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川端康成の『東京の人』と『女性開眼』

という長編小説がある。
『女性開眼』は、盲目の女性が主人公の作品で、タイトルで開眼とあるように、中盤、手術により眼が視えるようになる話だ。
新潮版の川端康成全集の第9集を丸々使っている、なかなか長い作品である。

この小説はもはや余程のファン以外は読んでいないし、存在すら知られていない作品だと思われるが、今作は哀しい姉妹の話でもある。
主人公たちは、生き別れの姉妹なのである。

川端はこの頃、『美しい旅』という、これもまた盲目の娘が登場する話を書いていて、それには奇跡の人ヘレン・ケラーなどが関係しているようだ。

そして、川端は今作で、眼が見えない人が見えるようになった時の、新鮮な気持ちを文章として表したいという希望があったようで、中盤、手術が成功し、見えるようになってからの描写は確かになかなかいい。目を初めて開いて、「あ。あ。あ!」と驚くシーンは新鮮である。
いいのだが、結局眼が見えるようになると、世俗の嫌な部分が見えてくるもので、話の焦点はそちらに移ってくる。
心優しいヒロインは目が見えるようになるが、彼女に興味を持つ男に犯され、その生き別れの姉は彼女の為にその男の元へと向かうという終局である。

聖処女を代表する女性、または山猫のような気の強いモダン乃至は野生の女性、という二つのパターンを川端は愛している。
『女性開眼』はその役割を姉妹に置いている。
この二人の名前は忘れてしまった……。

そして、『東京の人』という川端の最長編小説がある。

これは本当に長くて、新聞小説である。ホームドラマで、暗黒のホームドラマである。新潮の全集で二冊分に相当するので、『細雪』くらい長い。

戦後が舞台だが、父親である島木は疾走していて、ホームレスのような生活をしている。彼と奥方の敬子は再婚で、島木には弓子という、聖処女タイプのお嬢様がいる。
島木は川端的男性で、魔界寄りの人間である。彼は登場する度に、虚無的な台詞を呟く。
家は敬子が切り盛りしていて、彼女は中盤から宝石商を始める。
敬子には、新劇女優の長女朝子、社会運動に従事する弟の清がいる。
魅力的なのは、山猫タイプの朝子だ。彼女はこの作品で光っている。
清は義理の妹の弓子が好きでたまらない。変態である。こいつは出てきては、弓子に引かれていて(男前ではあるようだが)、読者を不安な気分にさせる。弓子もまんざらではないように見える時もあるが、基本的にはお兄ちゃんが不気味である。

着陸点がよくわからない作品だが、島木はこの世の涯にでも向かおうとするように堕ちていき、そして、彼を慕う元同僚の女性と仲を深めていく。

この、山猫タイプの朝子は舞台で共演したイケメン俳優と結婚したり、妊娠したりと、様々なドラマチックな展開があるが、非常に気性も荒いが、プライドも高い女性である。ぐんぐん作品を引っ張っていく。
勝手に、曽田正人先生のラップ漫画『チェンジ』の美紀ちゃんのイメージを持っている。

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この、朝子という姉、そして『女性開眼』における姉、どちらも山猫タイプだが、その実根は生真面目でまともで、黙って悲劇を引き受ける。

反対に、聖処女と思われる妹連中の方が、案外に強かで腹黒い部分も見え隠れする。

どちらの作品も、全集か古書を求めるしか読む術のない作品ではあるが、
『東京の人』は個人的には川端康成の作品ベスト3に入るくらい、川端的要素が充実しているし、文章も美しい。

私はキャラ立ちとかどうでもいいのだが、この作品に限っては、朝子という人物が大変魅力的で素晴らしい。

是非とも一読おすすめしたい作品です。

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