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なぜ朝カレーは存在しないのか

「朝カレー」への視点

 朝カレーなんて言うと、恰も朝専用のカレーがあるかのように思われるが、基本的にそんなものはない。(実際には無いことも無いのだが)。

 例えば、昨日の夜のカレーを朝温めて食べる。そのカレーは朝用に作られたものではないけれども、典型的な朝カレーの在り方であると言って良い。

 では、朝カレーという概念は何によって規定されるのだろうか。これは朝カレーの「朝」性を巡る探究である。

 朝カレーの「朝」は、カツカレーの「カツ」のはたらきと相当に異なる。カツカレーとはカツが乗ったカレーに他ならず、単なるカレーとカツカレーを分つのはあくまでカレー側の性質、即ちカツがカレーに乗っているか否かである。勿論のことだが朝カレーに朝が載っていたり入っていたりはしないし、朝はカレーの在り方を規定しているのではない。

 次に金沢カレーについて考える。金沢でカレーを食べた場合、それは即ち金沢カレーであるといえるであろうか。答えは否である。金沢でカレーを食べたとしてもそれが金沢カレーの特徴(千切りキャベツが乗っている、等)を満たしていない限りはそれは金沢カレーではないからである。また、逆に、金沢カレーは金沢の地以外で食べることも可能である。例えば、東京で食べるゴーゴーカレーは等しく金沢カレーであるからである。これは、金沢カレーはカツカレーと同様、カレー側の性質の問題として規定されているということである。対して、夜にカレーを食べることを朝カレーということは困難であり、このことは朝カレーがカレー側の性質で規定できないことを物語る。

 このように、朝カレーをカレー側から規定することは難しい。繰り返しになるが、これは朝カレーの朝がカレーを形容しているわけではないということの証左であると言えるだろう。普通、カツカレー、シーフードカレー、ポークカレー、ビーフカレー、のカレーの前につく言葉はカレーを修飾するもの、つまり、カレーの在り方を形容するものである。が、朝カレーはそうではない。朝カレーの朝は「カレーを食べること」を修飾しているのである。つまり、朝カレーはカレーを「いつ食べるか」を表す要素であって、そのカレーがどのようなものかを修飾する要素ではないのである。このため、朝カレーの朝はカツカレーのカツと競合しない。カツカレーを朝食べた場合もそれは朝カレーなのである。

 さて、そこで一つの疑念がある。朝カレーは食べることができる、そういった種類の概念なのだろうか、という疑問である。

 この点の意識を調査すべく、阪大カレー愛好会は下記のアンケート調査をTwitterで行なっている。結果は以下の通り。


考察:「朝カレーをする」と「朝カレーを食べる」


晩酌タイプ

 筆者の内省では、「「朝カレー」を食べる」という表現は若干据わりが悪く、「やや不自然」に1票を投じた。「「朝カレー」を食べる」でも言わんとすることは確かに伝わるが、そのようなときは「「朝カレー」をする」と言う方が自然であると感じたためでもある。例えば、「晩酌をする」は自然だが、「晩酌を飲む」はやや据わりが悪い。この直感を朝カレーにも感じたのである。私には朝カレーは食べられるタイプの対象ではなく、「するもの」であった。これを晩酌タイプと名づける。

焼肉タイプ
 一方、「「朝カレー」を食べる」を自然だと直感した話者が多かったこともまた貴重なデータである。恐らく、自然だと直感した話者は「「朝カレー」をする」という言い方もまた自然だと感じると思われ、朝カレーを「食べること」も「すること」もできる対象だと捉えているものと思われる。これは、朝カレーが焼肉や手巻き寿司と近接していることの証拠である。焼肉や手巻き寿司も「(を)食べる」「(を)する」の両方を述語にとることができるからである。これを焼肉タイプと名づける。焼肉や手巻き寿司は食べる対象になり得ると同時にすることととしても我々に捉えられている。

結び


 先述したように、朝カレーはカレーを「いつ食べるか」と関わっており、朝カレーの朝はそのカレーがどのようなものかを形容する要素ではない。従って、朝カレーとは「朝にカレーを食べること」であると言える。朝カレーと同じく「いつそれを飲み食いするか」を表す「晩酌」は飲むを述語に取りにくいのに対して、「朝カレー」は食べるを述語にとることが過半数の話者に許容される。このことの理由については一層の考察が必要であり、本稿はこの問いに対しては何も答えていない。

 朝カレーについて考えるものは、「するもの」であり「食べるもの」であるというこの両面の交渉について省察する必要がある。この問題意識を提起したことに本稿の意義がある。

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