【映画】「コレクティブ 国家の嘘」感想・レビュー・解説
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【映画】「コレクティブ 国家の嘘」感想・レビュー・解説

長江貴士

ルーマニアって、コロナでどうなったんだろう?
この映画で描かれている「芯から腐っている」と言われる政治のままだとしたら、壊滅してるんじゃないかと思う。


この映画では、「病院での不審死」から「消毒液の嘘」が暴かれ、そこから「国家の腐敗」が明らかになるという、ルーマニアで実際に起った出来事が映し出される。それらについてもこれから詳しく触れていくが、この映画で最も重要な点は、「この腐敗が明らかになっても、『変わりたい』という国民の意思が見えない」ということだ。

映画の冒頭で、「コレクティブ」というライブハウスで起こった火災に端を発する、社会民主党の退陣に至る流れがざっと字幕で紹介される。そして、1年後に控えた次の選挙までは「無党派の実務家」が大臣などを務め、映画の後半では、保健省の大臣になった男の奮闘ぶりが描かれていく。

さて、映画の最後で、再び選挙が行われる。映画を観た者は、「コレクティブ」の火災から1年もの間、ルーマニアの医療がいかに最低水準で、政府がいかに腐敗しているかを報道などでさんざん理解したはずだ。そして、その元凶が、社会民主党であるということも。

しかし選挙では、社会民主党が歴史的圧勝を果たす。僕は、この点こそ最も危惧すべきだと感じる。

【18歳から24歳で投票したのが5%。
28歳から34歳で投票したのが10%】

日本の数字を正確には知らないが、少なくとももう少し高いだろう。同じ年齢幅で区切っても、20%ぐらいは最低でも行くのではないか。

社会民主党が圧勝した理由は、もちろん実際には様々あるだろう。しかしその理由の一端として、選挙に望む社会民主党のマニフェストの1つが紹介されていた。

【医療とITに関わる者は、収入に関わらず非課税】

日本では、こんなマニフェストを出しても「どうせ出来ないだろう」と一蹴されるだけだろうが、映画を観る限り、ルーマニアはやりそうで怖い。というか、やるだろう。そして、「それでいい」と考える者たちが、社会民主党に投票しているのである。

映画後半で主人公のように扱われる、保健省大臣のヴォイクレスクは、選挙の前から「社会民主党の台頭」を危惧していた。彼はウィーン出身のようで、ウィーンにいる父親から、

【この国は30年経っても目覚めやしない。
ウィーンに戻って来い。ウィーンでなら人助けができる。そこで踏ん張っていても、虚しいだけだ】

と電話をもらう。まあ、確かにそうかもしれない。健全な医療制度を確立しようと奮闘する正義感溢れるヴォイクレスクは、動かない官僚や社会民主党からの表立った圧力、真っ当な国ではあり得ない現状などに立ち向かいながら、どうにか前に進もうとするが、恐らく道半ばで大臣の座を降りることになるだろう。

映画では、それぞれの場面を観客に詳しく説明しない。新聞記者が誰に取材をしているのか、保健省大臣が誰と話をしているのか、その場面はどこで何をしているのか、そういうことはあまり明確には示されない。

別にそこに不満があるわけではなく、なんとなく大体分かるしいいのだが、ラストシーンだけ、捉えようによってはもの凄く不穏で、どういうことなのか教えてほしい気がする。そして、そんな「なんとも受け取り難いラスト」で終わっているために、「社会民主党が圧勝した後のルーマニア」についてもよく分からない。

冒頭でも書いたが、もしこの腐敗したままの政治体制でコロナ禍に突入していたら、ルーマニアという国は吹き飛んでいるだろう。

なにせ、「病院に納入されていた消毒液が、工場出荷時点で10倍に薄められていた」というのだから。これが、この映画の前半の主人公であるトロンタン記者(恐らく編集長だと思う)が属する『ガゼタ』誌が放った大スクープだった。

映画には、デモの映像も映し出される。そしてその中で、

【スポーツ新聞史上最大の調査報道】

と叫ぶ男性が映し出される。詳しくは分からないが、恐らく『ガゼタ』誌というのは、日本で言う「朝日新聞」や「読売新聞」ではなく、「日刊スポーツ」や「スポーツ報知」なのかもしれない。そう考えるとより、彼らがそんなスクープを世に放ったことが驚きだと言える。

この映画では、「製薬会社が消毒液を表示の10倍薄めて出荷している」という事実が、かなり冒頭で明らかになる。この構成には、ちょっと驚いた。その事実がいかに明らかにされるか、という過程を追う映画だと思っていたからだ。

しかし、冒頭でこの「消毒液の希釈」というスクープの核心を出してしまうことで、この映画全体のテーマがくっきりしたと思う。もちろん、不正を暴くジャーナリストや、改革を進める大臣などの奮闘を映し出すのも大いなる目的ではあるのだが、しかしそれ以上に、「自国の自浄作用ではもはやこの国は変わらない」という諦念こそを映し出そうとしていると僕は感じた。

医療の不正や政治の腐敗を徹底的に描けば描くほど、映画のラストに配置される「社会民主党の圧勝」という事実が特別な意味を帯びることになる。「社会民主党が作る国家を、国民の大多数が支持しているという現実」と、「その現実に対する憂いをどうしても伝えたいという想い」が、この映画を作り上げていると感じた。

今更だが、ルーマニアで起こった惨事とその後の展開について書いておこう。

2015年10月30日、「コレクティブ」というライブハウスで火災が起こった。出口が一箇所しかなく、折り重なるようにして人々が倒れたこともあり、27人死亡、180人が怪我を負う大惨事となった。

しかし、本当の問題はここからはじまる。事件から4ヶ月の間に、「コレクティブ」の火災で一命を取り留めた者の内、37名が病院で亡くなったのだ。

保健省は「最高の医療を提供した」「医療に不備はなかった」と説明したが、この調査に乗り出した『ガゼタ』誌は、情報提供者の協力もあって、驚くべき事実にたどり着く。ルーマニアで消毒液を製造している「ヘキシ・ファーマ」が、表示よりも10倍も薄められた消毒液を病院に納入していたのだ。さらにその消毒液を、節約のために病院で過度に薄めて使ったために、ほとんど消毒液として機能しない代物となっていた。

そう、病院で死亡した者は、緑膿菌による院内感染で死亡していたのだ。

『ガゼタ』誌の一連の報道によりデモや反対運動は激化、社会民主党は退陣を迫られ、次の選挙までの間、「無党派の実務家」が政治の実務を担うことになるが……。

というのが、物語のかなり冒頭で描かれる事柄である。

出来事としては様々なことが起こるのだが、全体の構成としては、前半は『ガゼタ』誌の記者であるトロンタンに、後半は保健省大臣であるヴォイクレスクに焦点が当たる。前半では「ジャーナリズムの使命」が、そして後半では「権力の使命」が描かれていると言っていいだろう。

トロンタンがテレビ出演した際に、こんなことを言う場面がある。

【メディアが権力に屈したら、国家は国民を虐げます。
同じことが世界中で行われてきました】

保健省大臣も、ある場面でこんな言い方をする。

【火災の後、みんなが黙っていたことが、国の嘘を許したんです】

この2つの発言はどちらも、「権力には監視が必要だ」というメッセージが込められている。

僕の感想を、若い人が読んでくれているか、なんとも言えないが、特に若い世代に伝えたいことがある。それは、「健全な批判も存在する」ということだ。

色んな場面で見聞きすることだが、最近の若い世代は「批判=悪」と無条件に考えている人が多いという。確かに、ろくでもない「批判」は世の中に山ほど存在する。しかしだからと言って、「すべての批判が悪」なわけではない。

「権力への批判がすべて正しい」わけでももちろんないのだが、とにかく大事なことは、「批判しているからと言って、その行為がすべて『悪』なわけではない」ということだ。「必要な批判」というのは必ず存在して、権力に向けられる「真っ当な批判」は、民主主義国家が健全に存続するために必要なものなのだ。

ルーマニアでは、デモや反対運動によって一度は社会民主党を退陣に追い込んだものの、結局最後は社会民主党の圧勝という結果になってしまった。ルーマニアに住んでいるわけではないので詳しい状況は分からないが、結局のところ「真っ当な批判」が機能していなかったということなのだろうと思う。

日本はたぶん、まだまだ大分マシなのだと思う。しかし、私たちが「真っ当な批判」を止めてしまえば、権力はいくらでも腐敗してしまうだろう。そういう意識をこの映画から感じ取れるのではないかと思う。

最後に。『ガゼタ』誌にあるスクープ映像を提供した医師がこぼしたこんな発言を紹介して終わろうと思う。

【母の言葉を借りれば、もう人間じゃないんです。
私たち医師は。
金のことしか考えていない。】

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長江貴士

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長江貴士
これまで4000冊近くの本を読んできました。 「文庫X」とか「帯1グランプリ」とかやりました。 『書店員X』(中央公論新社)とか『このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんて マジ絶望』(秀和システム)とか著作があります。 なるべく、フラフラと適当に緩やかに生きていきたいです。