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昭和……プロレス……少年とリング屋

昨日、小学校5年生のころからの付き合いであるいちばん旧いダチと会った。

彼と会うのはせいぜい年に一度か二度。オレたちは会うたび必ず、ガキの頃を過ごした横浜は保土ヶ谷区の境木町や戸塚区平戸町、さらにはオレが高校時代を過ごしたやはり横浜の泉区あたりを車でうろうろしては「おい、アレもうなくなってるじゃんか!」とか「アレまだあるじゃんかよ!」などと思い出の地めぐりをするのである。もちろん昨日も。

で、こちらの写真は戸塚区平戸町界隈でガキの頃を過ごした昭和生まれなら誰もが一度は世話になったであろう駄菓子屋のニコニコ屋跡地。


すでに10年以上前に閉店してしまったが、いまだに元店舗の残り香を漂わせているし、100円握りしめ遊びに来ていた当時のクソガキどもの幻影がいまもはしゃぎ回っているのが見えるかのようである。

境木商店街、平和通り商店街、境木地蔵、境木小中学校……昨日も二人であちこちめぐった。そして、いまはすっかり開拓されつくしてしまい昔の面影はほとんど残っていないのだが、JR東戸塚駅界隈。

東海道線東戸塚駅で降りたことのある方ならばご存知だろうが、いまや駅前にドデかい西部デパートやイーオンなどが立ち並び、スタイルのいい金髪お姉さんがお似合いな街……な東戸塚だが、少なくともオレが高校2年生だった35年前までは見渡す限り土剥き出しの荒れ果てた坂道だらけの大地に、ときおりプレハブ造りでとりあえず商売してますみたいな、肉体労働者が飲んだくれる焼鳥屋やホルモン焼屋だけがポツポツと点在している未開拓の荒野のような一帯だったのだ。

そして、現在は西部デパートが建っている一角。そこはかつて、吹きっさらしの広い広い空き地だった。ただし(オレの知る限り)過去に二度だけ「東戸塚駅前広場」と呼ばれたことがある。何のときかというと、プロレスが来たときである。昭和57年に新日本プロレスが。昭和61年に全日本プロレスが。そのどちらもオレは生で目撃している。

先述のニコニコ屋ではないが、西部デパートにオレはいまだに見ることができる。昭和の、オレたちがガキだったあのころの、アントニオ猪木、藤波辰巳、ストロング小林、ハルク・ホーガン、タイガーマスク……初めて目にする本物の憧れのヒーローたちに胸をときめかせ興奮しまくった、ガキどもの幻影を。

そして昨日、オレは東戸塚駅前でハッと思い当たってしまった。そうか、そういうことだったのか、と。

来年3月17日に、初めての小説本を刊行します。タイトルは

『少年とリング屋』

全6話からなる短編連作。その第2話『醜い顔』というお話しには、ガキのころに初めてプロレスを見た東戸塚駅前広場での経験が、主役キャラの人生のターニングポイントのシーンで多分に落とし込まれていたんだな、ということに。昨日初めて気が付いたのです、そのことに。どういう話かというと……第1話の冒頭から登場してくるリング屋の過去の話し。醜い顔に生まれ付いた因縁の理由や、そんな負の宿命の人生で何を考えどのように闘いながら生き……これ以上は本作を読んでいただくとして。

そしてさらに思い当たってしまったのですが、そういえば東戸塚駅前広場での思い出を綴ったコラムがあったなあと。いまも書き続けているプロレス格闘技DX連載「プロレスと酒があれば生きていける」の第44回目(2019年2月1日掲載)。

いつもはnoteで500円や300円の小銭を徴収するニコニコ屋のオヤジのようなこの私ですが、本日は大晦日ということで特別サービス。『少年とリング屋』第2話『醜い顔』の世界観のかなめとなったプロ格でのコラムを無料公開しちゃいます。サクサクと読めますよ。読みなさい。


第44回…『昭和57年秋・新日本プロレス東戸塚駅前広場大会で何が起きたか』

【当時の感情そのままに書き記したいがため文中の敬称を一部省略すること、お許しくださいませ】

先日、本屋さんで立ち読み中にこの本を発見し即購入した。


初代タイガーマスクが初登場したのはオレが小学校5年生のとき。この本を読み進めていくに従い、あの頃の思い出が次から次に脳裏へと蘇ってくる。その衝撃デビューがテレビ放送された翌日学校へいくと、クラスの男の子たちはタイガーマスクの話で持ちきりだった。誰もがテレビでプロレスを見ていた時代。新日本ならアントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳、キラー・カーン、山本小鉄…全日本ならジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、タイガー戸口…あまりプロレスに詳しくない子供でも、プロレスラーの名前ならこれくらいは普通に知っていた。学校でも「プロレスラーになりたい」というガキがどこのクラスにも一人か二人は必ずいたし、オレとその仲間なんてプロレスごっこをすれば「ロープに手をかけたけどその手をレフェリーが蹴る」という、いまではマニアですらよくわかっていないプロレス本来のルールを真似していたくらいにプロレスはメジャーだった。

そんな時代の真っただ中、オレが住んでいた横浜・東戸塚駅前広場に新日本プロレスがやってくるという。オレはその情報を、すでにデラックス・プロレスという名前だったか或いはまだ月刊プロレスだったかゴングだったか、とにかく月刊誌を立ち読み中に(オッサンとなったいまもガキの頃もずっと立ち読みなんぞしよる)団体スケジュールを見て知った。確か9月か10月。秋恒例のブラディファイトシリーズだったような気がする。

学校でもいちばんのプロレス小僧だったオレが真っ先に知りえたその情報を皆に伝えると、クラス中が騒然となった

「じゃ、アントニオ猪木とタイガーマスクが境木商店街に買い物にくるかもしれないじゃん!」

境木商店街とは、オレが在学していた境木小学校の目の前にある小ぢんまりとした商店街のこと。東戸塚駅前広場は学校から山道を歩いて20分ほど。いまではすっかり整備されオシャレな街となった東戸塚だが、当時は吹き曝しの荒野に新設されたばかりの駅がポツンとあるだけで、なにしろすぐ近くには通称「マムシ谷」と呼ばれるマムシがうじゃうじゃ住む沼地もあったほど未開だった。

オレは、横浜銀行境木商店街支店に預けてあるお年玉から5000円をおろし、確か東戸塚駅近くのスポーツ用品店でリングサイドの前売り券を購入した。カラー印刷されたそのチケットにはド真ん中にアブドーラ・ザ・ブッチャーがデデーンと載っており、その周りを他の日本人選手やガイジン選手が取り囲むように印刷されていた。

「リングサイドだからいちばん前だ!」

初めてプロレスを見に行くガキんちょのオレは本気でそう信じたまま当日を迎えた。いまにして思うと座席表を見て買わなかったのかと疑問なのだが。そしてクラスの皆は当日会場にはいくけれども、お金を出して試合も見にいくというのはオレ一人だけだった。人生初のプロレス観戦。さて、当日。

学校を終えたオレとクラスのプロレス大好き仲間数人は鞄を家に放り投げ、色紙とサインペンを持ちより返す足で東戸塚駅近くの高台に集合した。その高台から、その夜の会場となる駅前広場が見おろせるのだ。

「あ!トラックがきたぞ!」

ちょうどリングトラックが到着するところだった。猛ダッシュで近くまで駆け寄っていく。しかし100メートルほど手前くらいまでしか近寄れない雰囲気だった。と、トラックから色の黒い太ったオッサンが降りてきた。いまにして思うときっとただのリング屋さんなのだが、遠目でよく見えないのでオレたちは

「ブラック・キャットだ!」

と、もう大騒ぎ。オレたちがあまりに騒ぐので気を良くしたか、そのオッサンがもう一人誰かオッサンを相手に明らかにこちらを意識しフルネルソンを仕掛けた。

「すげー!もう練習してる!」

気が付くといつの間にか隣近所の学校からもガキどもが大集結しており、まだ陽が高いうちから会場周りはガキだらけ。リング周りには近づけないが、駐車場あたりは立ち入り自由エリアだ。と、大型バスが到着した。ガイジンと国際軍団が同乗していた。ディノ・ブラボーやハルク・ホーガンが降りてくるとガキどもはハチの巣をつついたような大騒ぎ。ホーガンの心の底から楽しそうにしている笑顔がやたら印象的だった。御大のブッチャーは後部座席に座っている影が認められたが降りてくる気配はなかった。

「ブッチャー降りてきたらコエエから降りてこなくていいよな!」

あちこちでそんな声が聞こえた。国際軍団が降りてくると、そのまま3人で近くに停められているトラックの荷台の中へ移動していった。野外大会ではそんな控室も当然アリなワケなのだが、当時は何も知らないので「猪木の敵だからあんなとこに押し込まれてるんだな」と思った。

そして、もう一台バスが到着。日本人選手が乗っていた。確か、タイガーマスクがいちばん最初に降りてきた。長州力、ジョージ高野…あとはよく覚えていないが、アントニオ猪木はいなかった。いちばん人気はやはりタイガーマスクで、歩いて移動するとガキの大群もギャーギャー騒いで一緒に大移動する。警備員のオッサンはさぞタイヘンだったことだろう。タイガーマスクサイン会がこのあとしばらくして行われるというので、それまで東戸塚駅の反対側にある新一マーケット(東戸塚駅界隈に住んでいた者よ、懐かしいだろ!)でジュースを買おうと向かった。と、駅構内に入ると赤と白の新日ジャージを着た大きな人がウロウロと徘徊している。

「あ!ジョージ高野だ!」

「すげえええ!」

「すみません!サインしてください!」

大興奮で駆け寄るオレたち。気さくに色紙へ大きくサインをしてくれた…のだが、実はオレたちは、各自1枚しか持ってきていない色紙へ何人もの選手の寄せ書きがほしかったのだ。しかし興奮のほうが遥かに上回っている。すると、その興奮へ追い打ちをかけるようにこんなことを尋ねられた。

「このへんに水道ない?」

「水道あります!」

「水道ない?水道」

「水道、向こうにあります!」

「水道ない?水道」

「水道、一緒にいきましょう!」

ジョージさんは、なぜか何回も「水道ない?」と尋ねた。ちょうど向かおうとしていたマーケットのトイレの水道へ意気揚々と案内するオレたち。途中同じクラスのガキに出くわし

「な…なんでレスラーと一緒なの!?」

と仰天するので

「オレたちよ、ジョージ高野さんを水道に連れていくとこなんだぞ!」

さらにトイレに着くと

「はい、すみません!プロレスラーのジョージ高野さんが水道使いますのでどいてください!どいてください!」

アホ丸出しのクソガキどもである。

会場へ戻ると、タイガーマスクサイン会が始まっていた。ガキどもの長蛇の列。確か、何か購入しないとサインをもらえない仕組みだったかどうか記憶にないのだが、とにかくオレたちはサインをもらえない立場であることがすぐに分かったので

「サインほしかったよな…」

とか言いながら、その光景を近くで眺めていた。すると…

先ほどリングトラックから降りてきた色の黒い太ったオッサンがタイガーマスクに近づいてきたのだ

「あれ、さっきの人?普通のオッサンじゃん!ブラック・キャットじゃなかったんだ!」

子供たちのサインに大わらわなタイガーに、大きな声で話しかける

「タイガーさん!もう次の仕事があるのでサイン会はここまでに!」

「ええええー!!??」

一斉に落胆の声を上げるガキども。すると、正義のヒーローはこのようなことをアピールしたのだ

「まだこんなに子供たちが並んでいるじゃないか!私はサイン会を続ける!」

ガキどもは「おおおおおー!!」と歓喜の声。いまにして思うとまるで駄菓子屋のように子供騙しな演出なのだが、ガキのサイン会ごときにも手を抜かず、このような仕掛けをちりばめていた当時のプロレスにガキどもは夢を見たハズだなあと思うのだ。

その後、オレはいったん家へ帰らねばならなかった。母ちゃん(熊本弁丸出し)に

「プロレスは遅く終わるけん、ごはんば食べに一回うちに帰ってこんといかんばい」

と言われていたからだ。しかし早く会場に戻りたくてメシなんておちおち食っていられない

「あた、そがんはよ食べんでもプロレスん始まる時間は変わらんどたい」

そういう問題ではないのだ。マッハで食い終え走って会場へ向かう頃にはすっかり陽が暮れており、さきほどまでのガキしかいなかった世界とは打って変わり多くの大人たちがたむろする別世界へと変貌を遂げていた。夕闇にオレンジ色の裸電球が光り、タバコの匂いがして、酒を飲んでいる人がいて、仕事の話や、ガキでは知りえないプロレス裏情報みたいな話が聞こえてきたりもする。「これが本当のプロレスという世界なんだな」と思った。大人の世界だった。いまこの世界を体験しているのは、少なくともクラスではオレ一人だけなんだ…まだ一度も行ったことはなかったが、どこか違う国にいるような気さえした。

席に着くと、リングから遥か離れた7列目。これのどこがリングサイドなの!?しかしそれも、大人の世界では当然のことのような気がして一瞬で納得できた。

第一試合は、藤原喜明vs荒川真だった。オレはどちらも名前こそ知ってはいたものの、その姿を見るのは初めてだった。隣に座っている20代のアンちゃんたちはかなりあちこち観戦にいっているようで

「荒川!この前の後楽園の借り返せよ!」

とか叫んでおり、やっぱり大人の世界はすごいなと思った。

ジョージ高野の試合も、タイガーマスクの試合も全く記憶にない。いまだ鮮明に覚えているのは、ハルク・ホーガンがストロング小林をアトミック・ドロップで抱え上げた瞬間「なんてデカいんだ!」と思ったことと、メインで猪木&藤波組が入場してくるとき触りにいったらもの凄い人ごみに押し倒され、倒れる瞬間目に入った藤波さんのガウンが綺麗な紫色で光り輝いて見えた、ことくらいである。

大会が終わり…暗い未整備の夜道を歩いて帰っていると、向こうから歩いてくる人が

「…義博」

と声をかけてきた。親父だった。迎えに来るとも何とも聞いていなかったが、あの頃のあの夜道を小学校5年生のガキがひとり歩くことは確かに少々危なかったと思う。

「面白かったか?」

「面白いとかじゃあなかった」

「そうか…」

この頃のオレは人生における「第一次・プロレスラーになるんだ熱が高い時期」だったので、面白いとか面白くないとかそういう目線でプロレスを見ているワケじゃないんだというニュアンスを込めたツモリの返事を親父は理解していたのかどうか。すでに23年前に他界してしまっているので確認のしようもない。

あまり余計なことを話す親父ではなかったので、その後ほとんど会話もないまま、暗い夜道を二人歩いて帰った。

あれから37年。オレが生まれて初めてプロレスを生で観た東戸塚駅前広場には、いまでは西武の大きなデパートが建っている。

※TAJIRI初の小説本『少年とリング屋』は2023/3/17にイースト・プレスから刊行予定。Amazonからすでに予約できます

また、イースト・プレスさんのnoteにて第1話のさわりを試し読みできます

発売日をお楽しみに😆

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