好きなんだなって、ずうっと思ってたよ。LINE、知らなかったでしょ?」

全部バレてた。私なんかより、アオイの方がよっぽど鋭かった。反省。

返信に困る。
現実逃避をすべく、天井見上げる。助けて、ショウくん。

LINEの着信音が鳴った。

アオイ・・・じゃない。
ヨウタだ。

「明日、花火行く?」
明日は河川敷で、毎年恒例の花火大会が行われる。

「ヨウタ、アオイのこと、好きだったんじゃないの?」
思い切って聞いてみる。もう、アオイいないし。

「はぁ?」
え、どゆこと?

「苦手だよ。あんなニコニコ来られると困る。距離、近いし」

勘違い。思い込み。早とちり。最悪だ。私、大うつけのこんこんちきだわ。

「ナツメ、花火、一緒に行かない?」
ナツメは私の苗字。って、え?一緒に??

「ダメ?」
「えー、どうしよっかなぁ」
この期に及んでもったいぶる、面倒くさい乙女心。

「じゃあ他探すかー」
あ、ダメ。ダメ、絶対。
「ウソです。行きます。2人も来るんでしょ?」イトウ&サトウ。
「来ないよ。2人じゃダメ?」

もう、急展開過ぎて、わけがわからなくなって、ウサギがオッケーって言ってるスタンプを送った。センスないな、私。働けよ、小さな私たち。


てるてる坊主作らないと。一番高級な、花粉症用のティッシュで作ろう。
浴衣も出さなきゃ。花火。花火。

きっと今までで一番明るくて、綺麗な花火。

『アオイ、ありがとね。』

夏休みは、これからだ。



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小説みたいなの、初めて書きました。最後まで読んで頂いた方がいるなら、ありがとうございます。感想やコメントや、厳しいお言葉など頂けると幸いです。これ2000字のドラマ用に書いたのですが、3600字超え(笑)
自分なりに編集して、これでも削ったんですけど、たぶんテーマが大きくなり過ぎたんですね。全然日常じゃないし。でも、これ以上削ると、アヤとヨウタとアオイに悪い気がしたので、これはこれで完成ということで。と言うか、全然もっと広げられる感じです。

とにもかくにも、お読み頂きありがとうございました。
また書きます。

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