【映画】「テレビで会えない芸人」感想・レビュー・解説

いやー、メチャクチャ面白かった!

「面白い」と感じる要素は多々あったが、まず単純に、芸人・松元ヒロの話が面白い。彼は「テレビでは扱えないネタ」をやるからテレビに出られないわけだが、映画館で最も観客が爆笑していた話は全然そうではないものなので、まずそれを紹介したいと思う。

舞台でも話しているネタかもしれないが、映画の中では舞台上ではなく、自宅で話していた。5つ年上の奥さんと電車に乗っている時の話だ。

2人が乗った車両では、中学生ぐらいの女の子とその父親らしき人が優先席に座っていた。さらに女の子は母親らしき人に電話をしていたという。そそこで妻が、「あんた、ここ優先席なんだから電話切りなさいよ」と強い口調で指摘した。もちろん車内はざわつく。そこで松元ヒロが、「いやー、今怖かったよね。今のこの5分でも怖かったじゃない。でも私は一生この人の隣にいるの」と口にすると、車内で笑い声が起こり始める。で、2人が電車を降りる時、松元ヒロが乗客に手を振ると、さらに爆笑が起こった、という話だ。

文字で説明してもたぶん全然面白さが伝わらないと思うが、この話を実に面白く、思わず笑ってしまうような話し方で喋るのだ。もちろん、舞台でのネタも面白くて、ついつい笑ってしまう。

彼は、「お笑いスター誕生」でダウンタウンらを破って優勝し、後に結成した「ザ・ニュースペーパー」という社会風刺コント集団でブレイク、一時期テレビの世界を席巻したが、今は年間120公演もの舞台を行い、テレビに一切出ないで生きられる芸人になったそうだ。

印象的だったのが、立川談志とのエピソードだ。ある日突然、松元ヒロの舞台のラストに登場し、観客に向かって、「あなたがたが松元ヒロという芸人を育ててくれたお陰で、彼はここまでの芸人になれました。皆様に変わって感謝申し上げます」と言ったそうだ。

それから松元ヒロは、立川談志からこんな言葉をもらったという。

【俺はテレビに出てる芸人を「サラリーマン芸人」って呼んでるんだ。クビにならないように気をつけながら喋ってるだけ。
芸人は、他の奴が言えないようなことを口にするような人間のことを言うんだ。
俺はお前を、「芸人」と呼ぶ。】

これは痺れるなぁ。松元ヒロも「嬉しかった」と語っていた。

さてここで少し、この映画の話から離れよう。『日曜日の初耳学』の中で先日、爆笑問題の太田光が林修と対談していた。太田光も際どい芸風であり、実際にテレビに出られなくなった時期もあるという。そんな彼が、「何故テレビで際どいネタをやるのか」について、ざっと次のようなことを言っていた。

「何かあった時、僕たちがネタにしないと、『爆笑問題さえも触れられないほど酷いのか』って思われてしまうかもしれない。だから無理やりにでも笑いに変えるんだ」

テレビの規制が厳しくなり、どんどんとできないことが増えていく現状の中で、太田光は彼なりに「テレビで実現可能な最大の際どさ」を見極めて芸にしているのだ。

一方松元ヒロは、こんな風に言っていた。映画の撮影スタッフに対して、「好きなように撮って、後で使えないものがあれば云々」みたいな話をした後で、撮影スタッフから「使っちゃダメみたいな部分ってあると思いますか?」と問われて、

【それを考えながらテレビに出たくないんですよ】

と答えていた。彼もまた彼なりに、「テレビ」という存在に向き合っているといえるだろう。

太田光と松元ヒロに共通していると感じたのは、「小さな声を拾う」という点だ。

太田光は『日曜日の初耳学』の中で、

「高校時代1人も友だちが出来ず、言いたいことがあっても何も言えなかった。だから今自分がこういう立場に立ってみて思うのは、昔の自分のような人間が救われるようなことを言いたいってこと」

みたいな趣旨の発言をしていた。一方松元ヒロも、

【多数派の人っていうのは、黙ってたって普通に生きてる。しわ寄せを食らうのはいつだって少数派ですよ。その人たちはどうなってもいいのかって言いたいよね】

【(元号が平成から令和に変わったって)俺には関係ねぇよ、明日の仕事がねぇんだよ、みたいな人っていると思うんですよ。
だから誰かが水をささないといけないんです。
そんな騒ぐなよ、何も変わってないよ、って。】

映画の冒頭は、なかなか印象的だ。渋谷のスクランブル交差点でカメラに向かって話をしていたのだが、次の瞬間「お手伝いしましょうか?」と通行人に声を掛けていた。白杖を持った視覚障害者がどうやら困っていたようなのだ。初めは駅までの道順を教えようとしたが、目的地まで案内することに決めたらしく、恐らく井の頭線の渋谷駅まで行き、一緒に電車に乗り、どこかの駅で別れていた。女性は、普段は付き添ってくれる人がいるのだけど、今日はたまたま自分が遅れてしまって付き添いの人と一緒になれなかった、みたいなことを話していた。

この場面に限らず、松元ヒロは常にニコニコし、周りへ感謝を伝えている。芸風こそ「テレビではやれないほど過激」だが、本人はとても良い人だということが伝わる。だからこそ、芸の中で刺々しいことを言ってもそこまで過激にはならず、爆笑できるネタとして成立しているのかもしれない。

彼は舞台上で、

「♪小池にはまってさぁ大変」
「第三次安倍内閣は大惨事だって言ってきたんですよ」
「戦時中には、教育勅語や云々かんぬん、分からなければ森友学園に聞いてください」(云々かんぬんの部分は忘れた)

など、社会問題を風刺するような話をバンバンしていく。まあ、「テレビで会えない」理由は明白だと言っていいだろう。

この映画は、鹿児島テレビ放送の制作であり(松元ヒロは鹿児島出身で、鹿児島実業高校に通っていたそうだ)、映画の中で、顔出しはしていなかったが、恐らく鹿児島テレビ放送の人だろう、「制作部長」「制作局長」などに「松元ヒロをテレビに出さない理由」と問うていた。「テレビは気軽に見れるものが求められている」「クレームなりトラブルなり何かしらあるのかなと考えてしまう」などその理由を語っていた。

しかし松元ヒロはかつて、今と同じように社会を風刺するネタ(当時はコントだったが)でテレビに出まくっていたのだ。「ザ・ニュースペーパー」は非常に人気だったそうだ。

しかしやはり、テレビであるが故に注文がつく。

映画には、かつて「ザ・ニュースペーパー」で一緒だったすわ親治というコメディアンも登場した。彼はドリフターズのコントにも出演しており、志村けんは兄弟子だという。松元ヒロはすわ親治を「ドリフターズのコントにも出ている雲の上の人」だと思っていたのだが、すわ親治がテレビで松元ヒロを見て連絡を取り、後に「ザ・ニュースペーパー」で一緒になる。そんな2人が、鹿児島実業高校で同級生だったというのだから人生は何が起こるか分からない。

さて、そんなすわ親治が、「ザ・ニュースペーパー」時代について語る場面がある。テレビだからスポンサーがつく、だから「金丸を銀丸に」「竹下を松下に」変えろ、みたいなことを言われることもあった。牙を抜かれたコブラみたいなもんだと思って結局辞めてしまったそうだ。松元ヒロも「ザ・ニュースペーパー」を脱退している。別の場面で、「ザ・ニュースペーパー」の生みの親である松浦正士の死について触れられるが、そこで彼は「喧嘩別れのように辞めた」みたいな話をしていた。

彼が「ザ・ニュースペーパー」を脱退した理由はきっと色々あるのだろうが、その1つをこんな風に語っていた。

【息子に胸を張れない仕事は良くないな、と】

当時小学生だった息子に、妻が「(テレビに出ている父親を)見ないの?」と聞くと、「いい、同じことやってるだけだもん」と言われたのだそうだ。この言葉をきっかけの1つとして自分のしごとを考え直した、と語っていた。

そんな息子も39歳となり、高校教師となった。父親の舞台の楽屋で父親の前で話をする場面があったが、とても良いことを言っていた。

【父親の仕事の説明は難しいですよね。他に(こういうタイプの芸人が)いないから。ただ、そこらのお笑い芸人なんかよりも、全然誇れますよね】

松元ヒロの決断は正しかったということだろう。息子から「誇れる」と言われ、彼は「嬉しいね」と漏らしていた。

そんな彼が20年以上も続けている公演がある。しかしその話の前に、永六輔について触れよう。

松元ヒロは公演の前に必ず、渋谷にある理容室「ウッセロ」に行く。そこは、故・永六輔が通っていた理容室であり、気合を入れるために松元ヒロも必ず公演前に行くという。彼は、テレビの創成期から活躍していた永六輔に見いだされて番組に呼んでもらったりしたことがブレイクのきっかけになっており、今でも感謝しているらしい。

そして松元ヒロは、そんな永六輔から託されたものがある。永六輔が入院中、恐らく代打で永六輔のラジオ番組のMCを引き受けたと思うのだが、その際、病室にいる永六輔から「9条をよろしく」というメッセージをもらったのだ。

憲法9条のことだ。この点もまた、太田光との共通点を感じさせる部分でもある。

松元ヒロのネタには「憲法くん」というものがある。これは、「『憲法』を擬人化し、松元ヒロがその『擬人化した憲法』になりきる」というものだ。20年以上というから、最近の憲法改正の動きに合わせたものではないということだ。そして、この「憲法くん」のネタを知っていてのことだろう、永六輔から「9条をよろしく」と託されたのである。

「憲法くん」のネタの一部が映画で流れたが、その中に、言われてみれば確かにその通りだ、と感心させられた部分がある。

【そろそろ私はクビかもしれないんです。どうしてです? と聞いたら、現実に合わないからっていうんです。
でも、そもそも私って「理想」だったはずじゃないですか。普通は、理想と現実に差があったら、頑張って現実を理想の方に近づけると思うんです。
でも今の時代は、理想と現実に差がある場合、理想の方を現実に合うように下げていくんですね】

これはシンプルで分かりやすい指摘だと感じた。確かにその通りだ。「理想」を「現実に合わない」という理由で改変することの不合理さが一発で伝わる。見事だと感じた。

【空気を読むんじゃなくて、「何かおかしいんじゃないか」と言うべきなんじゃないでしょうかね。
(自分を撮ってる)このカメラだって、本当はそういうものを映し出すべきなんですよね】

テレビ局が制作するドキュメンタリー映画で、松元ヒロは、テレビが生み出す「空気」と、その「空気」を生み出すのに加担している「テレビ局」に疑問を突きつけていく。

彼自身望んでいないかもしれないが、彼が再びテレビの世界で求められるようになれば、時代は少しはマシになったと判断できるかもしれないと思う。

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