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キツネとどうやって出会うか?

 キツネは古今東西、あらゆる物語に登場します。日本では、童話「ごんぎつね」(新美南吉/作)が有名ですね。私は小学校の国語の授業で読んだ記憶があります。兵十が病気の母親のためにとったウナギを、いたずら心から奪ってしまったキツネのごん。その後、兵十の母が亡くなり、罪悪感を覚えたごんは、食べ物をとっては兵十の家にこっそりと届けていました。しかし兵十はそれに気づかず、ごんがいたずらに来たと思って撃ってしまいます。哀しい物語ですが、昔から私たちの近くにキツネがいたことが伝わってきます。
 欧米でも、馴染み深いキツネ。映画「ファンタスティックMr. FOX」(W. アンダーソン監督)では、主人公の父ギツネが誇り高き家禽泥棒として、人間と争う姿がコミカルに描かれています。私の最も好きな映画の一つです。いずれにしても、狩りが得意ないたずら者、厄介者というのがキツネのイメージでしょうか。しかし、これらの物語はあくまでも擬人化されたキツネであり、フィクションです。本当のキツネは、どんな暮らしをしているのでしょう。案外、思い当たらないのではないでしょうか。

 さて、自己紹介が遅れましたが、筆者は本年度より文一総合出版編集部に配属となりました須藤哲平と申します。私は大学院では、キツネとテンの研究をしていました。この記事では、調査・研究の体験も交えながらお話ししていきたいと思います。

あなたの町にもきっといる?

 日本や欧米に生息しているキツネは、正式にはアカギツネ(学名:Vulpes vulpes)といいます。日本にいるキツネは北海道ではキタキツネ、本州・四国・九州ではホンドギツネと呼ばれ、どちらもアカギツネの亜種※です。
 では、日本国内でキツネはどのように分布しているでしょう? 2018〜2021年にかけて環境省生物多様性センターが行った生息調査——通称「緑の国勢調査」によると、北は北海道から、南は鹿児島まで、沖縄県を除くすべての都道府県で生息が確認されています(図1)

※種としては同じだが、地理的に隔離され、姿形や遺伝子に違いがあるものどうしの関係のこと。

図1-a. キツネの分布図(東日本)
図1-b. キツネの分布図(西日本)

出典:図1は、中大型哺乳類文調査平成30年度〜令和3年度5kmメッシュ別生息情報「キツネ」GISデータ(環境省生物多様性センター)を使用し、株式会社文一総合出版が作成・加工したもの(https://www.biodic.go.jp/kiso/do_kiso4_mam_f.html#mainText)

 しかし、地図を見ると、ところどころに空白地(生息情報なし)があります。これは必ずしも“生息していない”ことを示しているわけではなく、情報がないことを意味します。このキツネの分布地図は狩猟など捕獲の情報、公的機関や専門家などが持つ情報を集約して作られましたが、日本全国すべての地域を網羅することは難しく、どうしても穴ができてしまいます。キツネのように名前はよく知られている動物でも、どこにいるのか?どれくらいいるのか?は、じつはよくわからないのです。 
 キツネは夜行性で、見かける機会が少なく情報が集まりにくいのです。では、どうすれば彼らの暮らしぶりを知ることができるのでしょうか?

落とし物を探す

 2017年、山梨県某所。私はうつむき、何かを血眼になって探していました。探しているのはキツネの“落とし物”、糞です。キツネの糞は石や縁石の上で見つかることが多く、目立つ場所にすることで自らのテリトリーを主張していると言われています。皆さんがキツネの糞を見つけたいときは、そういう場所に注目してみるといいかもしれません。キツネの糞はイヌのそれに似ていて、直径2cm前後のソーセージ形。ごま油に似た独特のにおいで区別できます※。

※ただし、北海道や愛知県の知多半島などエキノコックス(寄生虫)が確認されている地域では、あまり近づかないようにしましょう。

道路の縁石に落ちていたキツネの糞。よく見ると動物の毛が入っている。(撮影:須藤哲平)
調査地の様子。山林の中に牧草地や農耕地、住宅地が点在している。(撮影者:須藤哲平)

 何日間も通い、糞を探していると、ある傾向が見えてきます。キツネの糞は標高の高い山林のエリアでも、麓に降りたところにある住宅地に近いエリアでも見つかりました。しかし、その頻度には違いがあり、山林の牧草地を含むエリアでは、毎回、多くの糞が見つかりました。多いときには、数百メートル歩くうちに20個。どうやらキツネは草地のあるエリアに頻出しているようです。夜、調査地をドライブしていても、草地の近くでよくキツネと出会いました。
 糞がそこにあるということは、当然、そこにキツネがいたということで、たくさんあるということは頻繁にきていると考えることができます。つまり、ここでは、キツネはいろいろな環境に出没するが、とくに草地のある環境をよく使っていると考えることができます。

糞は教えてくれる

 さらに、糞の内容物を調べることで、キツネが何を食べたかを知ることができます。糞をバラしてみると、中からは未消化の骨や毛、果実のタネや皮、昆虫の体などが出てきます。
 キツネは肉食寄りの雑食です。私が観察していたキツネたちは、冬から春にかけてはシカやネズミ類、夏になると昆虫類、秋にはサルナシなどの果実を食べる割合が多くなりました。こうしたキツネの食性の傾向は全国的に似ていて、季節ごとに手に入りやすいもの、いわば“旬のもの”を食べていることがわかります。その意味では、私たちの食生活に似ているかもしれません。
 キツネは、季節によりさまざまな旬のものを食べますが、同時に優秀なハンターです。同じように日和見的にさまざまなものを食べるタヌキやテン、アナグマなどと比べても特徴的。キツネは季節や環境で食べ物を変えつつも、ネズミを通年で捕食しています。SNSなどで、雪の中にダイブしているキツネの写真を見たことがあるかもしれません。下の写真は草原に暮らすネズミを狩るシーンです。

ジャンプして何かを捕えるホンドギツネ。『となりのホンドギツネ(』渡邉智之/写真・文)より

 キツネは、タイリクヤチネズミやハタネズミなど草原で暮らすネズミをよく捕食することが知られています。草地の地面の浅いところにトンネルを掘って暮らしているネズミを探索し、狙いを定めてジャンプ! 見事に捕まえるわけです。私の調査でも、草地の近くで拾った糞からは、ハタネズミの歯や体毛がよく出てきました。キツネが草地の近くでよく見つかるのは、こうした獲物と関係がありそうです。

もしも、皆さんがキツネに出会いたいなら

 ここまでお話ししたキツネの生態が、キツネと出会うためのヒントになるかもしれません。夕方から夜にかけて、キツネは狩りのために開けた草地へよく出てきます。また、糞を探してみるのもいいかもしれません。直接出会えなかったとしても、糞は彼らの暮らしぶりを教えてくれます。姿は見えずとも、感じとれる存在感。これも自然観察の楽しみ方です。


『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド 増補改訂版』
哺乳類の痕跡を観察ときに便利! 筆者も旧版にお世話になっていました。


となりのキツネ

 私の調査地は里山でしたが、北海道札幌市では1990年代ごろから街中にもキタキツネが出没するようになりました。じつは、海外でもこのような都市ギツネは確認されており、イギリスやドイツ、デンマーク、カナダなどで報告されています。キツネの中にも“シティ派”はいるようです。
 本州でも住宅街のすぐ近くにキツネは暮らしています。自然写真家、渡邉智之さんの『となりのホンドギツネ』は、岐阜県のとある街で暮らすキツネ一家を追った写真絵本です。下の写真は、町中の公園に現れたキツネ。夜行性のキツネは夕方から活発になり、人々が寝静まるころ、町に繰り出しているようです。昼は人間の子どもたちの遊び場だった公園も、夜はキツネたちの遊び場なのかもしれませんね。ふだん目にすることはなかなかないけれど、キツネたちが私たちのすぐ近くにいることをこの本は伝えています。

夜の公園を闊歩するホンドギツネ。『となりのホンドギツネ』(渡邉智之/写真・文)より

 こんなに身近にいるなら、ぜひとも仲良くなりたいと思うのが、人情かもしれません。しかし、近づき過ぎてしまうことは、キツネにもヒトにもよくない影響をもたらします。特に餌付けはキツネの栄養状態や行動を歪めてしまいます。「ごんぎつね」の物語のように、良かれと思った行いも、行き違いの末、悲劇の引き金になってしまうかもしれません。
 私たちのすぐ近くにキツネの世界が広がっていることに思いを馳せつつ、正しい付き合い方を心がけたいですね。

静まり返った町の中を歩くホンドギツネ。『となりのホンドギツネ(』渡邉智之/写真・文)より

『きみの町にもきっといる。となりのホンドギツネ』


■いきものログ
環境省生物多様性センターが運営する生物情報収集・共有システム。登録することで誰でも生き物の情報(発見した場所、日付、写真)を報告できます。情報は「緑の国勢調査」にも活用されます!


Author Profile

須藤哲平(編集部)
文一総合出版編集部所属。1992年生まれ。麻布大学大学院博士前期課程卒、修士(学術)。自然環境研究センター(研究員)、日本自然保護協会(広報会員連携部)を経て2023年より現職。大学時代から動物生態学、野生動物保護管理、哺乳類の研究、調査などに携わってきたが、自然や科学の面白さ、大切さを発信すべく編集者に転身。中型食肉目をこよなく愛す。


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