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2019年9月の記事一覧

ひとり

 山のそばのため池をぐるりと囲う、遊歩道のベンチに腰かけて、夜空を見上げれば、ひとりです。

 凍てつく水面を滑っていく寒風が目にしみて、硬い指先をきゅっと握ったら、ひとりです。

 赤い星が息をするたびに前髪が揺れて、鼻をすすったら、ひとりです。

 ショートブーツの先さえかゆく、唇を軽く開いて、息を真白い形へと変えれば、ひとりです。

 背後のこずえが腰をふりふり、冬の虫が淡く鳴いて、歯を甘く

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ゴムボール

 濃緑色のゴムボールを、どれだけえいやと放っても、返ってくるのは跳ねる音。ただそれだけで。決して届かず響くのは、深くて粘っこい影の、かすかな独り言だけで。駆け寄り拾い、今度はそこから。投げれば放物線が、かすかに口を開けて。それでも耳に触れるのは、濃緑色と、濃緑色と。

 助走をつけても、目線を天へと向けたって、決して球は届かずに。汗ばんでいく手のひらと、ゴムに食い込む爪の長さに、思わず前歯の裏を舐

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土偶

 水を含んだ濃い茶の土へ、乾いた真白い砂をかけ、地面を掘っていたときです。

 隣に誰かしゃがみ込み、この手に絡んだ深い色、冷たいねってつぶやいて。

 敷衍という名の土偶を持って、遊び始めたその子見て、砂をぎっしり握ります。握らぬわけには、いきません。

 赤黒い指が、ただそうだからと、青黒い指も、きっとそうだろうと、土のおもちゃに微笑ませ。笑顔のしわに溜まった垢を、疑心の雨で流さずにいて。それ

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ガラスコーティング

 たとえば糸が垂れてきて、それが銀糸であろうとも、掴まぬようにしています。

 たとえば糸が垂れてきて、それが金糸であろうとも、触れないようにしています。

 どれだけ指に絡ませたって、いつかはちぎれる、そのことを、この目で知っているからです。

 いっそ、ガラスの粉でコーティングした糸を、そっと垂らしてくだされば、裂けてあふれる、あふれる熱が、すべてを呑んでくれるのに。

 垂れてくるのは銀糸で

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一つに

 夜と夕とが口づけしてる、その瞬間を見上げるたびに、藍でも黄金でもない、青磁がぺろりと舌を出す。絡ませたいと、わたしは思う。だけど届かず、立ち尽くす。文字通り、灰となってく流れの底へ、沈んでいったそのつやを、どれだけ追っても、唾液は混ざらず。ほしいほしいと口を開け、キスしてください、そう叫んでも。わたしの舌では物足りませんか。わたしの唾液は苦いんですか。問いは呑まれる。音もなく。口元を、腕で拭って

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成形

 プラットホームに立って仰向けば、白い罫線が降り注いで。奥行きのない水色が縁取る、のっぺりとした縦長の、横長の息遣いを、並行が挟む、挟む。骨のない輪郭はたなびき、色の奥はふさがれ、その手前が瞳に集り、音の痕が薄めていくのは、光と、においと。

 指の腹をこすり合わせながら、まばたきを二つ、空へと放れば、罫線は薄茶の格子へと変わり、無機質なものは鎖されていって。鉄心を通された縁。色彩の筋力は増し、表

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夜分

 たった一滴、たった一滴のしずくが落下し、弾け、そうして波紋を生んだだけで、目玉の薄膜は呑まれて溺れ、すべての色は緩み、輪郭からにじみ出て、はみ出たものは反転し、平べったい音からは、塩素のにおい、塩素のにおい。

 髪を掻き上げれば、真っ黒はすべて、お風呂場の排水口に詰まったあのとろみとなり、ぬめりの臭味が枕を底から持ち上げて。揺れる揺れる、色という言葉だけが。

 手を伸ばせば、舐められる。網戸

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わらっています

 摘んできた山吹の花唇と、すくってきた川の水滴を、私の前に積み上げた、その手に強く、引かれるところ。

 右の手首を掴むその手の先は、爪が長く、真っ白で。左の手首を掴むその手の先は、毛むくじゃらで、ごつごつ硬い。

 握り締めたこぶしのなかで、明色擦れ。握り締めたこぶしのなかで、透明つぶれ。

 足元の水溜まりは、つま先にとろとろと。映っていた青空は、体温高い灰の群れに、犯されて。裸足を貪る、濁り

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泡雪

 夏に降る雪は、わずかです。綿雪は熱を横滑りし、細雪は斜めに落ちて。粒雪は温気にまみれ、べた雪は炎熱で焦げて。

 そして、泡雪なのが、Xです。泡雪は、夏陰のなかでさえ、溶けて、溶けて。夏霞に変えられてしまいます。ほかの白は、なんとか形を保っていても、泡雪は、色も輪郭も、失ってしまって。涼感さえ残せずに。影は日に呑まれ、もはや場所もなく。積もっていくものは、夕影によって、山吹と咲き、消えていったも

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