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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第5回 「街の記憶」

 ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮しょひ」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集しゅうしゅうする人たちがいる。
 連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセイを添えてもらう。


 その日、私はおそらく、訪れる機会がそうそう無いであろう見知らぬ街の航空写真を、携帯電話の小さな画面越しに見つめながら思いを巡らせていた。

 細かく描写された建物がスタイリッシュに映るブックカバー、秋田市の石川書店とある。
 真っ先に「この本屋はまだ存在するのだろうか」と宙に問いかけた。
 本よりも建物がシンボルと言わんばかりデザインがなんだか新鮮に思えて、その建物が現存するのか否かを無性にこの目で確かめたくなった。
 とは言え、九州の片田舎から突如「秋田に行ってきます!」なんてことは出来るはずもなく……。「そんな時にこそ文明の利器を!」と勢いよく掲げた携帯電話。

 ネットの検索窓に県名と書店名を打ち込むとすぐさま店の情報が表示された。
 検索結果が出るまでの数秒間によぎった不安はとんだ見当違いだった。拍子抜けするくらい立派なホームページが画面に映し出されている。お店が健在であることに「おぉ!」と思わず歓声が上がる。

 おまけに店がはじまったのは明治期との情報もあり、そうなるとなんと創業110年以上……。
 大正10年からは官報・政府刊行物を取り扱いを始め、昔から住む地元の人々にとってはお馴染みの書店らしい。
 遭遇する情報一つ一つが想定外過ぎて「ほぇ〜! はぁ〜!」となりながらも、肝心の建物の情報が一切出てこないので焦る気持ちばかりが募った。

 ここまでくると外観まで確認しないと夜も眠れない。いよいよ地図のアプリを起動し、航空写真で確認することに。

 表示された石川書店の住所にはまさかの古めかしいホテルが建っていた。詳しく調べた結果、この書店は1977年の時点でホテルの館内で営業し始めたとのこと。予想の斜め上を行く事実を目の当たりにし、力が抜けて拡大した地図をただただ眺めるしかなかった。

 このブックカバーに描かれた建物は恐らく、昭和50年より前には壊されていたのだろう。
 大通りの交差点という好立地に加えて、ブックカバーに起用するほどだからきっと当時はさぞ目立った建物ではなかったのだろうか。

 だが、建物はひとたび無くなってしまうと人々の記憶から忘れられるのは残酷なまでに早い。
 この1枚の紙に刻まれているのはきっと今は誰も気にも留めなくなってしまった過去の街角の記憶だろう。それが秋田から遠く離れた場所にいる私の心を今こうして揺さぶっている。
 穏やかな北風に吹かれているような、何だか不思議な気分だ。


文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。


筆者近影

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