【映画】「四畳半タイムマシンブルース」感想・レビュー・解説

メチャクチャ面白かった!!!!!!!

「ストーリー」と「キャラクター」を突き詰めることで、ここまで物語って面白くなるのか、っていうお手本みたいな映画だった。物語の舞台は、「下鴨幽水荘」というボロボロのアパート(というか下宿かな。エンドロールで「取材協力 京都大学吉田寮」と表記されたので)。ストーリーの9割がここで展開され、あとは、近くにあるオアシスという銭湯や、近くで開催されている「下鴨納涼古本まつり」ぐらい。舞台となるのも、一部例外を除けばたった2日間ぐらいのもので、描かれる世界は非常にミニマムだ。ホントに、舞台でもそのままのストーリーで演じられるんじゃないかと思うほど、場所と時間の設定が極小である(っていうかたぶん、元々は舞台だったのかな)。

さらに、物語の中心テーマが、「ひょんなことから壊れてしまった『冷房のリモコン』をなんとかする」というタイトルの「タイムマシン」からは想像できないようなミニマムさなのである。

にも拘わらず、これでもかこれでもかというほど物語の展開を詰め込み、「なるほどそういうことだったのか!」「これは上手い!」「まさかそれも関係してくるのか!」という感覚が波状攻撃のようにやってくる。物語の主軸たる「冷房のリモコン」の顛末には、唖然!爆笑!と言った感じである。随所に面白さが詰め込まれていて、思わず笑ってしまう場面もたくさんある。

さらに、キャラクターがとにかく良い。原案の森見登美彦は、まさに「キャラクター」と呼ぶしか無い、なかなか非実在的な人物を描くのだが、しかし森見登美彦の作り出す世界観においては、その「非実在的なキャラクター」が見事に躍動し、馴染んでいる。特に「小津」と「樋口師匠」のキャラクター感は絶妙で、絵柄の造形からして「普通の人間」から激しく外れているのだが、その立ち居振る舞いすべてが「普通の人間」から外れているため、その「普通ではない造形」こそが最適解であると感じさせられてしまう。あの造形を「最適解」と感じてしまう人間の感覚はなかなかのヤバさだと思うが、しかし、そう思うのだから仕方ない。

そんなわけで、異常にミニマムな世界で展開される物語がこれほど面白いという事実にちょっと驚愕させられた。メチャクチャ面白かった。

内容をざっくり紹介しておこう。

大学3回生である主人公の「私」は、銭湯から帰ると、「下鴨幽水荘」にいた面々から「裸踊り」をするように言われる。意味が分からない。しかし周囲の面々は何故か、裸踊りをするのが当然という雰囲気になっている。意味が分からない。
そんな謎の期待へと抵抗する押し問答を繰り返している最中、悲劇が襲った。冷房のリモコンに倒れたペットボトルからコーラが盛大に掛かり、故障してしまったのだ。
「下鴨幽水荘」には、「私」が住む209号室にだけ冷房がついている。かつての住人が大家に無断で設置しただろう代物で、相当ガタが来ているのだが、それでも、かつて沼だったというこのアパートでの、タクラマカン砂漠のような地獄の暑さを乗り切るには必要不可欠なアイテムだった。しかし、そんな必需品たる冷房のリモコンがご臨終なされた。何故か冷房側にはスイッチ類が存在せず、リモコンなしでは使い物にならない。
終わった。今年の夏こそは有意義なものとすべく起死回生の何かをするつもりでいたのだが、そんな気力も雲散霧消してしまった。
さて、この「下鴨幽水荘」には、1つ年下の明石さんという女の子が頻繁に訪れる。映画サークル「みそぎ」に所属し、珍妙な脚本でシュールな映像を撮るのだが、他の人が1本撮る間に3本の映画を完成させるそのスピードには定評がある。そして明石さんは、「下鴨幽水荘」の主のような存在である樋口師匠の弟子を自称している。樋口氏がなんの師匠であるのかは分からない。とにかく明石さんは、「私」の悪友であり隣人である小津と共に樋口氏の弟子であり、それ故「下鴨幽水荘」に度々足を踏み入れるのであった。
リモコンご臨終事件の翌日も、明石さんは「下鴨幽水荘」へとやってきた。会話の流れの中で小津が明石さんに「樋口師匠と一緒に五山の送り火を見に行こう」と誘うが、明石さんは「既に別の人と行く予定がある」と小津の誘いを断っていた。それを聞いた「私」は「ざまぁみろ」と思ったが、しかし同時に、「明石さんと五山の送り火を見に行く約束をしたのはどこの馬の骨野郎だ」と内心煮えたぎっていた。しかし、そんな気持ちをおくびにも出さない。「私」にとって明石さんは、なかなか近づくことの叶わない存在なのである。
さてそもそもだが、前夜リモコンがご臨終したその日、明石さん始め他の面々は、一体なんのために「下鴨幽水荘」に集まっていたのだろうか?それは、明石さん監督による映画撮影のためである。現代から幕末へとタイムスリップをした者が、志士たちのやる気を奪うことで歴史を改変してしまう、というこれまた珍妙なストーリーであり、「下鴨幽水荘」を舞台に映画撮影が行われたのである。
そして、パソコンを持参していた明石さんは、昨日撮った映像を見返しつつ、編集の構想を練っていた。しかしその時、明石さんは奇妙な映像に気づく。志士に扮した小津が斬られる場面、その奥に映る2階の窓から、まさにその小津が出てきたのだ。
明石さんは「私」に、「小津さんは双子なのですか?」と聞く。そんなはずはない。しかし、だとしたらこれは、一体どういうことなのだろうか?
というような話です。

タイトルに「タイムマシン」とあるように、物語には「タイムマシン」が登場する。そして彼らは、唐突に現れたそのタイムマシンをどう使うか議論するのだが、その中で「昨日壊れちゃったリモコンを取りに戻ろう」と考えるのである。なんとミニマムな話だろうか。タイムマシンがあったら、もっとやることあるだろう。ただ、彼らも一足飛びにそんな使い方を考えたわけではない。未来に行こう、恐竜を見よう、幕末に行って昨日の撮影を実在の人物で撮り直そうなどいろいろ考えるのだが、しかし「なるほど」という理由で却下していく。そして最終的に、「とりあえずは、物は試しに昨日に戻ろう」となるのである。

物語全体を精緻に検証しているわけではないから分からないけど、とにかく「あらゆる違和感・伏線が綺麗に回収されている」と思う。「タイムマシン」が登場する以前から、登場人物たちにも観客にも理解不能な「違和感」が積み重なっていくわけだが、それが「タイムマシン」を使ったドタバタによって意味が分かってくる。そしてその中で、「まさかこれも!?」「ってかそんな展開アリ!?」と思うようなものまで絡んできて、とにかく「上手いなぁ」と唸ってしまった。中でもやはり「よくぞそんな展開を思いついた」と感じたのが、先程も書いたが、「冷房のリモコン」の顛末だ。まさか、大家の飼い犬まで絡んでくるとは思わず、とにかく素晴らしかった。

「タイムマシン」という大仰な装置を持ち出しながら、「冷房を使えるようにしたい」という実にミニマムな動機で人々が動き、しかし結果としてそのドタバタがある意味では壮大な展開を巻き起こすることになるという描き方は見事でした。

キャラクターで言えば、やはり圧倒的に明石さんが魅力的だった。素晴らしい。森見登美彦の名作『夜は短し歩けよ乙女』の「黒髪の乙女」も魅力的だが、同じ系譜にいながらやはり独自の魅力を持つ明石さんもとても良かった。確かにこんな人が近くにいたら好きになっちゃうだろうなぁ、と思う。

とにかく、控えめに言って大変良かった。素晴らしい。僕は、アニメ『四畳半神話大系』も観てなければ、ヨーロッパ企画(上田誠)の戯曲『サマータイムマシン・ブルース』も観ていない。そんな人間でも十分楽しめる作品だ。映画館での公開は3週間限定だそうで、その後はディズニープラスで配信のみなるのかな(ディズニープラスでは独占先行配信しているらしい)。映画館で観たいという方はお早めに。

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