ファインプレー、今度はあなたの番。
新しいグローブを買いに行く時のワクワクする気持ちといったら、それはそれは格別なものだった。メーカー、色、ウェブと呼ばれる親指と人差し指の間にある部分のデザインを何にするか。あるいは紐の色を何にしようか。
ただ、一番重要かつ悩みだったのはグローブの大きさだった。
野球はピッチャー用・キャッチャー用のミット、ファースト用のミット、内野用、外野用と大きく5種類に分けられる。内野用といっても、ショート・セカンドといった一塁競争プレーの多発するポジションのグローブは捕球した後にすぐ投げれるよう小さく作られている。一方でサードはショート・セカンドと比べて打者との距離が近く、その分速い打球に反応しなければならないため、内野用とはいえ少し大きめに作られる。
小学校高学年の頃の僕は、少年野球のクラブでサードとセカンドの両ポジションをやっていたから、小さめのセカンド用にするか、少し大きめのサード用にするかで物凄く悩んだ。そうはいっても試合に規定は無かったから、どちらのグローブでもサードあるいはセカンドを守ることはできる。しかし、子どもながらに球際のプレーになったときのことを考えると、これは大きな選択であると感じていた。
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野球用品を買うときは殆どの場合野球経験のある父と選びに来るのだけれども、その日父は仕事でいなかった。代わりにといっては何だけど、野球について無知な母が付き添いで来ていた。どのグローブにすべきなのか、父の助言がこの日はないから、どんなグローブがあるのか見に行く程度の気持ちだったと思う。しかし、父がいないながらに野球担当のお兄さんがグローブの相談にのってくれた。小学生だった僕は他人と話すことはいささか得意であった。
「普段、サードもセカンドも守るんですけど、どれがいいのかわかんないんです」
お兄さんは顔をしかめ握った拳をアゴの辺りにのせて、「ついて来てください」と言って足速に歩き出す。
お兄さんが手に取ったのは少し暗めのある鈍い赤色のグローブだった。
「このグローブ、オールラウンド用でサードの大きさに近いんですけど、普通のグローブよりもポケットが浅いのでセカンドでも使えると思いますよ」
和洋折衷ならぬサード・セカンド折衷グローブ的なものは世の中存在しないけれど、お兄さんの主観に基づいて僕はそのグローブを左手にはめた。手のサイズ感はぴったりだ。グローブの色もウェブも個性的で一目惚れ。僕は即決で父に相談することなく、その日、母に買ってもらった。仕事帰りの父は赤いグローブを見て、「少し大きくない?」と不服そうな顔でつぶやいていた。
そのグローブを買った後も、僕のポジションは相変わらずセカンドかサードだった。グローブは使い始めは硬いものである。柔らかくなるまでは本当に使いにくい。新しいグローブでポロポロとエラーをすると、コーチから「グローブのせいにするなー」と皮肉っぽく言われる。僕は内心「それでもこれはグローブのせいだ」と思っていたが、柔らかくなるにつれてグローブを理由にエラーはできなくなっていく。それでも僕は本当にヘタクソだったから、カッコイイ赤色のグローブでエラーしまくった。
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そんなカッコイイグローブを手にしたカッコ悪い僕でも試合でファインプレーをしたことがある。
何という大会なのか、どこのグラウンドなのかは良く覚えてない。だが、どんよりした曇り空の下で僕はサードを守っていたことは確かだ。
試合は終盤。1点か2点くらいの僅差でわずかに勝っていたと思う。ランナーは……これもよく覚えていない。もちろんカウントも。相手は小学生の割にガタイの良い右バッターで、いかにも打球を遠くに飛ばしそうな雰囲気を感じた。引っ張って速い打球が来る気配は何となくしていたことは覚えている。
そんな予想が当たり、鋭く速いライナー性の当たりが三塁線付近へ飛んできた。抜ければ長打コース確定だろう。打球は僕の正面ではなく程遠い所へ。一か八かで飛びついた。ボールはグローブの中で鈍い音を立て収まる。「バシッ」と響き渡るような音ではないが、両ベンチから拍手や「ナイスプレー!」という声援が響き渡っていた。グローブを見ると、先っぽギリギリで掴んでいた。
試合後父から、「練習でも飛びついたりしてたから今みたいな場面でも取れたんだろうな」と褒められた。
練習の成果がここに現れた瞬間であったからすごく嬉しかったけれど、先っぽギリギリで取れたのは赤いグローブに導いてくれたスポーツ屋のお兄さんのおかげでもあった。僕はそのお兄さんのことを思い出して、「ありがとう」と内心、感謝の礼を述べた。
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野球は中学校で引退し、高校からは野球と全く関係のない弓道部に入った。大学生になった今、野球も弓道もしていない。
そんな僕は今、スポーツ用品店でアルバイトをしている。今度は僕がスポーツ用品店のお兄さんになりました。そうはいっても野球担当ではなく、サッカー、バスケ、バレー、陸上、ランニングシューズ全般などを担当している。
担当が担当だからグローブの相談は殆どないにせよ、選手が0.1秒でも速く走れるようなサイズ選びや、その人にあった道具の相談をする。外国人留学生の駅伝ランナーから小学生の子ども、あるいは膝腰の悪い年配の大人まで、彼らのベストパフォーマンスを実現させるために。
このバイトはたかがバイトだけれど、本当にやりがいのある仕事だと思う。今、ここでバイトができている環境に感謝をし、お客様の未来を共に創っていきたい。
今度は僕が誰かにファインプレーを促す番だ。
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「押すなよ!理論」に則って、ここでは「サポートするな!」と記述します。履き違えないでくださいね!!!!