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とある真面目な青年の話

「先輩! やりました!」

僕は大喜びで事務所に飛び込み、残業中の先輩に駆け寄った。

「んだよ、うるせーなー」
「契約、取れたんです!」
「あぁ?」
「だから、コムズカシ商事と契約できたんです!」
「は……? あの、面倒くさい部長から?」
「そうです。やったんですー!」

コムズカシ商事に通うこと半年。
まわりから「絶対に無理」と言われた部長から、新規で契約を取ることに成功した。

散々門前払いされ、やっと会えたと思えば無理難題を言われ……。
雨の日も風の日も、ひたすら通いつづけてやっと、契約を取ることができた。

だからメチャクチャ嬉しかった。
一人前だと認められた気がして、本当に嬉しかった。

「よ、良かったな」
「はい!」

先輩も褒めてくれる。
僕は、やったんだ!

「な、なぁ。もう部長には報告したのか?」
「いえまだです。今帰ってきたので」
「そうか……。ま、今日は早く帰って休め」
「はい!」

いつもは仕事を押し付けて来る先輩も今日は優しい。
結果を出すって、凄いことなんだと思った。
明日部長に報告したら、きっと驚くだろうな〜とも……。

次の日。

「凄いじゃないか! あの部長から契約を取るなんて!」
「いや~。誠意が通じたんスよ」

僕が出勤すると、事務所のなかは大いに盛り上がっていた。
なにかビッグニュースでもあったのだろうか。

「どうしたんですか? すごく盛り上がっていますが」
「彼がね。コムズカシ商事と契約したんだって」
「え……?」

どういうこと?
コムズカシ商事と契約したのは僕なのに、なんて先輩が?

「これは今期最高売上も狙えるかもしれんな。ひょっとすると、社長賞もあるかもしれんぞ」
「マジっすか。頑張ります」
「おう、頑張れ! 期待しているぞ」
「はい!」

何が起こっているのか分からずボーゼンとしていると、先輩がぼくの側にやってきた。
そして……耳元で話し始めた。

「あの部長は気難しいからな、後は俺がやるよ。今までご苦労さん」
「いや、でも……」

反論しようとすると、鋭い目で先輩が睨み返してきた。

「この契約は……僕が……」
「は? まぐれで調子に乗るなよ。ま、部長も俺にやれって言ってるんだし、後は任せろ」

眼の前が、世界が回っているようだった。
ぐるぐると。

だんだん気持ちが悪くなってきて……。
僕は早退した。

そして3日後。

先輩に契約を取られた僕は、仕事を辞めようと思っていた。

……半年。
そぅ、半年努力してやっとコムズカシ商事と契約した。
気難しいと言われる部長とも仲良くなった。

「これからよろしく頼む」

そう言われたのに……。
……全てを先輩に取られた。

「はぁ……行きたくないな」

それでも、会社には行かないといけない。
辞めるにしても、ちゃんと話さないといけない。

意を決した僕は、出勤することにした。

「おはようございます」

努めて明るく挨拶をする。

「どうなってるんだ!」
「ひゃっ!」

事務所の壁が震えるほど、大きな怒鳴り声が聞えた。
部長だ。
なにやら、凄く怒っているようだ。

「コムズカシ商事からクレームが来たぞ! 何故担当を変えたんだ! とな」
「……はい」
「大体、契約を取ったのはお前じゃないそうだな。チャラチャラした適当な男が突然やってきたと、先方は痛くご立腹だ。この始末、どうつけるつもりだ?」
「違うんです、俺はあいつに頼まれて……。自信がないから俺にやってくれって言われて仕方なく……。本当は嫌だったんです!」
「ふざけるな!」
「ひっ……」
「先方が言ってたぞ! 初めてのお客様だから、誠心誠意頑張ると言っていたと。途中で投げ出すような奴じゃないと。 正直に言え! お前は手柄を横取りしたんじゃないのか!」
「だから俺は頼まれて……」

チラッとこっちを見た先輩と目があった。
すると先輩はこちらに駆け寄り、こう言った。

「な、お前からも言ってくれ。俺に変わってくれと、頼んだよな。な」

状況がよくわからないけど……。
先輩に頼んだ覚えはない。

「いえ、契約を取った次の日に出社すると、なぜが先輩が契約したことになっていました」

部長が複雑そうな顔で聞いてくる。

「なぜ、そのときに言わなかった?」
「それは……」

グッとお腹に力をいれる。

「先輩が睨みながら、俺に任せろと言ったので……」
「そうか……」

部長は目を閉じてしばらく黙った。
そして。

「いや、すまなかった。こいつの話を真に受けたおるの落ち度だ。悪いが、コムズカシ商事一緒に行ってくれないか? 先方がな、お前を連れてこいと言って聞かないんだ」
「は、はい! もちろんです!」
「この仕事はお前に任せる! まぁ任せるも何も、自分で取った仕事なんだから、最後までやってくれ」
「はい!」
「で……だ……。後輩の仕事を奪ったこいつは……」


それから僕は、コムズカシ商事の部長に経緯を説明し、何とか許してもらった。
そして、順調に仕事を進めて、過去最高益を達成。
社長賞を授与された。

あ、そうそう。
僕の成果を横取りしようとした先輩は……。

今は僕の部下として働いている。

〈了〉

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