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万物一つ一つと向き合う|『ひとり暮らし』

谷川俊太郎
新潮社 (2010年1月28日発売)

 詩人、谷川俊太郎のエッセイ集。
 父や母、恋や死、ライフ・スタイルなど何気ない日々の事象をテーマに語る。

 日常生活の中で、常に身近にあるもの。空、人、靴、コーヒー、イヤリング、鉛筆。わたしはそのそれぞれと、きちんと向き合ったことがあるだろうか。
 世の中に在る万物の中の一つ一つではあるが、わたしに自分の意識とは別に、それらと向き合うきっかけを与えてくれるのは本である。情報に溢れる世界で私たちは知らず知らずのうちに、受け取る情報を主観的に取捨選択している。一生向き合う事のない物事はたくさんあるのだろう。
 どうせ、すべては網羅できないのだから無駄な抵抗だと考える人もいるかもしれないが、それでも一つでも多くのものと触れ合いたい。一つでも多くのものを感じたい。

 ライフ・スタイルについて。
 「スタイルという言葉は、分かっているようでよく分からない言葉である。美術の方では様式といい、文学の方では文体という。例えば一篇の小説を読むとき、私たちはその筋を追い、描写を楽しむ。だが同時に私たちは意識するしないに関わらずその文体をも読み取っていて、それは筋や描写よりもずっと曰く言い難いものである。だが私は一篇一の小説の進化はその文体にこそ表れると信じている。ではその文体に現れるものは一体何なのだろう。うまい言葉が見つからないが強いて言葉にするなら、それはその作家の生きる態度とでもいうべきものだろうか。
 文体は一つの形かもしれないが、それは目に見えにくい。だがそこに作家の生きる形が隠れている。ライフ・スタイルという場合のそのスタイルも、今では文体と同じように目に見えにくくなっていると考えることはできないだろうか。目に見えなくても私たちはそれを心で感じる。そこにその人の『生きる流儀』を見出す。ときにそれに反発し、ときにはそれに励まされる。生きることは本来形では捉えきれぬものだと思う。ひとつのうつわに生きることの混沌を容れようとしても、生きるエネルギーはともすればそこからはみ出す。だがそれでも私たちは皆、生きることに何らかの一貫した形を与えようとする。
 (中略)
 私たちは生きて行く一瞬一瞬に、意識していなくても常に自分のライフ・スタイルにつながる大小の選択をしている。
 ライフ・スタイルとはそういう選択のつながりと、そこに否応なしに現れてくる、『暮らし方』よりももっと深い、一人の人間の『生き方』そのもののことではないかと私は思う。選択にはどうでもいいようなものもあれば、一生にかかわる、むしろ決断と呼ぶのがふさわしい大切なものもあるだろう。
 (中略)
 ときには迷いに迷った末の選択、ときには自分でも思いがけない選択が、しかしその人の行動となって表れてくる。それはその人が言葉で言っていることと必ずしも一致しない。しかし他人の目から見ると、そこにその人の人となりが浮かび上がってくる。私はそのようなものとして、つまり既成の形にも、ある種の集団にも属さない極めて個人的なものとして、今ではその形を失いつつあるかのようなライフ・スタイルというものを、考え直してもいいのではないかと思っている。」

 私は「ライフ・スタイル」一つをテーマに、ここまで向き合い、自分の心の底にある想いを語れるような大人になりたいのである。

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