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【今日コレ受けvol.070】ただおいしいと言える幸せ

朝7時に更新、24時間で消えてしまうショートエッセイ「CORECOLOR編集長 さとゆみの今日もコレカラ」。これを読んで、「朝ドラ受け」のようにそれぞれが自由に書くマガジン【今日コレ受け】に参加しています。

感動しましたと書きそうになる時、私はその時の自分を思い出し、じーっと観察する。その時の呼吸はどうだったか。汗はかいていた? 皮膚は? 毛穴は? 声を出した? それとも声を飲み込んだ? 

感動したら台無しだ【さとゆみの今日もコレカラ/第80回】|CORECOLOR


「おいしいって100回書いとけよ!」

編プロに勤めていた頃、仲間内でよく言っていた冗談だ。食に強めな編プロで、料理の取材は日常だった。1日5、6件飲食店をハシゴする日もザラ。

その原稿での禁句が「おいしい」だった。
だって、そもそも情報誌やグルメ雑誌で取材に行く店が、「おいしくない」わけがない。
「おいしい」と言うならば、全店に当てはまる。

だからいかに、「おいしい」を使わず表現するかが仕事なのだ。
甘い、苦い、辛い? 
それも、どっぷり甘いのか? ほろ苦いのか? 舌がビリビリするくらい辛いのか? 

「おいしい」を分析し、掘り下げ、書き分けなければならない。せめて同じ雑誌内では。

そのため、可能な限り取材先に試食をお願いし、味はもちろん、匂い、舌ざわり、余韻まで、五感を総動員して感じてメモする。レシピや材料も詳しく聞く。
原稿を書く時には、ノートを見ながら、五感の感覚を全力で呼び戻す。


あれから10数年。今も定期的に料理の取材をさせていただいている。そんなに続けていたらさぞやグルメになったのでは? と思われるかもしれないが、そんなことはない。

なぜグルメにならなかったのか。
たぶん素のわたしは、「なにを食べるか」よりも「誰と食べるか」を重視しているのだと思う。一緒に食べる相手と「いかに気持ちよく会話を交わせるか」を、「なにを食べるか」の100倍重視している。「五感を総動員して味わう」なんてことをしていたら、会話に集中できない。

ということは、気持ちよく話せる店が好き…なのか? いや、ここまで書いて思い出した。店の雰囲気を表す際の禁句を。

それは、「木の温もりが感じられるお洒落なカフェ」「窓からの風景が心地いいナチュラル空間」みたいな言葉だ。残念ながらそんな店は、「おいしい店」と同じくらい、星の数ほどある。
何か言っているようで、何も言えていない言葉ってヤツなのだ。
(と言いつつ、わたしも過去に書いたことありますゴメンナサイ)

木が使われているならなんの木か? 杉かヒノキか? 合板か天然木か? 天然木ならひょっとして、森の風通しを良くするため切られていて、エコに貢献したりしていないか? 

また五感を総動員して、質問も重ねなければならない。そうでなければ、書けない。
つまり、すさまじく「仕事モード」になるのだろう。


ああ、そうか。
だから編プロ時代の仲間と集まる店はいつも、「ビール300円、枝豆150円、タバコモクモク」な安ウマおっちゃん居酒屋なんだ。16~17時のハッピーアワーなんて、オールドリンク250円だ。

味も雰囲気も、な~んにも気にせず、「そこそこおいしい」ものを食べ、バカ話をしたい。五感は、耳以外アルコールで鈍らせる。わたしに至っては、だいたい途中で寝る。

そして帰り道、「おいしかったな~また今度!」とLINEするのだ。この「おいしい」には、幾重もの意味が詰まっている。それをきっと読みとってもらえる、と信じられる関係性がうれしい。

書く幸せもあるが、書かない幸せもある、と思う。

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