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我が青春のアメリカ飯

今からウン十年前。大学二年生の時、アメリカのロスアンゼルス近郊で1ヶ月ほどホームステイをした。

私にとって初めての海外だった。これをきっかけに英語が上達したりと、いろいろ思い出深いのだが、一番の記憶は食事についてである。

ホームステイ先のキャンベルさん一家は保険会社勤務のご亭主ゴードンさん、専業主婦の奥さんバーバラさん、中学生の男の子ジョンくん、小学生の女の子スーザンちゃんの4人家族だった。

私は一家になじむため、家にいる時はできるだけ部屋に閉じこもらず、皆がいるリビングに座っていることにしていた。自然とご夫婦とは雑談を重ね、子供たちとも遊ぶことになり、あっと言う間に皆と仲良くなった。私の名前は彼らに取って発音が難しかったらしく、一部を取って「マサ(MASA)」と呼ばれていた。

この一家で特徴的だったのは奥さんが一切料理をしなかったことである。専業主婦だったのだが、単純に料理が嫌いだったようだ。では食事はどうしていたのかというと、おのおのが冷蔵庫と食料棚から冷凍またはインスタント食品を取り、レンジでチンして食べていたのだ。最初はとまどったが、すぐに私も慣れた。

衝撃的だったのはキャンベル家ではお湯を沸かすという習慣が一切なかったことである。コーヒーを飲む時はカップに水とインスタントコーヒーを入れ、レンジで温める。インスタントラーメンも同じ。器に水と麵、粉スープを入れてチンだった。当然うまいわけがない。何とも中途半端なものができ上がる。

アメリカへ行ったことのある人ならわかると思うが、食べ物は総じて大味である。甘い物はとことん甘い。チョコレートやケーキは日本ではまず使わないであろう真っ青や緑といった毒々しい色を使い、かつ歯の溶けそうな甘さ。日本では甘党の私にとっても苦痛なほど甘過ぎた。

でも、味覚というのは面白いもので、私がロスアンゼルスのリトル東京で買ってきた饅頭を皆に振る舞ったところ、スーザンちゃんに「Too sweat(甘過ぎる)」と言われてしまった。ふだん、キミたちが食べているのは何?と思ったが、そのへんは慣れとか文化の違いだろう。

一方で、ある日、私が材料を仕入れて料理した牛丼とカレーライスは一家に大好評だった。私たち日本人が美味しいと思うものが気に入ってもらえたのだ。バーバラさんからリトル東京の日本食レストランでコックにならないかと真顔で薦められて困ったのはいい思い出。

このホームステイは旅行会社のプログラムだったため、私たち参加者は休み中だった小学校や幼稚園に集められ「授業」があった。語学研修とかといった高尚なものではなく、まさに幼稚園児扱いの英語カリキュラムだった。

最初の方は午前だけとか午後だけだったが、ある日から午前中から夕方までの終日に変わることになっていた。私はどうすればいいのかと不安になった。

渡されていた資料にランチ持参と書いてあったからだ。バーバラさんは料理しないから弁当なんか期待できない。インスタントラーメンを持って行って学校でチンするのか?そもそも電子レンジなどあるのか?それとも自腹で毎日近所の店に食べ物を買いに行くのか?

当時は1ドル260円もしていて、アメリカの何もかもが高価に感じていた時期である。正直、学生が持参した小遣いで毎日昼飯を買うのは楽ではない。でも、キャンベル一家に迷惑をかけるわけにいかないし、仕方ないかと思っていた。

終日授業が始まる朝、出かけようとすると、マサ、とバーバラさんから呼び止められた。これ持って行きなと弁当の包みを渡される。えっ、私のために早起きして作ってくれたのだと驚いた。

とは言っても、ありあわせの食べ物を詰め込んでくれたのだろうと思っていたが、ランチの時に驚いた。ランチボックスの半分には手作りのサンドイッチが入っていた。自分の家族のために料理しない、あのバーバラさんが日本人の私のために頑張って作ってくれたのだ。

そしてさらに驚いたことはランチボックスのもう半分に巨大なチョコレートバーが入っていたことだ。明らかにデザートの域を超えた主食のポジションである。

サンドイッチは美味しかったし、チョコレートバーはいつもの、のたうち回るほどの甘さだった。でも、嬉しかったな。今でもスーパーでチョコレートバーを見ると、バーバラさんの弁当を思い出す。優しかったキャンベル一家。彼らと過ごした時間が甦ってくるのだ。

時は流れた。

社会人になった私は、ある年の夏休みにキャンベル家を再訪した。私は一家に提案した。もはや、給料をもらう身になったので、ぜひランチをおごらせてくださいと。

すると、バーバラさんがいつも行っている寿司屋がいいと言った。私たちは美味しいと思うけど、マサの口に合うかはわからないけどと申し訳なさそうに。

そのアメリカ人経営の寿司屋は格安だったし、日本では見たことがない不思議な寿司ネタがあふれていた。確か何ドルかで食べ放題だったと思う。

厨房を見ると、機械から出てきたシャリに従業員がペタペタと寿司ネタを貼っているではないか。これで期待できるわけはない。

私は心配になった。いくら自分が支払うとはいえ、キャンベルさんたちが喜んで食べているものをまずいと言うわけにはいかない。どんなリアクションを取るべきか。

やがて寿司が運ばれてきた。日本人が見たら、何じゃこれ?と言いたくなるやつである。その珍妙な寿司を口に入れると、誠に残念ながら、めちゃくちゃ美味しかった。

私が固まった姿をキャンベル一家が心配そうに見ていた。本当に本当に美味しいんだよと言うと、彼らに笑顔が広がった。

ありがとう、キャンベルファミリー。







#元気をもらったあの食事

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