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推しのゲッシー

Author
須藤哲平(編集部)
 文一総合出版編集部所属。野生動物管理に携わる研究員、自然保護団体の広報を経て2023年より現職。大学時代から動物生態学、野生動物保護管理、哺乳類の調査研究に携わってきたが、自然や科学の面白さ、大切さを発信すべく編集者に転身。中型食肉目をこよなく愛す。


 今日は、私の“推し”について話をしよう。

 リスとネズミの仲間は、ノミのように鋭く齧(かじ)ることに特化した前歯をもつという共通した特徴から、分類学では齧歯目(げっしもく)と呼ばれるグループに属する。日本国内には外来種も含めて31種が生息しており、アカネズミ、カヤネズミ、ドブネズミ、ニホンリス、エゾシマリス、ニホンモモンガ、ムササビ、ニホンヤマネなどなど、姿や生活様式も多彩である。学術用語は堅苦しいので、ここでは親しみを込め、「ゲッシー」と呼ぶことにしよう。

 ゲッシーの一員に、ハタネズミという日本固有のネズミがいる。本州と九州に生息し、数を減らしている地域もあるが、比較的普通に見られる。その名の通り、畑や草地などを生息環境としており、農作業をしていると掘り返されてモゴモゴと地面から出てくることがある。旺盛な繁殖力によって時折大発生しては、農作物や樹木の実生を(かじ)るのでしばしば厄介者扱いされる。

ハタネズミ(リス・ネズミハンドブックp44より)

 カヤネズミやシマリス、ムササビやニホンヤマネなど、ほかのポピュラーなゲッシーに比べるとハタネズミは、まあ、なんと言うか地味である。目と耳は小さく、尻尾も短い。暗い土気色(ただし毛色は個体差が大きい)の短いビロード状の体毛にずんぐりした体型。ニホンリスのようにフサフサな、あるいはカヤネズミのように長く技巧派な尻尾もないし、ヤマネのようにつぶらな瞳もない。もちろんムササビのように滑空するための皮膜もない。アカネズミは大きな後ろ足の脚力によって見事な跳躍を見せるが、ハタネズミの手足は短く鈍臭い。およそ派手な特徴をもたない。

 そんなハタネズミには敵が多い。キツネやイタチ、トビ、フクロウ、アオダイショウ、みんな襲ってくる。抗えぬ栄養カスケード。あゝ無情なり食物連鎖。天敵から身を潜めるかのように、地下通路の中で地底人的な生活を営む。

トンネルから顔を出すハタネズミ(リス・ネズミハンドブックp45より)

 しかし侮るなかれ、ハタネズミは卓越したトンネル掘りである。地表からおよそ50cmの深さに掘られたトンネルは、繁殖巣や食料貯蔵庫などを備える。地下街のように張り巡らされたトンネルは複雑に分岐し、時折モグラのトンネルへと乗り入れしたりもするらしい。さらに、地上で草を食べるためにトンネルにはいくつもの出入口がある。この時、決まったルートを繰り返し使うので、草が踏み倒されて、地上にも道(ランウェイという)ができる。人間社会にも都市部の駅(新宿駅や梅田駅、札幌駅など)では地下街がはりめぐらされているが、歩いているとなんとなくハタネズミの気分を味わえる。道はよく分岐し、地上への出入口がいくつもあるので、地下街を通ってどこまでも行ける気分だ。寒い冬には地下に潜りたい気持ちもよくわかる。

できかけのハタネズミの巣(リス・ネズミハンドブックp45より)

 ハタネズミの見事な地下街は河川敷や牧草地などの草地を注意深く観察すれば、見つけることができる。筆者も学生時代、ハタネズミの捕獲調査をするために地面に顔がつくくらい這いつくばってこのトンネルを探した。踏み固められたランウェイを見つけてよくよく観察すると、トンネルの入り口や葉っぱをかみちぎった食痕、糞などが落ちており、彼らの生活を辿ることができる。

調査で捕まえたハタネズミ(筆者撮影)

 ところで、ハタネズミ類はハムスターとの共通祖先から進化したと考えられている。そのため、現在はこれらをキヌゲネズミ科とする分類が主流である。いわば遠い親戚のようなものだ。ハムスターといえば、2000年初頭、とあるアニメによって、子どもたちの間にハムスターブームが巻き起こった。ペットとしても大人気となったが、野生のハムスター類は、ヨーロッパからアジアの草地や農地に生息し、やはり地中生活を送っている。そういえば、アニメの中で、主人公のハムスターたちも地中に秘密基地を作っていたような記憶があるのだ。筆者は当時小学生、ハタネズミへの妙な親近感は、“世代“ゆえかもしれない。ちなみにハタネズミの場合、大好きなのはひまわりのタネではなく、イネ科の葉っぱである。

クロハラハムスター(リス・ネズミハンドブックp3より)

 そんな素朴でたくましいハタネズミが、筆者の推しゲッシーである。多少なりとも魅力が伝わったらうれしい。さて、あなたはどのゲッシーを推す?
ということで、『リス・ネズミハンドブック』電子版リリース&重版出来。

『リス・ネズミハンドブック』の抜粋記事はこちら↓



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