文鳥堂
小説集「老紳士の記録、あるいは覚めない夢の話」のnote版です。
私は誇り高き文鳥である。見よ、この美しい純白の羽を! 今、私の隣にはミルフィーユという名のごま塩頭の文鳥がいる。外見だけならミルフィーユどころか豆大福である。しかし彼女はたいへん愛嬌があり人間たちに可愛がられていた。毎日人間たちの手の上で本物の豆大福と見紛う程、羽をもふもふとさせていたのである。 勿論、私はそのようなことはしない。何故なら私は何者にも飼い慣らされていない孤高の白文鳥だからだ。そう、人間の言葉で定義されるところの「荒鳥」である。
ある大店の娘が臥せって三月ほど経った。何が理由かも分からず施しの仕様も無い。医者も祈祷も全く役に立たない。 家の者がほとほと困っていたところ、旅姿の僧が店に現れた。着ているものは随分とくたびれていてどうにもむさ苦しく、番頭は眉をしかめた。 「この家に病のものがおるであろう」 旅の僧の言葉に番頭は驚き尋ねた。
文吉は真白な文鳥であった。文吉は可憐な十姉妹の娘・松子と共に小鳥屋から駆け落ちをした。文鳥と十姉妹、許されざる恋であった。月明かりだけがそっと二人を見守っていた。 「文吉さん、あたしもう飛べないわ」 どれだけ飛んだだろうか、松子は肩で息をしていた。 「松子さん、もう少しがんばって」 「文吉さん……」
私の名前はオンギョウキ。老紳士と名乗った方が皆さんには馴染みがあるだろうか。 飼い主であるイトウ氏の『文鳥生活』という本で私のことを知った読者も多いだろう。僭越ではあるがここでは私の人生を振り返りたい。 私は青森県で生まれた。そして初夏の頃に五羽のきょうだい達と一緒にこの東京へ連れられ、イトウ家に引き取られた。勿論その時の記憶は無いが、それが私の初めての旅だ。
(九) 短い眠りからさめると、文太はゆっくりと辺りを見回しました。羽をつくろっている文鳥や、まだ眠っている文鳥もいます。みんな、楽しい夢からさめてしまった時のような、少しさびしそうな顔をしていました。 文太は夕べの出来事を、ずっと昔に起こった事のように感じました。それともすべてが夢だったのでしょうか。 「おじさんはどこにいるだろう」 文太は眠っている文鳥たちを起こさないように、静かに広場の上を飛びました。 「ああ、いた、おじさん」 おじさんは葉っぱのお
(七) ざわめきを遠くに聞き、文太は目をさましました。辺りはもうすっかり暗くなっています。文太はあくびを一つすると、足で頬をかりかりと掻きました。 「そういえば文鳥まつりは…」 文太は広場の方へ顔を向け、はっと息をのみました。 そこには、見た事もないくらいたくさんの文鳥がいました。文太と同じ桜文鳥。それから白や、クリーム色やシナモン色をした文鳥がいました。広場のまん中の大きな木に集まり踊っている文鳥、おいしそうに木の実を食べている文鳥、そして広場を囲む木に
(五) 翌朝。おじさんと文太はまだ暗いうちから飛び立ちました。きっとカラスはまだねぐらにいるはずです。けれど、安心してはいられません。ふたりは用心深く飛び続けました。 空の色は白みはじめたかと思うと、ほどなく淡い水色に変わっていきました。あちらこちらで小鳥がおはようのあいさつをしています。 カラスのいる所からはだいぶ離れたでしょう。おじさんと文太は草むらでひと休みし、朝露で顔を洗いました。それから餌はないだろうかと地面をつつきました。 「おおい、そこの!」
(三) 明け方の街はまだひと気も少なく、空気もしんとしています。 おじさんに教えてもらった飛び方で、文太は風に乗りました。 加速するほど風は冷たくなっていきましたが、文太は平気でした。空から見る初めての景色にすっかり心を奪われていたからです。 こんなに広い世界があったなんて! 文太は、正太君はどうして自分たちを狭い鳥かごに入れておくのだろうかと、不思議に思いました。 「文太、あんまりよそ見ばかりしてたら危ないぞ」 おじさんの声にはっとし、文太はあわ
(一) 文鳥まつりの話をおじさんに聞いてからずっと、文太は自分も行きたいと思っていました。 小さな鳥かごの中で、文太とおじさんは仲良く暮らしていました。 文太がまだ灰色の雛だった頃は、もう一羽一緒に暮らしていたそうです。けれど文太は小さすぎて、今ではもうその面影を覚えていませんでした。 「ねえおじさん、今年の文鳥まつりには連れてってよ。去年はあんなちっぽけな雛だったけど、ぼくはもう頭も黒いんだから。立派な大人だよ」 「ううむ」 おじさんは青菜をつつくの
「きいっ、あの忌々しい小娘がっ!」 ぎゅうぎゅうに詰まったつぼ巣の中で、梅は地団駄を踏んだ。 「お梅様、ここは抑えて……」 「そうですわ、ただでさえ狭いつぼ巣ですのに」 お玉とお亀は梅をなだめた。 広い禽舎の中には大きな三つのつぼ巣と、それを見下ろすように小ぶりのつぼ巣が一つあった。
その小鳥はかつて、とあるアジアの小さな国のお姫様でした。しかしその国は戦に負けたために滅んでしまい、お姫様は敵の悪い魔女に鳥にされてしまったのです。 鳥になったお姫様はあてどなく彷徨いました。そして大きな鳥に襲われ、怪我をしているところを美しい青年に拾われました。青年は名をシンと言いました。 シンがお姫様を助けて一週間。お姫様の傷はすっかり癒えていました。 「さ、きみの怪我はもう治ったんだからお家にお帰り。きっと家族も待っているだろう」 爽やかな秋の風が吹く日に、シ