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DXとマーケティングその42:マーケティング5.0でのDXと『DX実行戦略』

分析屋の下滝です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングとの関係を考えてくシリーズの42回目です。

ここ数回は、最近発売された『コトラーのマーケティング5.0』におけるDXとその他のDX書籍での方法論とがどのように関わり合うのかを分析しています。

DXが全社的な取り組みであるとした場合、その実行のプロセスには、整合性や一貫性が求められます。各DXの方法論において、マーケティング5.0がどのように関係するのかを分析することで、それら方法論にマーケティング5.0の考えを組み込めるかどうかを評価でき、その評価に基づき、適切な方法論を作りだせる可能性があります。

分析の最終的なアウトプットは、各方法論をベースに、マーケティング5.0の要素を組み込んだ新たな方法論となります。

今後の連載の議論の流れとしては以下を考えています。
1.マーケティング5.0におけるDXを確認する(第40回の内容)
2.これまでの連載で扱っていたDX関連書籍である『DX実行戦略』『デザインド・フォー・デジタル』『DXナビゲーター』との関係を分析していくにあたり、準備を行う(第41回の内容)。
3.各DX関連書籍での「DXの定義」と比較を行い、共通点や異なる点を明らかにする。
4.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0でのDX」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
5.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。

これまでの記事

これまでの連載記事に関しては以下の記事から確認できます。

おさらい:マーケティング5.0におけるDX

これまでのおさらいです。

まず、『コトラーのマーケティング5.0』においてDXについて触れられているのかどうかを確認しました。結果としては「デジタル変革」という言葉がありました。具体的な定義はありませんでしたが、どのように位置付けられているのかを確認しました。

『コトラーのマーケティング5.0』では、デジタル変革の意味合いとしては、「自社のデジタル能力を構築すること」、あるいは、「自社をデジタル化すること」、といった使われ方であると解釈しました。そして、デジタル変革は、マーケティング5.0の必要条件であると位置づけられていることも確認しました。

そして、「自社のデジタル能力を構築すること」とは具体的にどのようなことを意味するのかを整理しました。

『マーケティング5.0』の目次は以下の図のようになっています。

・第1部:序論
・第2部:課題
・第3部:戦略
・第4部:戦術
という流れです。

第1部では、マーケティング5.0の背景や概要が述べられています。

第2部では、デジタル世界でマーケティング5.0を実行するときにマーケターが直面する課題が議論されています。課題は、世代間ギャップ、富の二極化、デジタル・デバイドの3つです。

第3部では、戦略に関わる内容であり、マーケターが技術の戦術的利用(戦術に関しては第4部に対応)を検討する前に適切な基盤を得るのに役立つとされることが議論されています。以下の三つの章で構成されます。
・デジタル化への準備度が高い組織:企業が高度なデジタルツールを利用するための自社の準備度を評価する助けになる。
・ネクスト・テクノロジー:ネクスト・テクノロジーに関する初歩的な内容を含んでおり、マーケターがネクスト・テクノロジーを理解する助けになる。
・新しい顧客体験:新しい顧客体験の創出で実績のある様々な事例について検討がされる。

「デジタル変革」という言葉は、1つ目の「デジタル化への準備度が高い組織」の第5章で使われています。この章では、デジタル変革という言葉は、「デジタル化」や「組織」と関係のある文脈で使われます。なお、デジタル化や組織といった概念は、他のDX書籍でも主要な対象として議論されますので、おかしなことでは無さそうです。

第4部は、戦術に対応する部分となります。マーケティング5.0の構成要素5つがそれぞれ議論されています。

これまでの記事では、マーケティング5.0と関係する要素を含めて、次の図のように整理を行いました。

マーケティング5.0の例としては次のようなものがあげられています。
・バックオフィス業務に関するもの
 ・機械学習により、新製品の成功確率を予測する
 ・AIで購買パターンを明らかにして、特定の顧客集団に基づいて適切な製品やプロモーションをレコメンドする。
 ・広告のコピーをAIに書かせる
・顧客対応に関するもの
 ・顧客サービス用のチャットボット
 ・AI搭載型ロボットによるコーヒーの給仕(ネスレ)
 ・小売店における顔検知スクリーンにより、買い物客のデモグラフィック属性を推定して適切なプロモーションを行う
 ・ARにより買い物客が購入を決める前に製品を試せるようにする

第5章:デジタル化への準備度が高い組織

次に「デジタル変革」に関わるのは第5章ですので、以下の図に第5章の概要を示します。

この章では、以下の図のように、「顧客のデジタル化への準備度」と、「企業(自社)のデジタル化への準備度」を二つの軸として、4象限の状態をもとに議論がされています。企業は、この2軸での自社の準備度の評価を行い、自社がどの象限にいるのかを把握します。

企業は、最終的には右上のオムニ象限に到達したいというのがマーケティング5.0での前提とされます。

自社がどの象限にいるのかをもとに、取るべき戦略が決まります。マーケティング5.0では、上記の図に示すように3つの戦略が議論されています。
1.デジタル能力を構築する戦略
2.顧客をデジタル・チャネルに移行させる戦略
3.デジタル・リーダーシップを強化する戦略

最終的には右上のオムニ象限に到達する前提であるため、戦略を実行しながらオムニ象限に到達するルートは二つが考えられます。現実的には、同時進行もあるかもしれません。

デジタル変革に関係するのは、1つ目のデジタル能力を構築する戦略です。

デジタル能力を構築する戦略は「オリジン」象限または「オーガニック」象限にいる企業がとる戦略とされます。図では、「デジタル能力を構築する」は「オリジン(左下)」から「オンワード(左上)」からの矢印だけですが、「オーガニック(右下)」から「オムニ(右上)」への意味も含みます。

デジタル能力を構築する戦略での課題、つまり、「オリジン」象限や「オーガニック」象限に入る企業にとっての課題は、「デジタル化した顧客のニーズに対応する能力を築くことである」とされています。

上記の図は、「顧客のデジタル化への準備度」と「企業(自社)のデジタル化への準備度」の二つの軸で構成されていると述べました。「企業のデジタル化への準備度」が低いか高いかを評価する基準の大枠は以下です。
・デジタルな顧客体験を開発できているかどうか
・デジタル・インフラに投資できているかどうか
・デジタルな組織を確立できているかどうか
また、同時に、これらの基準を満たすように戦略が実行されたとすると次の図に示すような準備が整っているとこれまでの記事で整理しました。

一方で、「デジタル化した顧客のニーズ」とは、「顧客のデジタル化への準備度」の評価に関係すると思われます。「顧客のデジタル化への準備度」は、「企業(自社)のデジタル化への準備度」と同じく大きく3つの項目で整理されています。
・デジタル顧客基盤
・デジタル・カスタマー・ジャーニー
・顧客のデジタル化傾向

すでに述べたように、オムニ象限に到達することが前提とされているため、「顧客のデジタル化への準備度」ができているなら、それに応えるというのが、「デジタル化した顧客のニーズに対応する能力を築くことである」と解釈しました。

今回の話:DXの方法論

前回は、関係の分析を行うにあたり、二つの視点があると考えました。
1.「マーケティング5.0でのDX」と「他のDXの方法論」とが互換性があるかどうか。
2.戦術としての「マーケティング5.0」が、他のDXでの方法論とどのように関係するのか。

今回は、1つ目の視点の分析を行います。また、分析の対象とするDXの方法論は『DX実行戦略』です。

以下の図に示すように、同じDXという言葉を使っていたとしても、背景や課題の捉え方や重視する点は同じではなく、したがって、具体的に何を行うのかも違いが出てきます。

『DX実行戦略』の視点からみれば、『DX実行戦略』での方法論におけるマーケティング5.0の位置づけを明らかにすることで、より実践的な方法論になる可能性があります。

『マーケティング5.0』の視点から見れば、その他のDX方法論をそのまま活かせるのかどうかが気になります。

どのように両分野(両書)を関係づけていくかにあたり、二つの道筋があるように思えました。
・それぞれの書籍でのDXの定義の比較から開始する
・それぞれの書籍での背景や課題の比較から開始する。

どちらが良いのかは分かりませんが、DXの定義から開始したいと思います。

『DX実行戦略』の定義はこのように書かれています。

私たちは、デジタルビジネス・トランスフォーメーションを「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」と定義する。第1に、企業業績を改善することがその目的であり、第2にデジタルを土台にした変革であること。組織は絶えず変化しているが、ひとつ以上のデジタル技術が大きな影響をおよぼしているものでなければ、デジタルビジネス・トランスフォーメーションには分類されない。そして第3に、プロセスや人、戦略など、組織の変化を伴うものであること。デジタルビジネス・トランスフォーメーションには、テクノロジーよりもはるかに多くのものが関与している。

『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.27

「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」と定義されています。

この定義を、過去の連載では次の図のように整理しました。

次に、より大きな視点に関わるものとして、『DX実行戦略』で書かれている方法論は、組織変革に関わるものであると解釈しています。

『DX実行戦略』では、「組織のもつれ度」と「変革の程度」の軸で、変革(変化)に向けた取り組みを分類しています。4つ変革のうち、右上の1つがDXに対応します。

・古典的変革の例:広告部門が「新聞・テレビ広告」から「オンライン広告」へ移行する等。
・包括的変革の例:全社的な新しい雇用ルールの導入や、グローバルな経費管理システムの導入といった微調整。
・スマートXの例:スマートサプライチェーンやスマート不動産といったもの。変化の程度は大きいが、全社を挙げて取り組むたぐいのものではない。

『DX実行戦略』では、DXに対応する変化を次のように説明しています。

4 DX(デジタルビジネス・トランスフォーメーション)──複雑にもつれた、大きな変化。私たちDBTセンターは、この種の変化に注目しており、とりわけ本書は、これに主眼を置いている。すでに定義したように、デジタルビジネス・トランスフォーメーションとは「デジタル技術とデジタルビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」である。このため、他の変化とはかなり性質が異なる。
大きな規模、高い相互依存性、大きなダイナミズムが関係しているため、新たな戦略に向けて舵を切るには、組織全体の抜本的な変化が不可欠である。これは、破壊的なライバル企業に対処するために、ビジネスモデルやカスタマーバリューの創出方法を変化させることを意味する。また、サードパーティとの価値創造(プラットフォームを介してなど)が関係してくることもある。

──『DX実行戦略』,マイケル・ウェイド, pp.55-57

『DX実行戦略』での定義の議論に関しては、詳しくは過去の記事を参照してください。

次に『マーケティング5.0』の視点に移ります。

「デジタル能力を構築する戦略」が取り組む課題は、「デジタル化した顧客のニーズに対応する能力を築くこと」とされていました。別の言い方をすれば、DXが取り組む課題であるとここでは解釈します。これはDXの定義ではありませんが、何をするのか?という視点では、『DX実行戦略』でのDXの定義と見比べることができそうです。

『DX実行戦略』でのDXの定義は、「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」でした。また、次の条件がありました。
・一つ以上のデジタル技術が大きな影響をおよぼしていること。
・プロセスや人、戦略など、組織の変化を伴うものであること。
・組織が複雑にもつれていること。
・組織変化の程度が大きいこと。

以上ことから、どんな違いが言えそうでしょうか?
1.「対応する能力を築くこと」と「業績を改善すること」の違い
2.「デジタル化した顧客のニーズ」を対象としているかどうか
3.「組織を変化」を対象としているかどうか
 ・一つ以上のデジタル技術が大きな影響をおよぼしているかどうか
 ・プロセスや人、戦略など、組織の変化を伴うかどうか
 ・組織が複雑にもつれているかどうか
 ・組織変化の程度が大きいかどうか。
4.「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いる」を対象としてるかどうか

「対応する能力を築くこと」と「業績を改善すること」の違い
1つ目の項目です。単純に読めば、能力を築くだけであり、業績の改善は目的としていないため、この時点で大きな違いがあると言えるかもしれません。ただし、能力を築くのは、業績を改善することが前提にあるという解釈もできます。「デジタルな顧客体験」の中には「企業はデジタル・ビジネスモデルにとによって価値を生み出し、収益を得ることができる」という評価項目があります。実際、デジタルビジネスモデルを検討することがやることとして挙げられています。

「デジタル化した顧客のニーズ」を対象としているかどうか
2つ目の項目です。「デジタル化した顧客のニーズ」は、『DX実行戦略』の文脈でどのように解釈すればよいのかは、もう少し調査しないと分かりません。『DX実行戦略』では、デジタルビジネスモデルを用いてカスタマーバリューを提供することが、デジタルディスタプラーとの競争に勝つためだと議論されています。ここでのカスタマバリューは、3種類あり、別の意味では、顧客が求めるのはこの3つの項目である、ともいえます。
・コストバリュー:価格を下げたり、その他の経済的利益を提供する
・エクスペリエンスバリュー:顧客に優れた体験を提供する
・プラットフォームバリュー:顧客にポジティブなネットワーク効果を提供する
さらに議論をすすめるには、この中に、「デジタル化した顧客のニーズ」に相当するものがあるかどうかの分析が必要になりそうです。

「組織を変化」を対象としているかどうか
3つ目の項目です。「組織を変化」は、「デジタルな組織」に対応しそうです。ただし、組織をどのようにどのくらい変化させるのかの程度は大きく異なりそうです。『DX実行戦略』では次の条件がありました。
・一つ以上のデジタル技術が大きな影響をおよぼしているかどうか
・プロセスや人、戦略など、組織の変化を伴うかどうか
・組織が複雑にもつれているかどうか
・組織変化の程度が大きいかどうか。
これは、ビジネスモデルやカスタマーバリューの創出方法を変化させることは、上記を引き起こすためです。「デジタル能力を構築する戦略」でもデジタルビジネスモデルの導入の検討は挙げられていますが、導入の過程において、組織にどのような大きな影響をもたらすのかは詳しく議論されていません。

「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いる」を対象としてるかどうか
4つ目の項目です。「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いる」に関してです。デジタル・ビジネスモデルに関しては1つ目の項目で述べました。「デジタル技術」の役割は、『DX実行戦略』では、デジタルビジネスモデルを可能にすることでした。「デジタル能力を構築する戦略」でのデジタル技術の役割は以下で示すように少し違いそうです。
・1つ目は、顧客理解のために、ビッグデータを分析できるテクノロジーです。
・2つ目は、物理的資産をIoTによってデジタル化することです。
・3つ目は、デジタル技術というよりは、デジタルツールです。たとえば、遠隔で働いたりするためのデジタルツールです。

ここまでで4つの項目を確認しました。

次回は、2つ目の項目、つまり、顧客をどのように捉えているのかということと、どうして顧客をそのように捉えるのかという背景を確認していきます。

まとめ

今回は、マーケティング5.0でのDXと戦術としてのマーケティング5.0が、『DX実行戦略』の方法論とどのように関係するのかをそれぞれのDXの定義の視点から議論しました。

わかったこととしては、それぞれで同じような言葉は使いつつも、その位置付けや程度には違いがありそうでした。

より詳しい議論を行うには、マーケティング5.0がもとにしている背景についてと、同様に、『DX実行戦略』がもとにしている背景を踏まえる必要がありそうです。

次回は、それぞれが顧客をどのように捉えているのか、また、そのように捉える必要性となる背景を確認したいと思います。続きはこちら


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