【映画】「戦争と女の顔」感想・レビュー・解説

僕はそもそもこの映画を「ドキュメンタリー」だと勘違いしていて、どうしてそう思っていたのかというと、この映画に関する情報をチラッと目にした時に、『戦争は女の顔をしていない』という証言集が基になっていると書かれていたからだ。まあこれは、単なる僕の勘違いに過ぎないが、僕の印象ではこの映画は『戦争と女の顔』というタイトルが合ってないように思う。

というのも、決して「戦争」の話ではないからだ。

いやもちろん、「戦争がなければ起こり得なかった状況」が描かれている。そういう意味ではもちろん戦争の話ではある。しかし、「戦争の話」というイメージでこの映画が多くの人に観られないとしたら、それはちょっともったいないように感じる。タイトルはやはり、作品のイメージを強く決める。僕の感触では、『戦争と女の顔』は副題ぐらいにして、メインタイトルはもう少し違う何かにした方が良かったのではないかと思う。

この映画で描かれるのは、「戦争に翻弄された、名もなき人々」である。

どんな現実であれ、私たちはそれを理解するために「分かりやすい物語」を必要とする。例えば、最近プロ転向を発表した羽生結弦などは、「フィギュアスケート」という世界における「分かりやすい物語」だと僕は感じている。よほど熱心に観ていないと、フィギュアスケートで誰が何回転のジャンプを飛んだのかとか、誰のどの技のレベルが高いみたいなことを、自分の目で見て判断することは難しい。そういう世界を、ある意味で「分かりやすく」してくれるのが羽生結弦だ。競技そのものが上手く捉えきれなくても、「羽生結弦はどうしているのか」は追うことができる。そのような存在がいるからこそ、いわゆる「にわか」と呼ばれるような人でも、その世界に足を踏み入れることができるのだ。

それは、将棋の藤井聡太やメジャーリーグの大谷翔平なども同じである。また、震災・戦争・など様々な悲劇的な出来事についても、そこに「中心点」のような何かを設定し、そこからの広がりで状況が捉えられる。戦争で言うなら、やはり「英雄」の物語が中心になるだろう。

このような物事の捉え方は、情報が多すぎる世の中にあって、誰かの視線を一瞬でも奪い取るために必要になるものだし、それ自体はまったく問題はない。そうやって視線を奪われた内の何人かが、どっぷりその世界に足を踏み入れていけばいい。そうやって様々な関心が広がっていくものだろう。

ただやはり、仕方ないことであるが、「分かりやすい物語」にしか注目が集まらない現実も存在する。特に現代はそうだろう。何か引っかかって深掘りする対象が1つでもあればいいが、特にそれが政治・社会・災害など「悪い出来事」に関わるものであればあるほど、人々は「表面的な見えやすい部分」しか見なくなってしまう。

以前読んだ、『子どもと貧困』という本にこんなエピソードが書かれていた。テレビで「貧困」の問題を取り上げ、その具体的な事例を示すために、ある女性に登場してもらった。番組の意図としては、「このような女性がいるのだから、皆さんも身近な貧困の問題に関心を持って下さい」という感じだったが、その番組を観た多くの人から、「テレビで取り上げられていたその助成を支援したい」という申し出が多数集まったという。もちろん、誰にも何の支援もしない人より、そうやって実際に声を上げ、行動を起こそうとしている人の方がずっと良いと思う。しかし、やはり「問題を完全に捉え間違えている」という点には大いに疑問を抱かざるを得ない。

見えるものから、見えないものを想像する。それこそが、人間の知性だと僕は思う。世の中には恐るべきことに、「『見えない』から『存在しない』のだ」とでも言いたいかのような主張も多く散見される。その姿勢に、僕は怖さを感じる。

この物語では、「目には見えない」様々な要素が絡み合い、物語が絶妙に展開していく。その「目には見えない要素」の多くは、戦争が原因で生み出されているのであり、繰り返しになるが、そういう意味でこの映画は「戦争の話」である。ただこの映画で描かれているのは、「戦争の悲惨さ」ではないと僕は思う。

僕たちが、「分かりやすい物語」しか享受しようとしない、その姿勢に対するある種の批判こそ、この映画の真のテーマなのだと僕は思う。

内容に入ろうと思います。
舞台は、レニングラード終戦直後の秋。
イーヤは戦傷病院で働く看護婦(字幕では「看護師」ではなく「看護婦」となっていた)で、幼いパーシュカを1人で育てている。知り合いの仕立て屋の女性に子どもを預けながらの子育てはなかなか一苦労である。しかもイーヤは、戦時中に前線で兵士として従軍しており、その時のPTSDにより、時々発作が起こる。固まったまま動けなくなり、口からしゃっくりのような声が断続的に漏れるような状態に陥るのだ。病院でもその状態は理解されており、また院長からは、「死亡した患者の配給を息子の分として持って帰りなさい」と配慮もしてもらっている。
病院には戦傷者が多く入院しており、その中には、戦場で功績を残した「英雄」でありながら、首から下がまったく動かなくなってしまったステパンもいる。彼は気丈に振る舞っているが、ある決意を固めている。
ある日、戦地から戦友のマーシャが戻ってきた。同じ前線に配属されたが、途中で戦線を離脱したイーヤと違い、戦士した夫の仇を取ると戦地に残っていたのだ。
イーヤは、パーシュカの死を告げる。落ち込むイーヤを、マーシャは「踊りに行こう」と外へと連れ出す。しかしダンスホールは水曜日まで休みと表示されていた。そこで、先程声を掛けてきた男2の誘いに乗ることにした。
マーシャは言う。「身体の中に、人間がほしい」と。
というような話です。

この内容紹介からでは、ストーリーがどう展開されるのかまったく分からないだろう。この後物語は、かなり異様な展開を迎えることになる。正直、かなり驚きの展開だった。上述の内容紹介では絶妙に触れなかった「目には見えない要素」がいくつも折り重なって、イーヤとマーシャの関係がかなり複雑に入り組んでいくことになる。詳しく説明はされなかったが、恐らくこの2人は、戦場で出会ったのだと思う。つまり、戦争がなければ知り合わなかった2人というわけだ。しかし、そんな2人の関係性は、戦争によって翻弄されてしまう。

この関係性が非常に絶妙だった。

2人は、気持ちが通じ合う、非常に良い関係性を築いていたのだと思う。それは、ここでは触れないが、マーシャが戦場でしたある決断からも分かる。ある意味で、マーシャがその決断をしたからこそこの映画のような物語が展開していると言えるのだが、やはりそこには、イーヤに対する信頼関係が不可欠だったと思うし、イーヤもその信頼に応えたいと考えていると思う。

また、マーシャが仕掛ける形で、イーヤは物語の中でかなり異様な展開に巻き込まれることになる。そこには、イーヤが抱く「罪悪感」も間違いなく関係しているのだが、しかしやはり、「マーシャのために何かしたい」という気持ちも感じ取れる。

だから、この2人が出会ったことはお互いにとって「良いこと」だと思いたいし、戦場でしか出会う可能性がなかったのだとしたら、2人の出会いという意味では悪いものではなかったと言えるかもしれない。

しかし、同じその「戦争」が、この2人の関係性を歪めてもしまう。この点が、この物語の非常に上手い点であり、残酷な点であり、考えさせられる部分でもある。

この2人がどんな”異様な”関係性になっていくのか、是非それは映画を観てほしいところだが、イーヤもマーシャも、この2人の間でしか成立しない理屈によって、その”異様さ”をとりあえず受け入れる。しかし、やはりそれは簡単な話ではない。特にイーヤにとっては。彼女はある場面で、号泣しながら「マーシャの主人になりたい」と口にするのだが、その強い切実な気持ちと、それを実現するために”しなければならないこと”の苦痛の間で壮絶に葛藤する。イーヤもマーシャも、何もかも正しくないのだが、しかしその”正しくなさ”の原因はすべて戦争にあると言っていい。だから難しい。

戦争さえなければ、イーヤもマーシャもこのような葛藤の中に放り込まれはしなかった。しかし同時に、戦争がなければ、イーヤとマーシャが出会うこともなかった。どちらの方が良かったのかという問いに答えを出すことは出来ないだろう。

戦争が終わっても、戦争の悲劇は終わらない。それは戦争に限らない。悲劇は、生まれてしまえば、延々と続いていく。僕たちはそういう想像力を失ってはいけないのだと思う。

映画では、イーヤの苦悩に焦点が当てられるが、インパクトという意味ではマーシャの異様さの方が強い。特に、マーシャが院長を”脅した”場面と、マーシャが恋人の自宅に招かれた際の言動には驚かされた。院長を”脅した”場面は、目的のために手段を選ばない選択に驚愕させられたし、恋人の自宅で滔々と語る話には狂気が滲んでいた。その帰りのバスの中での一瞬の笑みは、何を意味していたのだろうか?

「分かりやすい物語」の陰に、分かりやすくない数多くの物語が潜んでいる。そんなことを実感させてくれる、静かで狂気に満ちた、「戦場」や「戦闘」が描かれない戦争の物語である。

ちなみに、公式HPの関連書籍の欄に、本屋大賞受賞作『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬/早川書房)が紹介されていた。確かに僕も映画を観ながら、この作品のことを連想した。日本や欧米では女性兵士がほとんど存在しなかった頃から、ソ連では男性と同じように女性兵士が前線に駆り出されていた、その史実がベースになった物語であり、イーヤやマーシャが前線に派遣されていた事実と呼応する部分があった。興味があればそちらも読んでみてほしい。

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