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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第6回 「見せびらかしてやりたい」

 ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮しょひ」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集しゅうしゅうする人たちがいる。
 連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセイを添えてもらう。

 大学の徽章きしょうが所狭しとプリントされた賑やかな包装紙。かの有名な本の街、神保町のランドマークである三省堂で昭和初期に使用されていたブックカバーだ。

 2001年に創業120周年を記念して発行された冊子『本と文化の窓 三世代 三省堂書店』によると、昭和の初め頃には「学生のデパート」として「大学の教科書や本はもちろん、文具、洋服、果てはスキー用品まで」学生生活におけるあらゆる必需品を取り揃えていたとある。
「STORE YOU APPROVE(あなたが認める店)」のフレーズの通り、学生をはじめとした多くの若者達を満足させる魅力的な場所であった様子が伺える。

 冊子にはこのブックカバーの画像とともに、次のような文章が書いてある。「当時、大学生といえば徽章入りの帽子をかぶり、意気揚々と街を闊歩していたものだ」と。
 学生街という立地と徽章入りの帽子を被って街を歩く学生達の姿がアイデアとなり、このブックカバーが登場したのだろうか。

 今見ても斬新でお洒落なデザイン。当時の若者達のハートをグッと鷲掴んで大好評を博したはずだ。
 知人から「本屋に行って本を買ってブックカバーを巻いてもらった」と聞けば、今でこそ「はぁ……そうですか」となるだろうが、昭和初期の東京では「わざわざこの包装紙でカバーした本を持ち歩きたくて、神田まで足を運ぶお客様も多かった」と冊子に書かれているくらいだから、当時はきっとこうした話題で「うぉぉマジか!いいなぁ!」「いやぁどうしても欲しくてさぁ」なんて言ったりして、語り手聞き手の双方さぞ盛り上がったのではないだろうか。
 ちなみに、カバーに徽章が掲載されなかった学校からは苦情が殺到したそうだ。

 巷にはブランド物の紙袋を持ち歩く人がいるが、なるほど、このブックカバーを目にするとそうした行動を取る人々の気持ちがわかるような気がする。見せびらかしてやりたいという欲求を掻き立てられるのだろう。

 私も、このカバー付きの本を手に持って闊歩する自分を見てもらいたい!
 かつて多くの人々の胸に沸き起こったであろう感情が、今を生きる自分にも同じように芽生えているのが何とも面白い。
 街に出なくとも、こうして目の前にカバーを広げて眺めているだけで、何だか自分がすっかり知的で文化的な人間であるかのような気分になってくる。

 知の探訪者である学生達のエネルギッシュな空気を汲み取り、それを紙の上に散りばめた三省堂書店の、この古さを全く感じさせないカバー。それにしてもどんな人物が発案したのだろう……。
 一枚の紙のその向こう側を、無性に覗き込みたくなったのだった。


文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。


筆者近影


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