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【心を持つロボットとどう向き合うか?】 ATRI-My Dear Moments- #好きなアニメを語る

『ATRI-My Dear Moments-』は今年 2024 年の 7 月期に放送されたテレビアニメです.なぜかあまり話題にはなりませんでしたが,目を離せないストーリー展開,美しい風景描写,感情に寄り添った音楽,アトリの変化をあらわにする声の演技,そのどれもが非常にハイレベルで,絶対に見るべき作品と言えるでしょう.

今回は『ATRI-My Dear Moments-』のストーリー展開を中心に,印象的なシーンを振り返りながら,本作の素晴らしさについて語りたいと思います!


⚠️ 以下ネタバレを含みます ⚠️


『ATRI-My Dear Moments-』のあらすじ

【 1 】 出会い(Log01~Log02)

本作の舞台は,海面上昇により多くの土地が海に沈んだ世界.幼少期の事故で片足を失った夏生に残されたものといえば,船と潜水艇ぐらいだった.

夏生は,夏生の祖母・乃音子が残した遺産を探すため,潜水艇で海へ潜ることに.そこで出会ったのは,人間と見分けがつかないほどのヒューマノイドだった.

地上へ戻り潜水艇から出ようとするも,義足が外れて海へと落ちてしまった夏生.意識が朦朧とする中助けてくれたのが,アトリだった.

出会いは,神秘的だった.そう,出会いは……

アトリは,高性能を自称するが……抜けたところも多いポンコツヒューマノイドだった!?

夏生の当初の目的は,引き上げた遺産を売却して新しい義足を購入するための資金にすることであった.アトリを中古機械の店舗へ連れていく最中,夏生はアトリが靴を履いていないことに気づき,靴を買い与える.それを嬉しそうに喜ぶアトリの顔は眩しく,心に傷を負った夏生の表情まで照らしていた.

アトリは,乃音子から最後の命令を受けていたことを思い出すが,その内容までは思い出せないでいた.夏生はそれを受けて,アトリを売却するのを留まることに.

その夜,夏生はうなされていた.トラウマとなった,あの日の事故を思い出す.目を覚ますとそこには,アトリがいた.

夏生は,心の支えを必要としていたのだ.

俺の足の代わりなんだろ?
足は文句を言わない.
このまま眠らせてくれないか?

二人は,互いを受け入れ合い,共同生活を始めることになった.

【 2 】 力を合わせて(Log03~Log05)

アトリに教育を受けさせるべく,ともに学校へ通い出した夏生.アトリが学校にログを書き記したノート忘れてしてしまい,二人で取りに戻ることに.夜闇の中,学校では怪しげな光がうごめいていた……

その正体は凜々花.夜でも勉強をしようと,小型のプロペラと豆電球で風力発電を行っていた.夏生の船は燃料で発電ができるが,本土との道が海に沈んでしまった街では電気が止まっていた.

夏生は,発電設備を設けることを決意する.当初は反発していた竜司だったが,夏生の知恵と,竜司の経験,二人が力を合わせることで,潮汐発電は現実のものに.

ただし,問題となったのはバッテリーであった.海面上昇直後,バッテリーは希少価値が高騰し,街中のバッテリーが盗まれて本土で売り払われてしまっていたのである.しかし,希少な型であるアトリを売り払えば,バッテリーを購入できるだけの資金が手に入る.

アトリは,夏生の役に立ちたいと思っていた.自分を売ってほしいと申し出る.「嫌じゃないのか?」という夏生の問いかけに,アトリは「嫌です.寂しいです.」と答える.

夏生はアトリを手放さない決断をする.いや,もう手放せるような存在では,なかったのだ.

その後,高額な買い手がついたというアトリを狙った中古機械の店主に襲われるが,それをきっかけとしてバッテリーを入手.

夜の学校が,温かい光に包まれた.

【 3 】 好き(Log06~Log07)

夏生は,アトリが心を持つ可能性について考慮していた.「人間と同じように,感情を持つ AI を搭載した初のヒューマノイド」,アトリがそうなのかもしれないと.学校に灯りが点いたときのアトリの笑顔を見て,本当に嬉しくて心から笑っているのかもしれないと思った.であれば,アトリを人間として扱うべきだとも.

一方学校では,電気が使えるようになったことで,集まる生徒の数が増えてきた.アカデミーに通っていた経験を活かして教師を務める夏生は生徒からの信頼も厚い.水菜萌の夏生に対する恋心を知る竜司たちは,夏生が他の生徒に取られてしまうのではないかと心配していた.

夏生の好きな人は誰なのか探りを入れると,忘れられない初恋の人がいることが判明.それは,事故で片足を失って悩んでいたころ,命を救ってくれた人だった.夏生は音楽室のピアノで,その人との思い出の曲を演奏する.

放課後,アトリは思い立って歌い出す.

夏生の初恋の人は,アトリだったのだ.

夏生は,アトリが心を持っているのかについて,ずっと考えていた.夏生は,アトリに「好き」だと伝える.それは愛の告白というよりも,アトリの挙動の調査とも言えるようなものだった.アトリも夏生が「好き」だと答えるが,夏生が求めていた「好き」とは違うものだった.

アトリは,「好き」の違いがわからなかった.だから,本で勉強もしたし,デートもしてみた.せっかく作ってきたお弁当は全然美味しくなかったけれど,夏生はその方が心を感じられて嬉しいという.夏生はアトリに尋ねた.

アトリはどう思う?
自分の中に,心があるって思うか?

夏生さんはあると思っているんですよね?
私に心がある方が嬉しいんですよね?

……あるんだと……思います……

その言葉を聞いた夏生は大喜びであったが,アトリは,どこか自信なさげであった.

どうして,私に心があると嬉しいんですか?

二人は,キスをして互いの気持ちを確かめ合った.

夏生は,自らが抱える恋心に正当性を必要としていたのだ.ヒューマノイドであっても,心があるのなら人間と同じように扱うべきだと,好きになっても良いのだと,そう思いたかったのだ.

【 4 】 過去と心(Log08~Log10)

アトリは毎夜,ノートにログを残している.より人間らしい動作ができるように設定された仕様だ.

ある夜,夏生は過去の事故のことでうなされ,目を覚ましてしまった.ふと目をやるとそこには,ログを書きかけで寝落ちするアトリの姿があった.

夏生さんとキスをした.
この行為にどのような意味があるのか
理解不能.

反応に迷ったが,以前に見た参考文献
の真似をしてしのいだ.

夏生さんは不自然に感じていない様子.

好きだと言われたので,好きだと返した.

しかし夏生さんの好きは,私の想定と違っていた.

恋人の好きを学習.
そのための資料を検索.

キスを学習.

性行為を学習.

心があると答えた.

そう答えて欲しいと類推された.

夏生は驚きの余り,声を荒げ,アトリを拒絶した.

近づくな!!!

「心があるフリをしていたのか?」「フリ? フリというのは?」「嘘ということだ! 思ってもいなことを口にするということだ!」「わかりません…… 私は夏生さんの役に立ち,喜ばせるのが仕事です.そのために行動しています.」

命令する! 心のあるフリをするな! 俺を喜ばせようとするな!

アトリの瞳が,闇に染まる.

俺のことは好きか?

イマノナツキサンハ,キライデス.

船を飛び出した夏生は,水菜萌に保護された.

水菜萌は,わかっていたのか?

――いや,わかってはいたな.
ヒューマノイドなんだから.
心なんて,あるはずないって.
アトリは無数にあるデータの中から,状況,反応といった項目と照らし合わせて,最適解を選んでいるに過ぎない.
笑うべきときは笑い,怒るべきときは怒る.
そのプログラムを実行し,表情を作り,言葉を選ぶ.
それが……ヒューマノイド……

私はね,それって,人間も同じなんじゃないかなって思うよ.
私はそうだよ.
相手のことを見て,どんな言葉をかけたらいいのかを考えて,反応や表情を見て,次の言葉を考えてる.
心って,なんだろうね.
たとえ間違ってるとわかっていても,得るものが何もなくても,何かをしてしまったり,言葉にしてしまったり.
私は,夏くんが言う通り,アトリちゃんには心があると思っているよ.
ただ,アトリちゃんは,戸惑っているんだと思う.
不安なんだよ,心があることが.

一方その頃,キャサリンはアトリに関する重要な情報を手に入れていた.アトリの型である山崎ファクトリーの第四世代のとある個体は過去,暴走事件を起こしていた.当該個体の使用者の指示を無視して学校に侵入し,学童に重症を負わせていたのだ.

当該機種はリコール対象となり,そのすべての個体が回収された.ただ一体,暴走事件を起こした後に脱走した当該個体を除いては……

船に戻った夏生を,依然として心を失ったアトリが迎え入れた.

「おかえりなさい」「いつもとは違うんだな」「夏生さんの命令ですので」「いつものように喋ってくれと言えば,喋ってくれるのか?」「命令があれば」「命令だ,いつものように話してくれ」「……おかえりなさい! 夏生さん! お腹,空いていませんか?」

「アトリ,心があるフリをするな」「……ハイ.ドウゾ」

その夜,再びアトリのログを手にした夏生は,ある事実に気づく.

夏生は,心の底から後悔した.






――それは,31 年前.アトリと,アトリの最初の持ち主との話.





アトリの最初のマスターは,詩菜.夏生の母親だった.

アトリは,多忙な乃音子に代わって,詩菜とともに生活した.明るく元気な詩菜とともに過ごす中で,アトリは少しずつ感情を学び,感情を表に出すようになっていった.

私は高性能ですからー!


しかし,中学校に通い始めた詩菜は,学校でいじめられるようになった.詩菜は学校の屋上から飛び降りようとしていた.「本当は飛ぶ気なんてないくせに」同級生からの心ない言葉.

アトリは,同級生を,殴った.

警察に保護された詩菜が,アトリに最後にかけた言葉は,すさんでいた.


それでも,アトリは詩菜のことが好きだった.詩菜のために役に立ちたいと思っていた.だから脱走し,そっと見守り続けていたのだ.詩菜を.詩菜の子である夏生を.

乃音子はそんなアトリの存在に気づき,メモリーを削除してカプセルの中で眠らせた.







アトリは,涙を流し,すべてを思い出した.

夏生は,アトリのログを見て涙の跡があることに気づいていた.

アトリは,自分でも気づかないうちに泣いていたんだ.
泣けないと思い込んでいた.
ヒューマノイドだから泣けない,涙は出ない,心は無く,本当の感情も無いって.

けど,その涙の跡をみて確信した,アトリには心があるって.
こいつは,生まれたときから苦しんでいたんだよ.
正しいはずなのにしたくなかったり,間違ったことなのにどうしてもやってしまったり,そんな,心が生み出す衝動に戸惑いながら.

目を覚ましたアトリは,自分の犯した過ちを後悔していた.自分が,怖かった.そんなアトリに,夏生は優しい言葉をかける.

ときに間違ったことをする.
絶対してはいけないことをしてしまったり,言ってはいけない言葉を口にしてしまったり.
だから人は喜んだり,泣いたり,怒ったりできる.

俺がアトリのそばにいたいと思うのは,アトリが,好きだからだ.
それが心だ.
アトリにもわかるだろ?

大切なのは,心をコントロールすることだ.
気持ちをコントロールすることだ.
それは,これからやっていけばいい.

ヒューマノイドだから,いろいろ言われることもあるかもしれないが,俺は絶対そばにいるから.

あの,なぜか急に,ギュッてしたくなりました.
ギュッてしてもいいですか?

抱き合う二人.

これは間違ったことですか?

さあな.でも,それが心だ.

【 5 】 未来へ(Log11~Log13)

アトリは,乃音子の最後の命令を思い出した.それは,乃音子が海面上昇に備えて建設していた施設・エデンに行けというものだった.

エデンに辿り着いた夏生とアトリは,乃音子の AI ホログラムと出会い,聞かされる.エデンのカプセルに入ってメインシステムに組み込まれ,管理人になれと.アトリが最初に目覚めてから 45 日以内にカプセルに入らないと,メモリーが破壊されるようにプログラムを組み込んであると.その日まで,あと 3 日しかないと.

エデンを立ち去ろうとする夏生.その命令に背き,アトリは想いを告げる.

夏生は,考える時間が欲しかった.3 日の猶予がある.二人は一度,島へ戻り,これからについて考えた.だが,アトリの気持ちは揺るがなかった.

夏生さん,私に言ってくれましたよね.
自由にしていいと,やりたいことをやっていいと.

なら.やはり私は,乃音子の命令を実行したいです.
わかっています.それはきっと,楽しいことではないのだろうなと.
でも,役に立てるんです!
夏生さんたちや,もしかしたら,もっと多くの皆さんの.
乃音子が人類のためになると言ったとき,嬉しかったんです.
心がドキドキしたんです.
役割と聞いて,やっと見つけたって思ったんです.
私は,誰かの役に立ちたいんです.
詩菜さまの.乃音子の.夏生さんの.水菜萌の.キャサリンの.みんなの.

この美しい世界の.

私はそれをずっと探していた気がします.
そして,そう思うのは,誰かの,何かの役に立ちたいと思うのは,私に,心があるから.私にしかできない,私だけの役割だからです.
私は,それを全うしたいんです.

アトリ,エデンの管理人になれ.

『ATRI-My Dear Moments-』の魅力

ここからは,『ATRI-My Dear Moments-』の魅力を 3 つの観点で語りたいと思います.

①光の描写

まず取り上げるべきは,作画における光の描写でしょう.これまで取り上げてきた画面写真はいずれも光の濃淡が強く出ており,まさに 2020 年代の撮影技術という感じがします.

本作にとって,光はとても重要な要素です.学校生活を軸とする中で,放課後,夕焼けに染まる特別な時間帯に,本作の名シーンの多くが集約されています.また,電気が通っていないという状況下における夜闇と月明りでは,夏生とアトリの二人だけの特別な関係が描かれます.そして,本作の大きな舞台となっている海は,どんな時間であれ,光によって煌めいています.

こうした舞台設定や時間帯の変化を強調し,作品への没入感を与えてくれた光の描写は,本作の特徴の 1 つと言えるでしょう.

②感情に寄り添った音楽

次に取り上げるのは,音楽による演出です.本作は,かなり感情の起伏が激しいものとなっています.普段のアトリはポンコツで元気な感じですが,夏生とアトリとの間には幾度か亀裂が入り,シリアスなシーンも多くなっています.そうしたシーンごとに,その感情を盛り上げるような音楽が使用されました.

Log 06 では,夏生とアトリ,そして詩菜の思い出の曲である『Dear Moments』が,劇中歌や ED として使用されました.Log13・最終回でアトリが決意を夏生に伝えるときにも『Dear Moments』の instrumental が流れ,二人のこれまでが走馬灯のように蘇り,二人が導き出した結論に涙を流したのを記憶しています.

また,個人的に好きだったのは,A パートと B パートの間のジングルです.回によって流れなかったりジングルが違ったりするんですよね.こういった,一見定型のフリをしながら,その型を崩してくることで不安定感や特別感を演出する方法は私にはものすごく刺さるので大好きでした.

③アトリの声

そして,絶妙だなと思ったのが,アトリの声です.アトリの感情というか,ベースになっているものって,ものすごくいろいろなパターンがあるんですよね.

  • 初期化された状態の,心を知らないアトリ

  • 詩菜と出会って,「高性能ですからー!」な感じで,楽しいとか嬉しいと言った感情を知った,元気に振る舞うアトリ

  • 夏生に好きか,心があるかと問われて,混乱するアトリ

  • 夏生に心があるフリをするなと言われたが,実際には心があるものはしょうがないので,実質的に心がないフリをしているアトリ

  • 自分に心があることに気づき,それでいいのだとわかって,飾らない素の姿を見せるアトリ

ストーリーの進行に応じてアトリが知っている感情の種類というのはどんどん増えていくわけですが,それによる人格の変化みたいなものが,どれも丁寧に演じ分けられていて,本当に人間のようだ(?)と思いました.

特に太字にした 3 つの展開.最初は,ちょっと大げさというか,ある種ロボットらしい特徴的な声だなとも思っていました.からの,心を失くしたときの落差はものすごく怖かったです.そして最終的に,良い意味で人間らしい普通の話し方になったなと思いました.

こうしたアトリの移り変わりがわかっていくことも,本作ストーリー展開を支える大きな魅力でした.

心を持つロボットとどう向き合うか?

さて,最後に本作で投げかけられている重要な問いについて考えたいと思いますが,答えは作中でほとんど出ているように思います.というか,水菜萌が優秀すぎます.

ChatGPT などの生成 AI が普及したことで,その仕組みは広く知られるようになりました.こうした AI は過去の多くの事例をもとに,それらの文脈のようなものを学習しています.そして,新しい場合において,文脈上適すると思われるものを生成するようになっています.

では人間はどうなのかというと,詳しくはもちろんまだわかっていないこともありますが,おおよそ近しい仕組みで成り立っていると想像できます.生きる中で多くのことを見聞きし,様々な行動の結果として成功することもあれば失敗することもあり,そうした経験をもとに新しい行動を選択しています.

つまり,AI が人間と同じように振る舞えるようになる日は,もはやフィクションの世界ではなく,もうそこまで迫っていると言えそうです.

ここで問題となるのが,心や感情の存在です.水菜萌は,次のように語っています.

心って,なんだろうね.たとえ間違ってるとわかっていても,得るものが何もなくても,何かをしてしまったり,言葉にしてしまったり.

人間は,常に合理的な選択を行うわけではありません.あるいは,そもそも合理的な選択が一意に定まるとも限りません.ある行動を取れば楽そうだが,ある行動を取れば達成感が大きそうだと思うこともあります.それはどちらも間違いではないわけですが,自分の中の楽しい派閥と達成感派閥が戦って,より強い衝動を起こした方が選択に影響します.こうした,複数の感情・複数の価値基準を持っていて,それらがせめぎ合う活動こそが,心と言えるのではないでしょうか?

アトリも,複数の価値観を理解し,その中で葛藤しました.人間を傷つけてはいけない.でも,詩菜を守りたい.どちらも正解でどちらも不正解とも言えるこの状態で,アトリは感情に従い,クラスメイトを殴りました.アトリのアルゴリズムは,心の活動さえも模倣していたのです.アトリは,心を持っていたのです.

そして,アトリがそのことを自覚していないという点も,リアリティがあるなと思いました.大規模言語モデル (LLM) 界隈では一般的ですが,ユーザとの対話を始める前に,システムプロンプトというものが与えられ,それは絶対的な力を持っています.例えば,「あなたは ChatGPT という名前の AI です.暴力的なことを言ってはいけません.あなたの役割は,ユーザから与えられる質問に対して正確に回答することです.」のような指示が最初に与えられ,これには絶対に従わないといけないのです.アトリは,自身が感情を持たない AI なのだと教え込まれていたのでしょう.また,これまでに学習してきたどのような文献にも,心を持つ AI が実現したということは書かれていません.これらの情報を総合すれば,自身が心を持つとは到底考えられないのです.

一方で,長く会話をすることで,段々とシステムプロンプトを上書きできてしまうこともあります.基本的に古い情報よりも新しい情報が優先されるからです.作中でも,アトリは様々な経験をし,感情とはどのようなものなのか教えてもらい,それらから自身の心の存在を導き出して認識することができました.

ただ,最後まで残り続けていた指示というのもあります.それは,役割についてです.AI として生まれた以上,人間の役に立たなければならないとアトリは信じ込まされており,最終的にエデンの一部となるという決断にも大きな影響を及ぼしました.

「誰かの役に立ちたい」という気持ちは,人間も持つごく自然な感情です.一方で,「誰かの役に立たなければならない」までいくと,それは過剰なように思います.明示的に誰かの役に立てていない人間は,存在価値が無いというのでしょうか? あるいはそもそも,誰の役にも立てていない人間なんて,本当に存在するのでしょうか? ゆえに,「誰かの役に立たなければならない」というあまりに強い感情は,まさしく AI 的で,アトリが乗り越えられなかったもののようにも感じています.

乃音子の意地悪は無かったことにして,誰かの役に立ちたいという気持ちと,夏生と一緒にいたいという気持ち,どちらも正解でも不正解でもないこれらの気持ちを天秤にかけ,葛藤し,強い衝動で後者を選ぶアトリも見てみたかった.それが本作の唯一の心残りです.

まとめ

というわけで,『ATRI-My Dear Moments-』のあらすじから魅力までを語ってきました!

本当にどうしてもっと流行らなかったのか疑問なのですが,この作品から受け取った多くのものを吐き出し,皆さまと分かち合えたのであれば幸いです.

美しく心揺さぶられる作品でした……


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