クチナシの花【ショートショート】
突然、恋人を亡くした。
些細なことで喧嘩をした翌日、彼女は突然居なくなってしまった。
俺は恋人を失い、孤独に包まれた日々を送っていた。
喧嘩したことを後悔する。
些細なことで怒ってしまった自分が憎い。
そして……寂しい。
もう一度会いたい。
寂しさを紛らわすため、彼女が愛した曲を流した。ゆっくりと目を閉じ、彼女と過ごした日々を思い出す。
すると……ずっと聞きたかった声が聞こえた。
「目なんか閉じて、感傷に浸ってるの?」
驚いて目を開けると、そこに彼女がいた。
「……なんで……?」
「?」
「いや、何でもない。良い曲だなぁと思ってさ」
彼女がなぜ、そこに居るのか聞きたかった。
でもやめた。
聞いたら、全てが終わってしまう気がしたからだ。
(嘘でも夢でもいい。彼女が居る。それだけでいい)
自然と涙があふれる。
「泣いてるの? そんなに良い曲だった?」
「あぁ、最高だよ」
「そっかー」
彼女が側にいる。
他愛もない会話で笑い合える。
今はもう、願っても叶えられない日常が、ここにはある。
それが、何よりも大切で、何よりも愛おしい。
だが……時間が俺たちを分かつ。
俺は彼女を失うことを知りつつ、一瞬でも長く一緒にいたいと願った。
彼女は珍しく花を飾っていた。
「花か。珍しいね」
「でしょ。真っ白なクチナシの花。天国に咲く花なんだって」
「へー」
「花言葉は『とても幸せです』だよ」
「良い言葉だね」
「うん。だからこの花を飾ってるの」
「幸せだから?」
「そう。あなたと同じ時間を過ごせて、とても幸せだった」
「そっか」
「だからあなたも、幸せになってね」
「え? それってどういう……」
……時間が過ぎ、現実に戻ると、俺は再び一人になった。
一人は寂しい。
でも、後悔はなかった。
彼女を失っても、俺はその思い出を心に強く刻むことができた。
俺たちは愛し合っていた、それだけで幸せだった。
窓辺で揺れる白いクチナシの花を見て、そう思った。
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