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人間の二面性を描いた衝撃の暗黒小説!新堂冬樹『シン人間失格』試し読み

信頼している身近な人間、テレビの中のあの人、誰もが好感を持ち理想の人間像として掲げられる人物が、実は「別の顔」を隠していたら——。

人が持つ「闇」の部分が大炸裂
誰の心の中にも怪物が潜んでいる……。

現代の過激なバッシング社会も背景に、表と裏の顔、栄光と転落といった人間の二面性を徹底的に描く。

\ 賛否の嵐が吹き荒れた問題作! /

ムカつく、この男!
何度原稿を破り捨てそうになったか。
(担当編集A・女)

誠実な教育カウンセラーの皮をかぶって女子○生を食い物にする怪物、下劣すぎる。(でも、ちょっと憧れる)
(編集協力H・男)

生理的にムリ!
ここまで描いて大丈夫なんですか…?
(20代女性)

この記事では2024年5月23日刊行の新堂冬樹・著『シン人間失格』よりプロローグの冒頭部分を公開いたします。

新堂冬樹 著
『シン人間失格』



あらすじ


テレビやセミナーに引っ張りだこの青少年教育コンサルタント、森田誠(45)。「父親にしたい文化人タレント1位」の好感度を誇り、美しい妻と可愛い子供たちにも恵まれ、松濤の豪邸に住んでいる。

誰もが羨む順風満帆の生活を送る森田だが、その爽やかな笑顔の裏には、目的のためなら手段を選ばない姑息で卑劣な面が隠されていた。

ライバルは捏造スキャンダルで潰し、大のギャル好きで若い肉体をとっかえひっかえ貪りまくる。家族も己の踏み台としか思っていない。

論理感も良心も皆無な男が買った恨みの数々は、静かに、しかし着実に蓄積し、森田の生活を蝕み始めていた……。

プロローグ


「本日のスペシャルコメンテーターは、国都大学心理学部卒、同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在は青少年教育コンサルタントとして精力的に活動中の森田誠先生です。森田先生、本日はよろしくお願いいたします」
アシスタントの女子アナウンサーが自分を紹介している間中、森田の心臓は早鐘を打っていた。

コメンテーターとして他局で二本のレギュラーを持っている森田にとっても、午前八時の「あさ生!」は特別な番組だった。
「よろしくお願いします」
高過ぎず、低過ぎず、大き過ぎず、小さ過ぎずの声。軽薄な印象を与えない程度の笑顔。森田は、番組出演が決定してからの一週間、鏡に向かって数百回は練習した笑顔で頭を下げた。

お辞儀の最中に頭頂部に視聴者の視線が集まることを想定し、髪のセットも入念にした。練習したのは、笑顔と発声だけではない。速過ぎず、遅過ぎず、しかしキレのいい速度のお辞儀も、スタジオ入り直前まで控室の鏡の前で繰り返し練習した。

森田は知っていた。挨拶あいさつからお辞儀までの30秒にも満たない時間で、視聴者の心をつかめるかどうかが決まる。収録と違って生放送では、そのままの印象が電波に乗ってしまうのでミスはできなかった。森田は「令和アフタヌーンショー」の月曜コメンテーターと「バッチリ!」の金曜コメンテーターを務めている。講演も受けており、2時間150万円のギャラで、月に5本はコンスタントにオファーが入っていた。

著書はこれまでに15冊出している。中でも3年前に刊行した150万部突破のミリオンセラー『天使に育つ子供と悪魔に育つ子供』は社会現象になり、森田の名前を全国に知らしめた。
それまでは情報番組のコメンテーターや教育関連の講演のオファーばかりだったが、ミリオンセラー作家になってからはバラエティ番組やCMのオファーも舞い込むようになった。いまでは芸能人の不倫のニュースのコメントを求められるような番組にも出演している。

本業の教育関連とは無関係の仕事が半分を占めていた。数多あまたの教育評論家、心理カウンセラーがいる中、森田にオファーが集中するのは知識が優れ実績に勝っているからではない。リサーチ力と心理コントロール術にけているのが理由だ。
「早速ですが伊藤先生は、『福岡県父子スマートフォン殺人事件』をどう思っておられますか?」
女子アナウンサーがコメンテーターの一人──小説家の伊藤のコメントを求めた。

ロマンスグレイの長髪、ノーフレイムの眼鏡、藤色のジャケット……伊藤は45歳の森田より15歳上の還暦で、ベストセラー製造機と呼ばれるほどの流行作家だ。伊藤原作のドラマは高視聴率をたたき出し、各テレビ局のプロデューサーが争奪戦を繰り広げている。森田と伊藤のほかには、女性のコメンテーターが二人いた。

森田のターゲットは、同性で好感度の高い伊藤だった。今日の仕事で爪痕つめあとを残したほうが、レギュラーになれるかもしれないのだ。
「福岡県父子スマートフォン殺人事件」とは、彼女と長時間にわたり電話をしていた15歳の息子に父親が注意したことをきっかけに起こった惨事だ。注意を無視して電話を続ける息子から、父親はスマートフォンを取り上げた。逆上した息子は、父親に殴りかかった。父親も殴り返し、壮絶な親子喧嘩げんかに発展した。

激高した息子は、部屋にあったナイフを手に父親に襲いかかった。ナイフを奪おうとした父親は、み合っているうちに誤って息子を刺殺した。息子を殺してしまった父親は、自らの心臓をナイフで貫いた。
森田は番組の冒頭で事件のVTRが流れている間、いつワイプで抜かれてもいいように深刻な表情を作っていた。

以前、痛ましい事件のVTR中に、気を抜いてほかの出演者と談笑しているところを抜かれてしまったレギュラーの芸人が番組を降板させられたことがあった。生放送は編集が利かないので、少しの油断が命取りになるのだ。
反対に結婚や出産といったおめでたいVTRのときに、しかめっ面や暗い表情を抜かれるのもまずい。こちらは番組を降ろされるまでには至らないが、視聴者の好感度は下がってしまう。

テレビ業界は視聴者に与えた印象で、境遇が天国にも地獄にもなる恐ろしい世界だった。
「まずは、お二人のご冥福めいふくをお祈り申し上げます」
殊勝な顔で合掌がっしょうする伊藤……森田は心で笑った。好感度を上げたいのだろうが、やりかたが昭和だ。故人の冥福を祈るくらいで好感度が上がるほど、視聴者は甘くはない。重要なのはコメントの内容だ。

「この事件を聞いたときに、私は父親に同情してしまいました。結果的に息子を刺殺してしまったとはいえ、アクシデントです。最初に殴りかかったのもナイフで襲いかかったのも、息子が先です。正当防衛にもかかわらず、父親は息子のあとを追って命を絶ちました。親の心子知らずというやつですね。父親は息子のためを思い口うるさく注意し、うとんだ息子が暴力に訴えた。愛が引き起こした悲劇です」

伊藤が悲痛な顔で首を横に振る。
森田は、心でほくそ笑んだ。
ベストセラー作家と言っても、しょせんは創作を生業なりわいにしている男だ。物語の中では優秀な刑事や探偵を生み出せても、現実は違う。

伊藤のコメントを聞いて、森田のコメントの方向性が決まった。
森田はコメンテーターとして出演する番組では複数のコメントを用意しておき、TPOに応じてどのパターンで行くかを決めている。
これまでに森田は数々のテレビ番組に出演してきたが、純粋に自分の考えを口にしたことはなかった。たとえ正論でも、スポンサーや視聴者を不快な気分にすれば降板させられてしまうのがテレビ業界だ。

文化人枠はタレントに比べてギャラが安く、二時間の情報番組に出演しても5万円から10万円程度だ。森田がテレビ番組に出演する目的は、ギャラではなく知名度だった。
テレビに出演前の講演のギャラは2時間で50万円だったが、出演後に知名度が上がってからは3倍になった。テレビに出演前の著作は一、2万部の売れ行きだったが、出演後には平均して5倍から10倍に伸びた。
芸人がテレビで顔を売れば、地方公演でギャラが跳ね上がるのと同じ仕組みだ。

「森田先生は、今回の事件をどのように受け止めていらっしゃいますか?」
女子アナウンサーが、森田を促した。
「私にも17歳の息子と15歳の娘がいますので、身につまされる事件です。結論から言えば、私は伊藤先生とは逆の意見です。たしかに殴りかかったのもナイフで襲いかかったのも息子が先です。だからといって、息子に非があると決めつけていいものでしょうか? 長電話を注意されたことにキレる性格も、殴りかかったりナイフで襲いかかったりする性格も、育った環境が大きく影響しています」
森田は言葉を切り、女子アナウンサーを見た。

「育った環境ですか?」
森田の意図通り、女子アナウンサーが合いの手を入れてきた。
示し合わせたわけではない。アナウンサーという職業は、沈黙が訪れると間を埋めたくなる生き物だ。加えてコメンテーターに眼をみつめられたら、黙っていられるわけがない。

森田は、アナウンサーの職業心理を利用しただけだ。人間が話を聴く集中力は、2分半が限界と言われている。最も頭に入るベストの時間は1分半だ。いったん女子アナウンサーに合いの手を入れさせ、ストップウォッチを0に戻したのだ。

「はい。育った環境は人の一生を左右します。人の手に育てられたライオンは、大人になってサバンナに戻せば一ヵ月も生存できないと言われています。人間に乳や肉を与えられていたライオンは、狩りというものを知りません。雨風をしのげる安全な屋内で育てられたライオンは、自然の脅威と外敵の恐ろしさを知りません。私たちも同様です。子供の人格を形成するのは親の影響力が大です。恩師、恋人、友人の影響力は形成された人格に肉付けされる後天的なもので、根本的な性質は変わりません。だから、親以外の外部からの影響を受けた子供は成長過程で反抗期を迎えますが、それは一時的なものでやがて素直だった頃に戻ります」
森田は言葉を切り、今度はMCの男性芸人を見た。

「ということは、ナイフで切りかかった息子にばかり非があるわけではなく、親にも責任があるということですね?」
絶妙のタイミングで、芸人MCが質問してきた。

「狩りを教えてもらっていないライオンは、シマウマはおろかウサギを捕らえることもできません。生きるためにライオンがねらうのは弱った動物か子供…… しくは容易に捕らえることのできる人
間です。狩りを知らないライオンが生き延びるために弱い動物に狙いを定めるのは自然の摂理であり、責めることはできません。責められるとすれば、ライオンに狩りを教えなかった人間のほうです。『福岡県父子スマートフォン殺人事件』は、父と息子のコミュニケーション不足が招いた悲劇です」
ふたたび森田は間を置き、芸人MCを見た。

「つまり今回の惨劇は、父親に非があったということですか?」
芸人MCの顔に、困惑の色が浮かんでいた。無理もない。ナイフを手に襲いかかってきた息子と揉み合っているうちにアクシデントで刺殺し、その後に自ら命を絶った父に責任があるという森田の発言は視聴者の反感を買うのではないかと恐れたのだろう。

35歳から49歳の男性と50歳以上の男性……M2層とM3層が視聴する夜のニュース番組なら、芸人MCの不安は現実のものとなっただろう。
だが、平日午前8時からの「あさ生!」の視聴者層はF2層、F3層と呼ばれる35歳から49歳と50歳以上の女性が9割以上を占めている。

そのくらいの年代の女性は、家庭を顧みずに子育てを妻に任せきりの夫に不満を抱いている場合が多い。伊藤のように息子が悪く父親が正しいという発言は、女性視聴者を一瞬にして敵に回してしまう。
いま頃、番組スタッフは伊藤にたいしてのクレーム電話の対応に追われていることだろう。

「どちらに非があるということではありません。ただ、一つだけ言えるのは父親が息子とのスキンシップが取れていたら、この悲劇は回避できたでしょう。男の子にとっての父親の存在というのは、非常に大きなものです。父子間に信頼があれば、多感な年頃の息子が彼女と話している最中にスマートフォンを奪うようなことはしないし、息子も殴りかかったりしなかったはずです。息子には伝わっていたのです。父親がスマートフォンを奪ったのは息子への愛のむちではなく、無視されたことで感情的に怒りをぶつけたということを」

「君、親子のコミュニケーションが取れない家庭はすべて殺人が起きているとでも言うのか!?」
血相を変えた伊藤が、森田に食ってかかってきた。思った通り。伊藤がトラップにはまった。

「伊藤先生、いまは森田先生の……」
「私は大丈夫ですから。どうぞ、続けてください」
森田は女子アナウンサーを笑顔で遮り、寛容な態度で伊藤を促した。伊藤がむきになって発言すればするほど、主婦層を敵に回すことになる。森田が攻撃しなくても、伊藤の好感度は急下降するだろう。

「森田先生の言い分では、親子のコミュニケーションが取れていない家庭では殺人事件が起こるということになるが、それは乱暴すぎる見解じゃないか?」
伊藤が挑戦的に言った。

「そうは言ってません。親子のコミュニケーションが取れていなくても、事件の起きない家庭のほうが多いでしょう。しかし、わずかな確率であっても悲劇が起きたのは事実です。親子のコミュニケーションが取れていれば僅かな確率でも悲劇は起こらない、と言っているのです」
森田は伊藤とは対照的に、穏やかな口調で言った。冷静な森田と感情的な伊藤のどちらの好感度が上がるかは、言うまでもない。

「なにを言ってるんだ、君は! 息子が先に父親を殺そうとしたんだぞ! 殺人未遂の息子をかばおうというのか!」
伊藤が口角泡を飛ばし、森田に食ってかかってきた。
「いまの伊藤さんみたいに感情的に言われたら、反発したくもなるでしょうね。特に、思春期の少年なら」
森田は緩みそうになる頬の筋肉を引き締め、冷静な口調で言った。

「なんだと!? 君は私を侮辱……」
「伊藤先生、落ち着いてください」
森田を指差し声を荒げる伊藤を、女子アナウンサーが制した。森田はうつむき、そっと口角をり上げた。

【森田誠様】
森田の名前がられた控室のドアを開けた。
5坪ほどのスクエアな空間だ。森田はテーブルに並べられた飲料の中から、ブラックの缶コーヒーを手にした。プルタブを引きながら、森田はドレッサーの椅子いすに腰を下ろした。

一仕事終わったあとのコーヒーは格別だった。
「ベストセラー作家とか言っても、しょせんは空想の世界しか知らない甘ちゃんだったな」
森田は鼻で笑いながら、鏡の中の自分をみつめた。整髪料で七三に髪を整えているのは誠実さを、アイブロウで眉を濃く一文字にしているのは意志の強さを、濃紺のスーツにストライプのネクタイを締めているのは清潔感を印象づける狙いがあった。

森田の髪型から服装に至るまで、すべては視聴者の好感度を上げるためで自分の趣味など一つもない。バラエティ番組に出演するときには、七三髪を緩く整えネクタイは淡いピンクや黄色などの明るい色を意識的に締めていた。

ノックの音がした。
「どうぞ」
森田はドレッサーから立ち上がり、応接ソファに座った。
「先生、お疲れ様でした!」
番組プロデューサーの中山が、び笑いを浮かべながら入ってきた。

「今日は、あんな感じで大丈夫でしたか?」
森田は不安そうにたずねてみせた。
「大丈夫もなにも、視聴者から森田先生を絶賛する電話がたくさんかかってきています! でも、伊藤先生にたいしてのクレーム電話も同じくらいに入ってます」
中山の笑顔が瞬時に曇った。

「伊藤先生にクレーム電話が? なぜです?」
もちろん、かなくてもわかっていた。
「罪のすべてを子供にかぶせるとはけしからん、というようなおしかりがほとんどです」
「それを言うなら、私も責任を父親に問いましたよ?」
森田は気づかないふりをした。

「ウチの番組の視聴者は中高年の主婦層が主ですから、子供に責任を被せる発言はまずかったですね。ぶっちゃけ、この年代の主婦は子育てに無関心の旦那だんなに不満を抱いている場合が多いですからね。その証拠に、父親に非があるとコメントした森田先生には称賛の電話が相次いでいますから。やはり、教育のプロフェッショナルの方のコメントは重みが違いますね」
中山が揉み手をしながら森田にへつらった。

「それほどでもありませんよ」
森田は謙遜けんそんしてみせた。
だが、本音だった。
森田と伊藤の発言内容に大差はない。
差があるとすれば、伊藤は流れを読み違え視聴者の地雷を踏んでしまったことだ。

「いえ、森田先生は話が流暢りゅうちょうですし、比喩ひゆを効果的に使っているので素人の僕たちにも実にわかりやすいです。先生、急なのですが、明日のスケジュールはどうなっていますか?」
中山が訊ねてきた。
「と言いますと?」
森田は質問を返した。
本当は、中山の質問の意図がわかっていた。

「『福岡県父子スマートフォン殺人事件』を明日も扱うんですけれど、引き続き、森田先生のコメントを頂きたく思いまして」
「ありがとうございます。明日の午前中は空いてますけど、私が連続で出演して番組的に大丈夫ですか?」
森田は、心にもないことを訊ねた。

「もちろんです! 視聴者は森田先生のご意見をもっと聞きたがっています。急なオファーで申し訳ないのですが、ご出演を受けて頂ければ非常に助かります」

「わかりました。私でよければ、喜んで協力させて頂きます。青少年教育コンサルタントの端くれとして、微力ながら『あさ生!』さんに貢献させて頂きます」

「ありがとうございます! 助かりました。こちらの勝手なお願いを聞いて頂きすみません。近々水曜日の新レギュラーの選定に入るところなので、森田先生を推薦しておきます」

「レギュラーですか? とんでもない。レギュラーともなれば、教育関係以外のテーマにたいしてのコメントも求められます。ほかに適任の方がいらっしゃると思います。お気持ちだけ、頂いておきます」
森田は固辞した。もちろんポーズだ。

「あさ生!」の水曜日のレギュラーコメンテーターである国際弁護士の堀内が、交通事故で大怪我を負い長期入院したという情報は十日前にネットニュースで読んでいた。
タイミングよく舞い込んできた「あさ生!」のスポット出演のオファーを受けたのも、レギュラーコメンテーターの座を獲得するためだ。

「なにをおっしゃいますか! 森田先生のバラエティ番組やクイズ番組での活躍を、たくさん見せて頂いております。いまや森田先生は万能文化人タレントとして、キャスティング会議で必ず名前が上がり、各局で争奪戦が繰り広げられています」
中山の媚び諂いは続く。

だが、彼の言葉に嘘はない。去年あたりから、テレビ番組出演のオファーが飛躍的に増えた。本業の教育関連のテーマはもちろん、食レポや物まね番組の審査員のオファーまでくるようになった。今年に入ってからの森田は、仕事を選ぶようになっていた。

「わかりました。万能ではありませんが、もし『あさ生!』さんのレギュラーコメンテーターのお仕事を頂けるとしたら全力でやらせて頂きます」
森田は、あくまで謙虚な姿勢を崩さなかった。

「ありがとうございます! 明日、企画会議がありますから水曜レギュラーコメンテーターの件、猛プッシュさせて頂きます。まずは、明日のスペシャルコメンテーターのほうをよろしくお願いします! お車でいらっしゃってますよね? 駐車場まで、ご案内いたします!」

「いえ、もうすぐマネージャーがきますので大丈夫です」
「そうですか。では、明日、よろしくお願いします!」
深々と頭を下げ、中山が控室をあとにした。

「順調順調」
森田はネクタイを緩めながら、缶コーヒーをのどに流し込んだ。
すぐに、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「手配できました!」
ドアが開くと同時に、マネージャーの日村俊が人懐ひとなつっこい笑顔で言った。

日村は30歳で、森田のマネージャー歴は5年になる。知人の推薦で面接した5人の中から日村を選んだのは、元芸能プロダクション勤務でマネージャー経験があるのが決め手になった。
森田が見込んだ通り、日村のテレビ局への売り込みやプロデューサーとのやり取りは手慣れたものだった。身長165センチ、色白で童顔の日村は外見とは裏腹にかなりのやり手だった。

「大丈夫なんだろうな?」
森田は日村を見据えた。
「ええ。安全で極上な品を用意しました。いままで、危険で粗末な品をそろえたことはなかったですよね?」
すかさず、日村が笑顔で答えた。
「信じるぞ」
森田は言いながら腰を上げた。

3805号室のドアの前で、森田は足を止めた。
森田は日村の運転する車内で、スーツからベージュのサマーセーターとデニムに着替えていた。
森田はスマートフォンのインカメラを起動し、ビジュアルチェックをした。

七三分けの髪は手櫛てぐしでナチュラルに崩し、テレビ出演の際には濃くするために描いていたアイブロウを落としていた。
トレードマークの七三髪と一文字眉をなくしただけで、インカメラに映る男は視聴者の知る森田誠とは別人だった。

森田は、日村から送られてきたLINEの文面に視線を走らせた。
『工藤つぐみ 年齢21歳、身長165センチ、体重50キロ、B86(F)W58H87、エステティシャン』
日村は多方面に顔が利くようで、政財界、芸能界の著名人が数多く登録するデートクラブに所属する女性を指名したらしい。

森田は証拠隠滅のためLINEを削除し、伊達だて眼鏡とマスクを着けてからドアにカードキーを当てた。実物を確認して顔やスタイルが好みではなかったり、性格的に問題がありそうだったりした場合には、伊達眼鏡とマスクを外さずに引き返すつもりだった。

ドアを開け中に入ると、ラグジュアリールームを奥に進んだ。期待に胸が高鳴り、心臓がアップテンポのリズムを刻む。
白い革張りのカウチソファに座っていたスリムな女性……ベージュのキャミソールワンピースに身を包んだつぐみが、微笑ほほえみながら立ち上がると頭を下げた。

白く長い首の先に乗るてのひらに収まりそうな小顔、光沢を放つ黒髪のロングヘア、吸い込まれそうな垂れ気味の大きな二重瞼ふたえまぶたの眼、フェラチオがうまそうな大きな口、細身だが豊満で揉み応えがありそうな乳房にくびれたウエスト、スカート越しにもわかるスパンキングし甲斐がいのありそうなプリッとした欧米並のヒップ……早くもデニムの中で森田の別人格が自己主張してきた。

「君みたいな若く美しい女性が、どうしてこんな仕事をしてるの?」
森田はキングサイズのベッドに腰かけながら、伊達眼鏡とマスクを外した。森田が素顔になった瞬間の、つぐみの表情を観察した。

表情に変化はなかった。
これから自分を抱こうとしているのが、テレビに講演にと引っ張りだこの森田誠だと気づいているふうはなかった。
ブリーフの中で痛いほど怒張したペニスが、つぐみが面接に合格したことを告げていた。

「若く美しいうちじゃないと、できない仕事だと思いまして」
つぐみが、悪戯いたずらっぽく笑った。
「気に入った。一緒にシャワーを浴びよう」
森田はつぐみを促し、バスルームに向かった。


お読みいただきありがとうございました。
続きはぜひ本書にてお楽しみください!



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\ 著者インタビュー公開中! /

『シン人間失格』の刊行を記念して著者の新堂冬樹先生に、主人公森田についてなど、本作の魅力や見どころをお聞きしました。
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新堂冬樹 (しんどう ふゆき)
小説家、実業家、映画監督。1998 年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“ 黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から“ 白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無間地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女優』『虹の橋からきた犬』『そのヘビ、ただのヒモかもよ!』など、著書多数。芸能プロダクションも経営し、その活動は多岐にわたる。

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