【映画】「恋人はアンバー」感想・レビュー・解説

設定や展開など、割とベタな作品だと思うが、なかなか面白く観れる映画だった。

まずは内容から。
舞台は1995年。高校生のエディは、「誰ともキスしたことがない」と友人たちにからかわれ、適当に指名した同級生の女子とキスをしてみるものの、胸を触ることはせず、チャイムが鳴ったからといって教室に戻る。
エディは、ゲイだと思われている。そしてエディ自身、自分はゲイなのかもしれないと思っているのだが、全力でそれを否定したいと思っている。エディの父親はアイルランド軍の司令官であり、「戦いに挑んでこそ一人前の男」という考えを持っているからだ。エディも高校を卒業したら軍に入隊するつもりでいるのだが、懸垂を1回行うのも精一杯なほど体力に自信がなく、両親から心配されている。そしてエディは、そんな両親からも、「もしかしたらゲイなのかもしれない……」という疑惑の目を感じることがあるのだ。
一方、同級生のアンバーは、男子たちから「レズビアン」とからかわれていた。彼女自身は表立ってそれに反対も賛成もしないが、「レズビアン」と呼ばれることに対する苛立ちはずっと抱え続けていた。
ある日、ひょんなことからデートをすることになった2人。そしてその後、色々あった末、「卒業するまで、カップルのフリをする」という約束をする。彼らが中良さげに手を繋いで学校を歩いていると、「ゲイじゃなかった」と周囲は考える。可愛らしい服を来たアンバーを自宅に招待すれば、両親も安心する。お互い、いいことづくめだ。
そんな風に「偽装カップル」を演じることにした2人だったが……。
というような話です。

感想を書くために公式HPを見て初めて知ったが、1995年という舞台設定には重要な意味があった。アイルランドでは長らく「同性愛は違法」だったようで、1995年は、同性愛が違法ではなくなってから2年後なのだそうだ。彼らが住んでいるのは、都会のダブリンから離れた田舎であり、だから2年経ってもまだ偏見が色濃く残っている。なるほど、だから2人はダブリンへ行くのか。その辺りのことは、映画を観ている時にはよく分かっていなかった。

ただ、映画の冒頭でキリスト教に関係するのだろう、ニュース映像の音声が流れるのだが、そこから、アイルランドがかなり色濃くキリスト教の影響下にあることが分かる。映画でも、エディの弟がある活動をしているシーンが度々挟み込まれるのだが、その活動が、「離婚合法化への投票の呼びかけ」である。つまり1995年の時点で、アイルランドでは「離婚することは違法だった」ということなのだろう。ちなみに調べてみると、映画の舞台である1995年に「離婚合法化」に関する国民投票が行われ、その結果、離婚が法的に認められたそうだ。

そういう背景を知ると、より性的マイノリティーの苦労が理解できると言えるだろう。映画の中では、高校の授業で「性行為の手引」という映像が流される場面があるのだが、その中で、シスターらしき格好をした女性が、手振りによって「同性同士のセックスは禁止である」ことを明確に示している。しかし、よく考えると、「同性愛」よりもさらに「離婚」の方が後に合法化されているわけで、その順番も結構謎だなとは思う。

「同性愛」や「離婚」は禁止するのだが、男女間の交際については積極的に認められているようで、映画では、「映画館で映画を観ているカップルの女性が、手でヌイているのだろうシーン」や、「公園のベンチで女性が手でしてあげるシーン」などが出てくる。こういう描写が映画に出てくるということは、多数派なのかどうかは別として、そういうことをしているカップルは一定数いて、社会的にも「まあいいか」という目で見られているということなのだろう。なんかそれも凄い話だな、という気がした。バランスがおかしい。

というわけで、そんなバランスがおかしいアイルランドでは、恐らく他の国以上に性的マイノリティーは厳しい状況に置かれていると言えるのだろう。映画には、生徒たちがたくさんいる中庭のようなところで、エディがアンバーに向かってかなり大きな声で「キスしよう」と言い、アンバーも同じように大きな声で「ええ、キスしましょう」と返す場面がある。なんか凄く不自然な場面なのだが、とにかくそれぐらい意識的に「自分たちは同性愛者ではない」とアピールしなければならない状況に置かれているというわけだ。このようなアイルランドの状況設定は、映画鑑賞前に理解しておいてもいいかもしれない。

この映画は、とにかくアンバーが素晴らしい。自転車に乗ってるエディに大きめの石を投げつけたり、セックスをしたい若いカップル(たぶん学校の同級生がメイン)に自室をホテル代わりに貸してお金をもらっていたりと、なかなかトリッキーな少女であり、その雰囲気が僕的にはかなり良かった。

全体的にエディは、「ゲイだと悟られないように振る舞う男子」というステレオタイプをなぞるような存在感なのだけど、アンバーの方は「レズビアンだと悟られないように振る舞う女子」というステレオタイプにはなかなかハマらない。全体として、アンバーの行動力が物語を駆動させていて、エディはそれに振り回されていく感じだ。

こういう設定の物語ではそうなるのが当然と言えるが、単なる偽装で付き合っていただけの2人は次第に、お互いが自分の抱えているものを素直に打ち明けられる存在であることに気づくようになっていく。2人の関係的には、その時期が頂点だと言って良いだろう。とても素敵な関係だ。

物語的にはその後、2人の関係は形を保てずに崩れていってしまう。そうなってからどんな風に物語が着地するのかという興味で物語を追っていたが、なるほどそんな感じになるのかという展開で、ラストも結構良かった。アンバーもエディも、とても大きな決断を迫られることになる。そしてここでも、アンバーのカッコよさが炸裂してた。確か予告でも流れていた場面だと思うけど、アンバーが「私にとってあんたは最高の彼氏」と言うのだが、ラストの彼女の行動があることで、その言葉に異様な説得力が付与されているというところも良かった。

映像的には「ザ・青春」という感じの映画だが、「軍人を至上とする男らしさ」「離婚していないというだけで、喧嘩ばかりの仲が悪い夫婦」なども描きつつ、単に「性的マイノリティー」を描像するのではなく、「多数派に対する少数派の違和感」というより広いテーマが描かれている感じがあり、とても良かった。何度も書くが、とにかくアンバーがとても良い。

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