【徒然草 現代語訳】第百二段
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
尹大納言光忠入道、追儺の上卿をつとめられけるに、洞院右大臣殿に次第を申し請けられければ、又五郎男を師とするより外の才覚候はじとぞ、宣ひける。かの又五郎は、老いたる衛士の、よく公事になれたる者にてぞありける。近衛殿着陣し給ひける時、軾を忘れて、外記を召されければ、火たきて候ひけるが、先づ軾を召さるべきや候ふらむと、しのびやかにつぶやきける、いとをかしかりけり。
翻訳
弾正台長官でもあられた大納言光忠入道が、大晦日の鬼やらいの責任者をお務めになられた時のこと、洞院右大臣公賢公に儀式の手順について教えを乞われた際、又五郎を師とするほかによい手立てはございますまい、と仰られた。件の又五郎は、老練の衛士で、儀式の経験すこぶる豊富な者とのことであった。いつぞや近衛殿が所定の場所に着陣なさろうとして、膝の敷物をしかせるのをお忘れになり、外記をお召しになった、火の番をしながらお仕えしていた又五郎が、外記なぞお呼びになるその前に、まずは軾をお召しになるのが筋ではないでしょうか、とそっと呟いたという、いやはやたいしたもんだ。
註釈
○尹大納言光忠入道
ゐんのだいなごんみつただのにゅうどう。源光忠。弾正尹(弾正台長官)であった。弾正台は、風紀取締りの役所。後に大納言に昇進。
○追儺
読みは「ついな」。大晦日に宮中で行われる鬼やらいの儀式。
○上卿
読みは「しょうけい」。儀式の責任者。
○洞院右大臣殿
とういんのうだいじんどの。藤原公賢(きんかた)。鎌倉時代末期から南北朝にかけての公卿。有職故実の大家。
○又五郎男
またごろうをのこ。身分の低い者には「男」を附けて呼ぶのが慣わし。
○衛士
読みは「えじ」。宮中警護のため篝火を焚く者の雅称。
○軾
読みは「ひざつき」。膝にあてる敷物。
百一段にひきかえ、又五郎の立場が立場なだけに、こちらは痛快な話。
こういう段を読むと、約350年後の松の廊下の事件は、起こるべくして起こった感がありますねぇ。
追記
いつだったかのドラマで吉良上野介を石坂浩二が演じていて、あれは実にイケずでよかったなあ。