文鳥まつり(4/5)

   (七)

 ざわめきを遠くに聞き、文太は目をさましました。辺りはもうすっかり暗くなっています。文太はあくびを一つすると、足で頬をかりかりと掻きました。

「そういえば文鳥まつりは…」

 文太は広場の方へ顔を向け、はっと息をのみました。

 そこには、見た事もないくらいたくさんの文鳥がいました。文太と同じ桜文鳥。それから白や、クリーム色やシナモン色をした文鳥がいました。広場のまん中の大きな木に集まり踊っている文鳥、おいしそうに木の実を食べている文鳥、そして広場を囲む木にとまっておしゃべりをしている文鳥。それぞれが思い思いに楽しんでいました。

 その情景を彩っているのは、小さな星たちでした。色とりどりの星たちは広場のすぐ上までやってきて、文鳥たちの歌にあわせて踊りました。夜空の上では出たばかりの月が星たちを見守っています。そして地面の上では花たちが星の光を受け、幻想的に輝いていました。

 なんてきれいなんだろう、と文太は思いました。その時、おじさんが文太を呼ぶ声がしました。おじさんは文太がいる木のすぐそばで、地面に敷かれた葉っぱのお皿に入った木の実を食べていました。

 文太は「おじさん、また食べてるぞ」と思いながら、そこへ行きました。

「やじろべえさん、その子は?」

 おじさんの隣にいた年寄りの白文鳥が聞きました。

「一緒に飼われている子で、文太っていうんです」

 おじさんに紹介され、文太はあわてておじぎをしました。

「かしこそうな子ですなぁ」

 知らないおじいさんに褒められて、文太は居心地の悪さを感じました。なので「自由に遊んできなさい」とおじさんに言われた時は少しほっとしました。

 少し歩いていくと、文太はとうもろこしが乗ったお皿を見つけました。とうもろこしは大好物です。お皿の周りには五羽くらいの文鳥がいましたが、文太が「おじゃまします」と入っていくと「どうぞどうぞ」と場所をあけてくれました。この中では文太が一番年下のようでした。

 文鳥たちは、ここへ来るまでの旅の話をしていました。文太は、船に乗り、海を渡ってきた文鳥の話を聞いてとても驚きました。「ほんの少し勇気がいるけれど船に乗れるんだから、渡り鳥に比べればずいぶん楽なもんさ」とその文鳥は言いました。それを聞いたごま塩頭の文鳥は「いやいや、それでもたいしたもんさね。なんといってもあんたは渡り鳥ではなく、文鳥なんだから」と言いました。

 そのうち、そばにいた白文鳥が声をかけてきました。話してみると、どうやら文太とおなじくらいの歳のようです。

「ねえきみ、文鳥まつりに来たのは初めて?」

「うん、そうだよ」

 文太が答えると、その文鳥はほっとしたように

「僕もなんだ。仲間がいてよかったよ」

と言いました。白文鳥は名前を「ぴよ丸」と言いました。文太とぴよ丸はしばらくの間おしゃべりをしていましが、そのうちにぴよ丸が

「あの木の所へ行ってみようよ」

と言うので、文太も行ってみる事にしました。

 ふたりは広場の真ん中に聳えている、大きな木のそばまで飛びました。木はその枝を花や木の実や星々で美しく飾り、誇らし気に胸を張っていました。枝には声に自信がある文鳥たちがとまり、素晴らしい歌を披露しています。そして木を中心として文鳥たちが二重に輪を作り、歌声にあわせて踊っていました。

「文太、僕たちもあの中に入ろうよ」

「うん、行こう行こう」

 文太が輪の中に入ろうとした時、ふと、視界に白い文鳥の姿が入りました。その白文鳥のくちばしは紅玉のように赤く透き通り、黒い瞳は星の光を静かに映しています。文太にはその文鳥の白さが、ぴよ丸や他の白文鳥とは違って感じられたのでした。

 白文鳥のお嬢さんは踊りの輪をじっと見ていましたが、文太の視線に気づき、何か問いたげに小首をかしげました。

 ぴよ丸が踊りの輪の中から「ぶんたー」と声をかけましたが、文太は「すぐ行くよ」と答えたきりでした。

 文太は引き寄せられるように白文鳥のお嬢さんのそばへ行きました。そして「こんばんは。きれいな羽ですね」と言いました。白文鳥のお嬢さんは「ありがとう。あなたの羽もとても素敵ね」と言いました。文太はそんなことを言われたのは初めてだったので、とてもびっくりしました。

「僕、文太っていうんだ」

「私は雪よ」

 白文鳥のお嬢さん——雪はそう答えました。

 言われてみれば雪の羽は、あの冷たい雪のように白く清らかでした。文太は小さな声で

「ぴったりな名前だね」

と言いました。けれど、雪はとても残念そうにかむりを振りました。

「私、雪を見たことがないの。私が住んでる所では、暖かいから雪は降らないんだって。あなたは見たことある?」

「うん、あるよ」

 文太はいつか窓越しに見た雪景色を思い浮かべました。

「白い羽みたいなものが、空からたくさん降ってくるんだ。それが積もると街中真っ白になって、とってもきれいなんだ。雪が降る日は寒いから嫌だけど、でも雪はきれいだから…」

 話しているうちに、文太は恥ずかしくなってうつむきました。雪がじっと文太を見ていたからです。雪は文太が口ごもった訳には気付かないまま、小首をかしげて言いました。

「雪っていうものがそんなにきれいなもので、その名前が私に似合っているんだったら、私とっても嬉しいわ」

 文太は、何をどう言っていいのか分からず、ただ「うん」と言っただけでした。

 その時、一羽の小さな白文鳥が雪のところにやって来ました。

「あら、どうしたの?」

 と雪が問いかけると、小さな白文鳥は

「お姉ちゃん、僕、のどが乾いたよ」

と言いました。文太は「ああ、きょうだいなのか」と思いました。

「じゃあ、向こうで木いちごのジュースをいただきましょう」

 雪はやさしくそう言うと、文太を振り返って

「じゃあね、文太くん」

と言いました。文太は雪に何か言葉をかけたかったのですが、結局

「うん、じゃあね」

としか言えませんでした。

 雪と弟の姿は、すぐに他の文鳥たちの影にかき消されてしまいました。

 文太は踊りの輪の中にいるであろうぴよ丸を探しました。けれど先に文太を見つけたのはぴよ丸でした。

「おーい、ぶんたー」

 ぴよ丸は羽を振りながらぴょんぴょん飛び跳ねました。

「ぴよまるー」

 文太も気づいて、羽を振り返しました。それを見ていた周りの文鳥たちは、新しい踊りだと思ったのでしょうか、みんな羽を振りながら飛び跳ねました。

 ぴよ丸はおかしそうにおなかを抱えていました。

「文太、見てみなよ。みんな僕たちの真似をしてるよ」

 文太とぴよ丸は笑いながらぴょんぴょん飛び跳ねました。

  (八)

 楽しさの中に夜が更け、そして明けようとしていました。

 銀色の文鳥が一羽、静かに広場の真ん中の木の枝にとまると、他の文鳥たちは歌やおしゃべりをやめました。

 文太とぴよ丸は、どうしたんだろうと首をかしげました。

 広場には深い静寂が訪れました。

 やがて、銀色の文鳥は静かに歌い始めました。

「僕、この歌知ってる」

 と文太はつぶやきました。それはいつもおじさんが歌っている歌でした。

 遠い昔、文鳥たちはこの歌に思いをのせ、星たちに故郷の南の国へ伝えてくれるように託しました。そして文鳥たちがここに新しい故郷を作った今、こうして歌だけが残ったのです。

 銀色の文鳥の歌声に、だんだんと他の文鳥の声が重なっていきました。歌声はやがてハーモニーとなり、星たちは甘美な調べにあわせて静かに踊りだしました。文太は歌うのも忘れてその光景に見入りました。

 星たちは踊りながら、文鳥たちの頭の上にきらきら光る粉をまきました。それは眠りの粉でした。

 眠りの粉はまるで雪のように静かに降ったので、もし今ここに雪がいたら、文太は「雪っていうのはこういう感じなんだ」と教えてあげる事ができたでしょう。

 空高く昇って行くにつれ、星たちの輝きは少しずつ小さくなっていきました。そしていつのまにか、白く変わっていく空に溶けるように消えたのでした。

 すべての文鳥たちは眠りにつき、木の葉だけが静かに風に揺れました。

 その風は夜の名残りを惜しむ月がもらした、ため息だったかもしれません。


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