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『母をたずねて三千里』から読み解くイタリア移民

私は小さい頃からアニメを観る方ではなかったが、そんな私でも観たことがある『母をたずねて三千里』は、日本人にとって馴染みのある名作アニメの一つだろう。私も学童期にテレビで再放送を観て、子供ながらにインパクトを受けた。

当時はあまりよくわかっていなかったが、この作品は19世紀後半から20世紀初頭にかけて多くのイタリア人が経済的困難から逃れるために、アルゼンチンに移民した時代を反映している。私自身、イタリア移民5世であるアルゼンチン人の妻を持つ者として、改めてこの物語に注目してみたいと思う。


『母をたずねて三千里』のストーリー

このアニメは1976年に放送された『世界名作劇場』シリーズの一つ。私は30代なので、もちろんリアルタイムで観た世代ではないが、両親はこのアニメについて知っていた。私よりも若い世代はおそらく観たことがないのではと思い、簡単にあらすじを説明したい。

主人公マルコ・ロッシは、イタリア・ジェノバに住む12歳の少年で、彼の母アンナは、家族を支えるためにアルゼンチンに出稼ぎに行く。やがて手紙が途絶え、マルコは母を探すために単身アルゼンチンへ旅立つ。マルコはブエノスアイレスから広大なアルゼンチンを旅しながら、様々な困難や出会いを経験する。道中、彼は善良な人々に助けられ、時にはトラブルに巻き込まれながらも、ブエノスアイレスから遥か遠くのトゥクマンまで旅をし、最終的にマルコは母アンナと感動的な再会を果たす。

この物語は、1800年代後半のイタリア人作家エドモンド・デ・アミーチスの児童文学『クオーレ』の一編「アペンニーノ山脈からアンデス山脈まで」が原作だそう。親子の絆や勇気、そして困難に立ち向かう少年の成長を描いた感動的なストーリーだが、その背景には当時のイタリア移民の現実が反映されている。

イタリアからの移民の背景

19世紀後半のイタリアは、政治的な統一とその後の経済的な混乱に直面していた。私の妻の高祖父(曾祖父の父)が生まれたのも、ちょうどイタリア王国の首都がフィレンツェからローマに移った1871年だ。『母をたずねて三千里』は時代設定が1882年らしいので、偶然にもちょうど主人公マルコの年齢に近い。

特に南イタリアでは、農業が主な産業であったため、土地不足と貧困が深刻な問題となっていた。これにより多くのイタリア人が新たな生活を求めて海外に移住することを選ぶ。当時、南米は魅力的な移住先とされていた。特にアルゼンチンは広大な土地と労働力の需要があり、移民を積極的に受け入れていたからだ。

実際イタリア側の移民統計によると、1876年から1925年までの期間にイタリアから船でアルゼンチンに渡ったのは217万人と報告されている。もちろんマルコの母のように「出稼ぎ」としてアルゼンチンへ渡り、最終的にイタリアに戻る人たちもいたが、その一方で帰国せずにそのまま移民先に定住した人々も多くいたわけだ。

妻の高祖父ジョバンニ=バッティスタも、この時期に家族でアルゼンチンへ移住したイタリア人の一人。ちなみにアルゼンチンはスペイン語のため、当時彼は名前をスペイン語名の「フアン=バウティスタ」に変えられていたようだ。妻の実家に行くと高祖父母とその息子たちの白黒写真が飾られているが、まさにマルコの時代の雰囲気そのものだ。このようにルーツを辿ると『母をたずねて三千里』の物語と重ね合わせることができる。

現在のアルゼンチンにおけるイタリアの名残

現在でもアルゼンチンの人口の約6割が何らかの形でイタリア系のルーツを持つといわれている。アルゼンチンはイタリア移民がもたらした多様なレガシーを持つ国であり、彼らは都市の発展にも大きな影響を与え、そのカルチャーは現在でも強く根付いている。

例えば、ピザやパスタといったイタリア料理はアルゼンチンの日常的な食文化に取り入れられており、牛カツレツにトマトソースとチーズをのせた名物料理は「ミラネサ・ナポリターナ」(ミラノ風ナポリ風の意)と呼ばれている。またブエノスアイレスのスペイン語はイントネーションが独特で、しばしば「イタリア的」と形容されることがある。話すリズムや抑揚が強調される傾向があるので、他の南米のスペイン語と響きが全く違う。

まとめ

『母をたずねて三千里』は、単なる冒険物語ではなく、家族の愛や歴史的な背景、移民の現実を深く描いた作品だ。私たちがこの物語を通じて学べることは、過去の移民たちがどれほどの努力と犠牲を払って新しい生活を築いたか、そしてその経験がどのように現代に生きる私たちに影響を与えているかということだ。

単一民族である我々日本人は、家族のルーツを辿ることに対する関心は比較的低いかもしれないが、今日の世界のグローバル化が進むにつれ、家族の歴史やルーツを探ることは、自己理解や文化的なつながりを深める重要な手段となるだろう。


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