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写真絵本『ヒグマの旅』で伝えたかったこと。

Author:二神慎之介(写真家)

昨年の9月、文一総合出版から写真絵本「ヒグマの旅」をリリースしました。日本最大の陸棲哺乳類であるヒグマという動物の、海岸から稜線まで移動する旅人の様な生活を紹介した内容になっています。この記事では、この本に込めた思いや意図を、著者である私から紹介させていただきたいと思います。

ヒグマは、色々なものを食べている。

野生動物の撮影を始めてから9年目。ずっと追いかけてきたヒグマの本を作るというオファーを頂いたとき、真っ先に考えたのは、子どもたちに『ヒグマは色々なものを食べている』ということを伝える本にしよう、ということでした。

ヒグマの食べるものと言えば「鮭」というイメージが強いと思います。テレビや書籍などで私たちが普段目にする映像や写真も、川で鮭を捕らえて噛りつく迫力あるシーンのものが多いと思います。熊の木彫りの影響もあるでしょう。しかしそれは、ヒグマの多彩な食生活の中のほんの一部。草から獣まで、ヒグマは実に様々なものを食べているのです。

それからもう一つ、人間の自然とのかかわり方の変化も意識しました。ヒグマをはじめとする野生動物の存在が人間社会に近づいてきていると感じています。この本の制作も大詰めに差し迫った頃、札幌市街地に出没したヒグマによって起きた事故のニュースが飛び込んできました。これは普段野生動物に触れる機会の少なかった我々にとっては、非常にショッキングな出来事。全国ネットで、ヒグマが人に襲い掛かるような映像が繰り返し放映されます。

そこから考えていくと、今我々のもとに届く情報から作られるヒグマのイメージはだいたいこんな感じだと思います。

「遠くの大自然で悠々と鮭を食べて暮らしている」
「畑や街中、人間の生活圏に出没して、事故を起こす怖い動物」

もちろん、これらもヒグマの一面であることに変わりはないですが、あくまでほんの一部に過ぎません。

さまざまな要因により、自然と人間とのかかわり方は急激に変化しています。今の子どもたちが担う未来には、きっと我々以上に野生動物とのかかわり方について皆が考えていかねばならない時代が待っていることでしょう。

動物たちとのかかわりを考えるとき、必要なのは、相手がどんな動物であるか、をまずはイメージ出来ることだと思います。例えばクマならば、凶暴だとやみくもに恐れていては、適切な対応は難しいでしょう。故にヒグマの普段の生活や表情を写真で伝えることを私は念頭に置いています。
鮮明な写真や繰り返し流される過激な映像でイメージが固定され、子どもたちはある意味想像する機会を奪われているのかもしれません。だからこそ、普段のヒグマを。彼らが懸命に暮らしている姿を伝える物語を作りたかったのです。

ヒグマは大きな身体を維持するために、さまざまなものを食べます。かつて人間が押し寄せて、鮭を捕る河口から駆逐されても、オオカミとは違ってヒグマたちは半ばベジタリアンとなり、その多彩な食性で柔軟に生き延びてきた…と言えるのかもしれません。海岸から稜線まで。様々な風景の中での彼らの姿を伝えることで、ヒグマの普段の生活というものが見えてくるのではないかと思い、私は撮影を続けてきました。それを形にしたのがこの『ヒグマの旅』というわけです。
ヒグマの旅を読んでくださった方がこんなようなことを仰っていました。

街に出てきたり、畑を荒らしてしまったり…事故を起こしたクマはニュースになるが、春先に子どもと一緒に草を食むクマや、秋にドングリを探すクマはニュースにならない。

まさにそういうことで、ヒグマという動物の、劇的ではなくとも普段の生活を思い描いてもらえるような物語を目指して、私はこの本を作りました。

標高差1500mを越える旅。

ヒグマの生活圏は、標高0m、つまり海岸から、1500m以上ある山の稜線までと、非常に幅広いです。もちろん、全てのヒグマが上から下まで旅をするわけではないと思いますが、標高差1500mを越える生活をしている個体もきっと多くいることでしょう。そんな彼等の生活を追って撮影を続けることは、撮り手である私も彼らのような旅を繰り返すことになります。

知床半島の先端部にカヤックで出艇し、濡れないように気を付けながら撮影したり、毎年山に登ってテントを張り、何年もかけてヒグマが現れるのを待ち続けたり…。雪渓のそばで草を食むヒグマの姿を撮りたいと、大雪山にも通いました。その他にもさまざまなエリア・標高での撮影に挑戦しています。

そんな旅を繰り返す中で少しずつ撮りためてきた写真が本の中には登場します。海岸で、カラフトマスの群れを待ってうなだれるヒグマ。広大なハイマツの森の中でまつぼっくりをバリボリとかみ砕くヒグマ…。これらは人間たちが目にすることはなかなかないのかもしれませんが、まぎれもなく彼らの日常のワンシーンだと思うのです。

ヒグマの個性を感じてほしい。

もう一つ、私にはヒグマの個性を感じられるような絵を撮りたい、という思いがあります。これは写真絵本というより、私の撮影全体におけるこだわりのようなものなのかもしれません。これもまた、ヒグマの旅を読んでくださった方の感想です。

仕草や表情を含めて、クマという動物はほんとうに個性豊か。
しかしそれを写真で表現するのは難しい。その点この本のクマは、一頭一頭がきちんと違って見えてくる。

これもまた嬉しい感想でした。顔つきはもちろんのこと、風景の中に小さく写ったクマからも、表情や仕草の違いを想像してもらって、ヒグマという動物の普段の姿を想像し、身近に感じてもらえたら、著者として非常に嬉しいです。

いかがでしょうか。「ヒグマの旅」という写真絵本は、このような思いをベースに作りました。こんな風に、思う物語を形にできたことは、ヒグマを追う者にとって、写真を撮る者にとって、とても幸せです。
興味を持たれた方は、是非一度、本を手にとってご覧ください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

著者・二神慎之介のnote
ヒグマのことも含めた自然観察にまつわるエッセイを集めたマガジンです。

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是非TOPページのスライドショーをご覧ください。
こんな写真を撮っています。

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