DXとマーケティングその49:顧客のデジタル行動の構成要素
分析屋の下滝です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングとの関係を考えてくシリーズの49回目です。
ここ数回は、最近発売された『コトラーのマーケティング5.0』におけるDXとその他のDX書籍での方法論とがどのように関わり合うのかを分析しています。
DXが全社的な取り組みであるとした場合、その実行のプロセスには、整合性や一貫性が求められます。各DXの方法論において、マーケティング5.0がどのように関係するのかを分析することで、それら方法論にマーケティング5.0の考えを組み込めるかどうかを評価でき、その評価に基づき、適切な方法論を作りだせる可能性があります。
分析の最終的なアウトプットは、各方法論をベースに、マーケティング5.0の要素を組み込んだ新たな方法論となります。以下は『DX実行戦略』の書籍の場合です。
今回のテーマでの連載の議論の流れとしては以下を考えています。
1.マーケティング5.0におけるDXを確認する(第40回の内容)
2.これまでの連載で扱っていたDX関連書籍である『DX実行戦略』『デザインド・フォー・デジタル』『DXナビゲーター』との関係を分析していくにあたり、準備を行う(第41回の内容)。
3.各DX関連書籍での「DXの定義」と比較を行い、共通点や異なる点を明らかにする(第42回の内容)。
3.1.比較を行うにあたり、枠組みを定義する(今回の内容)。
4.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0でのDX」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
5.これらDX関連書籍での「方法論・手法」の中に「マーケティング5.0」がどのように位置付けられるのかを明らかにする。
これまでの記事
これまでの連載記事に関しては以下の記事から確認できます。
これまでの話:マーケティング5.0におけるDX
マーケティング5.0に関しての概要と、マーケティング5.0でのDXの位置付けに関しては過去の記事を参照してください。
これまでの話:比較のための枠組み
分析をしていくにあたり、マーケティング5.0の領域とDXの領域をつなぐ独自枠組みを定義しました。詳細は過去の記事を参照してください。
今回の話
前回は、以下の図に示すようなデジタル対応顧客(デジタル化した顧客)の行動体験モデルを考えました。
図の下の「デジタル行動」や「デジタル体験」がある顧客は、デジタル対応顧客と呼ぶとして考えてみよう、という議論になります。
そして、「デジタル行動」の構成要素をどのように考えられるのかを議論しました。まずは、2つの構成要素があると考えました。
・デジタルと関係のありそうな何らかの物:たとえば「デジタルプラットフォーム」
・それと関わりのある何らかの行動:たとえば「取引」
もちろん、「デジタルと関係がある物」の定義が必要です。「デジタルプラットフォーム」とは何なのか、という定義も必要かもしれません。「デジタルプラットフォーム」は、コトラーは定義をしなかったため、改めてこの議論の文脈で役立つ定義をする必要があります。
つまり、前回の記事で出てきた以下の言葉やその他の言葉を定義できる必要があります。
・デジタルプラットフォーム
・デジタルインターフェース
・(デジタル)タッチポイント
・(デジタル)カスタマージャーニー
タッチポイントやカスタマージャーニーは、「デジタルと関係がある物」とは異なる概念のようにも感じます。
今回は、顧客の行動の中で、「デジタルと関係がある物」として何がありそうなのかをいくつか考えてみます。色々な軸や分類があると思います。まずは以下のようなものがありそうだと考えました。オフラインのものは他にも様々あるかもしれません。
<オンライン>
・ウェブサイト、ウェブアプリ
・ECサイト(様々な商品が販売されているイメージ)
・サービスサイト(特定のサービスへの申込みがあるイメージ)
・ウェブアプリ(サイト上でサービスを利用するイメージ。Netflixなど)
・スマホアプリ
<オフライン>
・デジタル機器・端末(飲食店での注文タブレット、ネットプリントなど。ATMや券売機も?)
ここでは、これらの物がどのように結びつくのか、何で結びつくのか、に関しては詳しく議論しないでおきます。たとえば、会員IDでの結びつきがありそうです。
このあたりの話は、Online to Offline、オムニチャネル、OMO(Online Merges with Offline)といった、チャネルの話と関わりがあるかもしれません。
デジタル・ライフスタイルと顧客の行動
続けての議論として、「デジタルと関係がある物」をより具体的に考えるヒントとして『マーケティング5.0』での記述を参考にしたいと思います。同書では、次のようなものがCOVID-19によりデジタル化が進んだとされます。
・オンライン・ショッピング
・フードデリバリー
・デジタル・バンキング
・電子財布
・オンライン会議
・コンテンツ消費
・オンライン学習
・遠隔医療
・家事代行サービス
・オンライン・ゲーム
・オンライン・フィットネス
・バーチャル観光
顧客視点で表現するなら、新しいデジタル・ライフスタイルに顧客は慣れた、という表現がされています。
以下では、同書より引用しながら、構成要素を抜き出していきます(p.130)。
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ(eコマース・アプリ、フードデリバリーアプリ)
・それ関わりのある何らかの行動: 購入
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ(デジタル・バンキング、キャッシュレス決済)。アプリのような気もしますが、正確には違うかもしれません。
・それ関わりのある何らかの行動: 入金、出金、振込、振替、送金など(?)、決済
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブアプリ
・それ関わりのある何らかの行動: 会話
ここでは、何らかの学習が行える機能がメインの機能となるアプリやサービスのことだと捉えました。
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブアプリ
・それ関わりのある何らかの行動: 学習
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブアプリ
・それ関わりのある何らかの行動: 動画視聴
具体的などのようなサービスなのかはわかりませんが、以下のように捉えました。
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブアプリ
・それ関わりのある何らかの行動: 相談
まとめと課題
まとめです。抜き出した構成要素を整理するとこのようなものでした。
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブアプリ
・それ関わりのある何らかの行動: 購入、入金、出金、振込、振替、送金、会話、学習、動画視聴、相談
もちろん、「行動」に対応するものは他にも無数あると考えられ、それらの行動がスマホアプリ、ウェブアプリだけに関わるとは限りません。たとえば、家庭用ゲームは、「専用のデバイス(Nintendo Switchなど)」を使ってオンライン対応のゲームを行えます。この場合「デジタルと関係がある物」は「Nintendo Switch」で、行動は「ゲームプレイ」と考えられます。
結論としては、「デジタルと関係がある物」と「それ関わりのある何らかの行動」で構成されるものを「デジタル行動」として表現しても良さそうです。
ただし、課題が残ります。ある人が一度だけある「デジタル行動」をしたら、その人は「デジタル対応顧客」に分類される、というだけでは、雑な結論になりそうです。たとえば、ある「デジタル行動」の次の行動は「デジタル行動」ではないかもしれません。最初の「デジタル行動」の体験が悪かったケースなどです。
この状況をモデリングするには、以下を明確にする必要があります。
・選択肢の概念:顧客は、ある目的のために、選択肢となる行動の中から一つの行動を選ぶ。
このように、「行動の連続性」と「行動の選択」を考慮することで、「デジタル対応顧客」の基準の設定が行いやすくなるかもしれません。たとえば、一定期間内での、「デジタル行動」と「物理的(非デジタル)行動」の割合や、割合の増減といった指標を用いた基準です。具体例としては、過去1ヶ月間での「デジタル行動」が1回、「物理的(非デジタル)行動」が3回だったのが、次の一ヶ月では「デジタル行動」が3回に「物理的(非デジタル)行動」が0回になったなどです。この場合、デジタル行動の割合が増えましたので、デジタル対応顧客化したと表現できるかもしれません。
最後に、一度の体験が、次の行動にすごく影響することもありそうです。『マーケティングの新しい基本』で紹介されている以下の事例をもとにもう少し分析してみます。
同書の著者の友人から、著者がうけとった投稿です。この友人は、小・中学生のこどもがいる女性です。在宅勤務になったこともあり、日用品や家具を買うことになったそうです。これまでは、生活雑貨・家具を扱うブランドストアを利用しており、店舗の多くがモールに入っていました。しかし、コロナによりモール閉鎖になり、店に行くことが難しくなりました。そこで、近隣で路面店を展開しているニトリに行ったそうです。この友人は、感染リスクを減らすために、店内滞在時間をできるだけ抑えたいと考え、ニトリの「店舗受取サービス」を利用しました。これはオンラインで頼んでおけば、最寄りの店舗のサービスカウンターで受け取り、その場で決済できるというサービスです。その友人は、このサービスを気に入り、その後も3回通ったとのことです。さらには、その友人は、今まではいつものブランドストアでしか買っていなかったキッチンアイテムなどの商品もニトリに移行したようです。
この事例では、以下のことは詳しくは分かりません。
・モール閉鎖が解除された際に、この友人が過去のブランドストアに戻るのかどうか
・キッチンアイテムの購入のブランドストアと最初のブランドストアが同じかどうか
・キッチンアイテムの購入に「店舗受取サービス」を利用したのかどうか
しかし、行動の選択肢の視点で、次のような考察ができそうです。
・選択肢が無くなった:モール閉鎖により店舗自体にいけなくなった。
・新たな選択肢を見つけて選んだ(ブランド店舗自体):ニトリ
・新たな選択肢を見つけて選んだ(購入方法):店舗受取サービス。
・デジタル行動に関わる新たな選択肢を見つけて選んだ:店舗受取サービス。
・物理的行動の選択肢を選ばなかった:店舗だけで購入。
・前回の新たな選択肢を再度選んだ(ブランド店舗自体、購入方法):3回通った。キッチンアイテムなどの商品もニトリに移行した。
・デジタル行動に関わる選択肢を再度選んだ:店舗受取サービス
・物理的行動の選択肢を選ばなかった:店舗だけで購入
・知っているが再度選ばないと思われる(ブランド店舗自体):ブランドストア
上記の他に、少し異なる視点で考察できる点は以下です。
・顧客行動の分解と合成:行動をさらに細かな行動に分解できる。その逆に、合成もできる。分解・合成の粒度や分解・合成可能性は分析の目的等にあわせて、様々考えられる。
・「購入」を、「オンラインで注文」「オフラインで決済」「店舗で受け取り」という行動に分解できる。
・「オンラインで注文」「オフラインで決済」「店舗で受け取り」という行動に分解できる。という行動を「購入」という行動に合成できる。合成後の名称は工夫が必要かもしれない。「オンライン注文・オフライン決済購入」など。
と同時に、次の課題が出てきます。
・顧客行動の分解と合成の基準:概念としてどこまでの行動一つの行動をみなすのか。たとえば、「購入」とはどういう行動までを指す概念だと考えるのか。「実店舗で商品を確認」し、「オンラインで注文」し、「オンラインで決済」し、「店舗受け取り」までの一連の流れを「購入」とみなすのか。それとも、「実店舗で商品を確認」は購入には含まないのか。
・分解前後の顧客行動の分類の基準:分解前の行動の分類と、分解後の行動の分類が一致するとは限らない。ある一連の行動(合成された行動)の中で「デジタル行動」があれば、その一連の行動は「デジタル行動」と見なしても良いのか。
・分解前(デジタル行動のみ)
・デジタル行動:「オンライン注文・オフライン決済購入」
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブサイト
・それ関わりのある何らかの行動: 購入
・分解後(デジタル行動と物理的行動)
・デジタル行動:「オンライン注文」
・デジタルと関係がある物: スマホアプリ、ウェブサイト
・それ関わりのある何らかの行動: 注文
・物理的行動:「オフライン決済」「店舗で受け取り」
まとめ
マーケティング5.0の領域と、DXの領域をつなぐには、両領域を統一的に説明できるような枠組みがあると良さそうです。
これまでの記事では、そのための枠組みを考えました。3Cの考えを参考にしたものです(顧客、自社、競合)。そして、「顧客」にあたる要素を、デジタルの視点を表現しようとすると、「デジタル対応顧客(デジタル化した顧客)」という概念があると良さそうだとして議論を進めてきました。
しかし、「デジタル対応顧客」かどうかを区別するための基準が必要です。そのために、これまでの記事では、顧客の行う「行動するかどうかの判断」、「行動」、「評価」に着目したモデルを定義しました。
次に、そのモデルをデジタルの視点で拡張することを試みました。
顧客が行う「行動」には、「デジタル行動」に分類できるものがありそうだと議論しました。「デジタル行動」かどうかは、「デジタルと関係がある物」との何らかの関係があること考えました。
今回は、「デジタルと関係がある物」の定義を、具体例を挙げながら考えながらモデルの説明力を確認しました。
「行動の連続性」と「行動の選択」を考慮することで、「デジタル対応顧客」の基準の設定が行いやすくなるかもしれないことを指摘しました。たとえば、一定期間内での、「デジタル行動」と「物理的(非デジタル)行動」の割合や、割合の増減といった指標を用いた基準です。
次回は、「デジタル体験」に関して分析します。続きはこちら。
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