文鳥まつり(5/5)
(九)
短い眠りからさめると、文太はゆっくりと辺りを見回しました。羽をつくろっている文鳥や、まだ眠っている文鳥もいます。みんな、楽しい夢からさめてしまった時のような、少しさびしそうな顔をしていました。
文太は夕べの出来事を、ずっと昔に起こった事のように感じました。それともすべてが夢だったのでしょうか。
「おじさんはどこにいるだろう」
文太は眠っている文鳥たちを起こさないように、静かに広場の上を飛びました。
「ああ、いた、おじさん」
おじさんは葉っぱのお皿に残った木の実を食べていました。文太は「やっぱり本当にあったことなんだな」と納得しました。そして一緒に木の実を食べました。この間にも何羽かの文鳥が自分の家へと帰っていきました。
おじさんと文太はみんなと同じように、さよならを言うかわりに広場の上を二、三度旋回しました。文太はぴよ丸と、それから雪はどうしたろうなと思い探してみましたが、姿を見つけることはできませんでした。文太は雪の小首をかしげた様子を思い出そうとしましたが、その面影は淡雪のように、はかなく消えていきました。
ふたりは広場を後にし、昨日立ち寄った川へ行きました。
朝の水は昨日来た時よりもずっと冷たく、凍っていないのが不思議なくらいでした。文太とおじさんは冷たさをこらえ、なんとか顔を洗いました。おかげですっかり目がさめたようです。
そろそろ行こうかという時に、おじさんは文太に質問をしました。
「家からここまでの道を覚えてるかい」
文太は「うーん」と首をかしげながら考え
「分かるところと分からないところがあるよ」
と答えました。するとおじさんはこう言いました。
「これから家に帰るけど、ちゃんと道を覚えておかなきゃいけない。ひとりでもここへ来られるようにね」
文太は、なぜおじさんはそんな言い方をするのだろうと驚きました。文太は正太君の家で、ずっとおじさんと仲良く暮らしていくと思っていたからです。来年もきっとふたりで文鳥まつりに来るでしょう。文太はそんな事を考える必要がないくらい、この暮らしがあたりまえに続く事だと思っていました。けれどおじさんは、いつだってこの先何が起こるかわからないという事を知っていたのです。
「わかったよ、おじさん」
文太はなんだか悲しくて、泣きたいような気持ちになりました。おじさんは自分の頭ではなく、文太の頭をやさしくなでました。
おじさんと文太は来た時と同じように、二日間かけて家へ帰りました。鶏小屋で餌をご馳走になり、日ざしが羽を焦がしそうなほど強くなると、木陰で昼寝をしました。文太は一生懸命道を覚えながら飛びました。
(十)
夕方、正太は家の中で文太とおじさんの帰りを待っていました。予定では今日帰ってくるはずです。
文鳥たちが旅立ってから、気が付くと正太は空ばかり見ていました。
すっかり夏が居座り暑さがきびしくなっていました。けれど正太はクーラーをつけず、文鳥たちがいつでも入ってこられるように、窓を開けたままにしていました。
正太は窓から顔を出して、空のあちこちを見渡しました。けれど文太とおじさんの姿は見えません。正太はテーブルの上の新聞を持ってきて、床にぺたんと座りました。そしてテレビでも点けようかな、と思ったその時です。
「ピピピッ」
ずっと待っていた声が、正太の耳に飛び込んできました。
「正太君、ただいま」
「坊ちゃん、ただいま帰りました」
「文太!やじろべえ!」
正太は立ち上がり、両手を差し出しました。文太は正太の指に止まり、おじさんはぐるっと正太の周りを回ってから、頭の上に止まりました。正太は
「おかえり」
と言って、文太の背中にほおずりしました。
「正太君、くすぐったいよ」
文太は嬉しそうに言いました。
おじさんは正太の頭の上から、肩の上にぴょんと飛び降りました。
「坊ちゃん、正太坊ちゃん」
「ん、何だい、やじろべえ」
正太はにこにこしながら聞きました。
「もし、青菜があったらいただけませんかね。どうにもおなかがすいちゃって」
そう言って、おじさんは自分のごま塩頭をつるりとなでました。
(十一)
五時過ぎ、お母さんは豆苗を買ってきてくれました。文太とおじさんは大喜びで食べました。お父さんもきっと、帰ってきたらすぐ鳥かごを覗き込むでしょう。
けれど文太とおじさんはひどくくたびれていたので、早いうちから眠りにつきました。
文太は、小さな鳥かごの中で夢を見ました。夢の中ではたくさんの文鳥が楽しそうに踊っていました。おじさんも、ぴよ丸も、途中で会った若い文鳥も、そして雪もいました。
夜空には文太の夢の中と同じように、星たちが静かにまたたいていました。
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