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集団尿検査

健康診断というのはぶっちゃけだるいものである。学校の宿題と違ってやらなければ怒られるものはないのだけれど、やらなければ見つけられるはずだった病気があるかもしれないと考えるとやるしかない。

ていうか、大学生における健康診断というのはやらなければ怒られるものである。もう身長も伸びない年齢だというのに、健やかな身体だと自負する自分の身体を調査する必要がどこにあるのか。内心ではそう思うのだが、健康診断を受けないという選択肢を取れば、外部の健康診断を自費で受けさせられる羽目になる。それも断ったら果たしてどうなるのだろうか。分からないけど、多分学生なんとか課からメールが来てこっぴどく怒られるのだろう。

それすらも無視すれば担当教授や親の元へ連絡が行くのであろう。厄介であるが、それも学生のためということなのだろう。

年に一度のだるイベント。さっさと終わらせたい。授業のない全休の日にわざわざ健康診断のためだけに大学へ行くというのも気が重い。

僕はそんなイベントをなるべく楽しいものにしようと考えた。そうだ、友達と行けばいいのである。仲のいい友達を一人誘い、一緒に行けばクソだる健康診断も「ちょいだる」くらいにはなるだろうよ。しかも友人と予定を決めることでもう後には引けない状況になる。余程のクソ人間でない限り、友人との予定をドタキャンすることもないであろう。

海外一人旅が好きな僕でも、健康診断は一人で行けない。それほど気乗りしないのが健康診断というものではないか。

友人との健康診断というのはやはり楽しいものであった。

身長が縮んだわ!
体重減ったわ!
視力落ちたわ!

と、結果だけでわいわいとできる。これぞ健康診断。作業による健康診断ではなく対話による健康診断というのはなかなか心弾むものである。

身長、体重、視力、血圧。小さな体育館でそれを図り終えたところでおじいちゃんの医師からの個別問診があった。

「特に異常なさそうですねえ」
うん、まあ知っていた。

「はい、ということでそのまま外へ出て今度は尿検査に移ってください」
尿検査!?それは初耳であるし、昨年僕が大学院へ入学したときにはそれをやらなかったのである。今年もこの後に心電図を撮って終了だと思ったのだが、検査項目に尿検査が追加されていたようである。

無論、Noとは言えないので僕は指示に従って友人と体育館を出た。

体育館を出ると、順路の矢印が床に緑色のテープで描かれている。それに沿って進むと、「尿」とこれまたテープで描かれてた。直前的なフォントで、そこに「はね」や「はらい」といった概念は存在しない。漢字テストなら罰にされそうなフォントである。

「尿検査はこちらです」
お姉さんが長机の前に一人座っており、そこで紙コップと付箋紙くらいの小さな用紙を貰い、方法の説明を作業的にされる。

「紙コップにオシッコを注いだら、この用紙を浸してください。紙コップのオシッコはそのまま捨てて、用紙を紙コップに入れたままこちらへお戻しください」

オシッコという言葉を四半世紀ぶりに聞いた。それを聞いたのはかつて僕がちびっ子であったときであろうから、大学院生といえど23歳の成人男性に対して大の大人が「オシッコ」と真顔で言っているのに違和感を覚えた。

しかしそれ以上に違和感を覚えるのはお手洗いに行列ができていることである。

熱海のプリン屋さんみたいな何時間待ちの列ではないけれど、トイレの前に6人ほどの男が紙コップを片手に立ち尽くしているのだ。

男子トイレから尿の採取を終了したであろう男が一人でてくる。すると並んでいた男がトイレへ入っていく。

なるほど。こういうシステムか。

しかし、思った以上に男たちはトイレから出てこない。

どんだけトイレの数、少ないんだよ。ていうかなぜ尿検査ごときで時間を潰さなければならないのか。僕は友達といるからまだマシだが、他人が尿を採取する時間を待つというのは人生においてもっとも無駄な時間なのではないかとすら思う。

YouTubeをぼーっと眺めて関連動画の地獄から抜け出せないあの時間よりも、冬のぬるま湯に10分浸かってやっぱり出られないからと追い焚きを途中からはじめたときに感じる、「無駄なぬるま湯を浸かっていたあの10分間」よりも無駄な時間であると思う。

「君たち、そっちのトイレ使って」
お手洗いの前には尿検査待ちの男たちを先導するオバさんがいて、僕たちの前にいた2人の男たちは男子トイレの横にあるトイレに案内されていた。

そのトイレの入り口には普段あるはずの赤いマークがない。そのマークを白紙で上から覆うようにして隠されているのだ。

「あー女子いないから女子トイレも使えるってことなのか」
友人がその事実に気づく。この日は男子の健康診断日であったため、女子トイレが封鎖できる。そうやって効率化を図っているらしいが、やはりいまいち回転率が良くない。

「どうせなら女子トイレ使いたいね」という冗談をしていると、男子トイレから紙コップを持った男が1人外へ出て来た。

こんな機会がなければ女子トイレに入るという経験はできないから、少し残念であったが、何よりもいち早くこの無駄な時間を終わらせたい。

僕は友人と共に入り慣れた男子トイレに入る。トイレの中にも僕たちの前に一人の男が待っていた。

そこで気づいたのだ。この回転率の低さの所以を。

そう、奴らは個室、すなわち大便器で尿を採取しているのだ。個室はトイレに2台のみ。それは一向に出てこない訳だ。

なんならついでに尿以外にも出すものを出している可能性すらある。

「あ、これみんな個室でするんだ」
と、僕たちは話した。小便器でできるやろ、と。

そんなことを話していると個室から水が流れる音が聞こえてきて、一人の男が爽やかな面持ちで出て来た。

「先行っていいよ、僕は小便器使うから」
効率の悪さもそうだけど、僕がもう一つの個室を待っていれば当然彼を待たせることになるだろうから、小便器で一人、尿を採取することにしたのだ。

まあいうて小便器も一人だから半個室みたいなものである。僕は青空のインドで無数のゴミが捨てられているだだっ広い場所で立ちションをしたことがあるし。それに比べたらとても尿を出しやすい環境であるといえる。

紙コップに尿を注ぐ。説明通りに紙を尿に浸す。んーこれでいいのか?どのくらいの時間浸せばいいのか分からないなあ。ただ、紙コップに注いだ以上の残尿があったからそれを小便器に出していると、僕の横の小便器に男たちが一人、また一人と群がるように採取し始めていくではないか。

半個室だった小便器4つは瞬時に埋まる。何だこの光景は……

いざ尿検査をしている男に挟まれるとゾワゾワするような嫌気がさしてきたので、紙コップに入った尿を小便器に捨てて外へ出た。

紙コップと用紙を回収するカウンターには4人ほど並んでいたので、僕は一人その列に並ぶ。個室に入った友人はもう終わったのか気になったので、並んでから30秒くらいした後で後方を振り返る。

なんとそこには熱海のプリン屋さん顔負けの長蛇の列ができているではないか!

友人は僕の3人後ろにいて、ニヤニヤしている。

僕は紙コップと用紙を返却し、友人が並んでいる横へ行って集団尿検査になった経緯について話をした。

「個室から出た時、もう今後見ることはないであろう景色がそこにあった」
彼はそう口を開いた。

これが本当の「百景」である。

僕が尿検査における革命をもたらしたところで、彼らは来年以降どのようにして尿を採取するのかは分からない。可能なら来年も僕が小便器尿検査を先導したいところだが、修士課程はうまくいけば今年度で終了なので、そんな願望は叶えられぬ相談なのか。

ああ、来年度の尿検査のためにもまだ学生でいたいと思う、今日この頃である。
あ、あと女子トイレに入りたかった(一生に一度あるかないかの千載一遇のチャンスを逃した)。




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