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なぜ眞人は夏子を受け入れなかったのか

 夏子に対し、距離をとる眞人。母の死を過去のものとして受け入れられない眞人の悲しみは理解できるが、なぜ夏子に優しさを少しだけでも向けることができなかったのだろうか。


 眞人が夏子と距離をとりたがっているのは、物語を見ればわかる。それだけで眞人の心情に浸り、物語を体験できる人は素晴らしい能力を持っている。
 しかし私にはその能力はない。観察し、考え、理解する過程で、不意に登場人物に共感し、物語に心が押し出され発露させられる。
 眞人が夏子を嫌っているから冷たくしているという説明では、この物語は私にとって意味を持たない。


 眞人は火事で母を亡くした。そして戦争は激化する。
 母を失った悲しみを過去のものとして受け入れられない眞人にとって、戦争という世界の騒音はどう聞こえたのだろうか。
 眞人は世界を無機質に捉え、悲しみを母そのものとして世界の喧騒から守るようになる。

 そこに夏子が新しい母として現れる。
 母への想いのために世界と隔絶する眞人にとって、夏子はあまりにも母に似ていた。
 夏子は眞人の手を取り、お腹にあて、赤ちゃんがいることを告げる。眞人は生命を感じるとともに、意識の奥で、夏子の手と、帯の向こうに女性を感じた。
 夏子の存在が眞人を母のいない世界に引き戻そうとする。
 母に似た夏子を本当の母として抱きつき、悲しみから癒されたい気持ち。女性として夏子に惹かれる気持ち。それが母に対する裏切りとなる罪悪感。そんなないまぜの感情を無意識に押さえ込む。
 さらに近い未来に、赤ん坊と夏子と父の世界からひとり離れた自分を見つける眞人。
 母屋への階段から見た工場は自分ではなく、夏子が男子産めばその子が受け継ぐことになるだろう。
 眞人は自分自身で頭を石で殴り、痛みと傷で自分に罰を与え、母を失った悲しみも捨て、ひとりで生きる決意をする。
 これ以上何かを失うことを恐れる眞人は、夏子や父、そして母を奪った世界を拒絶する道を選んだ。
 孤独に立ち向かうには、ひとりで生きる強さをもつしかない。母へと誘う青鷺を倒し、母を失った悲しみを打ち砕く道を選ぶ。


 眞人は母からの本を読み、自身の過ちを知り、人が為すべきことを知り、自身の過ちを正す行動が真の強さだと知る。

おわり 

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