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【徒然草 現代語訳】第九十二段

神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。


原文

或る人、弓射る事をならふに、もろ矢をたばさみて的にむかふ。師のいはく、初心の人、二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑の心あり。毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思へといふ。わづかに二つの矢、師の前にて、一つをおろかにせむと思はむや。懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。このいましめ、萬事にわたるべし。

道を学する人、夕には朝あらむことを思ひ、朝には夕あらむことを思ひて、重ねてねむごろに修せむことを期す。況や一刹那のうちにおいて、懈怠の心ある事を知らむや。なんぞ、ただ今の一念において、直ちにする事の甚だかたき。

翻訳

或る人が、弓の稽古をつけてもらうにあたり、二本の矢を手に持って臨んだ。それを目にした師匠が、習いたての者は、矢を二本持ってはならぬ。つい二本目の矢をあてにして、一本目をおろそかにしてしまうからだ。その都度中る中らないを抜きにして、ただその矢のみに集中し的を定めよ、と云う。たった二本の矢を、それも師匠の見ている前で、一本は適当にやっつけようなどと思うものかね?ぞんざいな心持ちは、己では意識せずとも、ちゃんと師匠は見抜いているのだ。この戒めは、ありとあらゆることに当てはまるだろう。

ひとつの道を学ばんと志す者は、夕方になるとまた翌朝があると思い、朝になればなったで夕方があるとつい考え、それまでには集中しようと自らを奮い立たせる。そんな心づもりでは、一瞬のうちに気の弛みに気付くはずもない。今、まさにこの刹那に、やるべきことをすぐさま実行に移すことのなんたる難しさよ!

註釈

○等閑
読みは「なおざり」。

○懈怠
読みは「けだい」。

○夕
読みは「ゆうべ」。

○朝
読みは「あした」。


「今日出来ることを明日まで延ばすな」は、ベンジャミン・フランクリンの言葉、「明日があるさ」は、ウルフルズの歌ですね。

追記

私、花の水遣りと猫餌遣り以外は、たいてい明日に延ばします。

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