電車に忘れられた傘から涙が出た話
▼前回のお話
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ついついやろうとして忘れてしまうことに、「骨の折れた傘」の処分がある。骨が折れていることに気づくのはほとんどいつも傘をさすときだ。
「あ、雨がふってる。そうだった。骨が折れてたんだ・・・」
折れたままの傘をさして地元の駅に向かう。これがパターン。でも、案外折れたままでも雨をしのげる。バッサバッサと傘をふり、水を飛ばす。そして、改札を抜ける。
編集部のある御茶ノ水に向けて長い長い電車時間が始まった。
「・・・御茶ノ水駅に到着します」
「・・・どこかで聞いた駅名。御茶ノ水・・・御茶ノ水!?」
カッと目を見開き、急いでドアを抜ける。眠っていたのだ。
幸運にも、御茶ノ水は雨だった。幸運ーー?
というのも、同じ東京といえども私の住む地域と大都会御茶ノ水とでは気候が異なることがある。私の地域では土砂降りで、御茶ノ水では快晴、ということがよくある。そうなると、傘を忘れて下車してしまうことがあるのだ。御茶ノ水は、土砂降り。だから、幸運だった。
改札を抜けるとき、JR東日本が忘れ物の保管期間を3ヶ月から1ヶ月に短縮したことを思い出した。
忘れ物が年々増えているらしい。その忘れ物の中にはもちろん「傘」も含まれている。傘は保管するのに広い敷地が必要であり、にもかかわらず返却率は1割。
つまり、電車内で忘れられた傘のうち10本中9本は持ち主の手に戻ることはない。
なんだかもったいないなあ、そう思いながら傘を開く。
「あ、骨が折れてる・・・!」
もう忘れている。困ったね、と独りごちながらやたら待たせる信号を渡り、職場へ向かう。
退勤。
すっかり夜になった御茶ノ水は、かつてほどの賑わいはない。あのウィルスのせいで、どこもお店は閉まっている。どこからともなく漂う鉄板焼きの香りはもはやなく、かわりにどことなく磯っぽい神田川からの香りがただ、漂うだけだ。そしてそれも、ちょっとした微風によってどこかへ消える。
ポツポツと雨が降ってきた。さて、と傘を開く。そこから先はいつもの通りだ。
どうやって傘を捨てようか、そもそも可燃だろうか不燃だろうか、そんなことを考えながら私は、再び改札を抜ける。
朝と同じように、また長い長い退勤電車に乗る。そういえば、通勤電車はよく聞くけれど、退勤電車はあまり聞かない。それはなぜかしら。そんなことを考えているうちに、瞼が重くなってきた。
誰かが、膝を叩いている。一瞬のパニック。その後に気づく。終点だったのだ。爆音の流れるイヤホンを外し、いや、どうも、とか言いながら立ち上がる。ふと窓をみた。大量の雨粒がついていた。
「また雨か・・・」
しかし、雨は降っていなかった。今度は逆で、大都会は土砂降りで、こちらは降っていなかったのだ。窓についた雨粒はその名残だった。
さっと、ドアを出ようとしたときに気づいた。あぶない。私は銀色の手すりにかけた傘を手に取った。
誰も乗っていない止まったままの車両には、ポツポツと傘が忘れられていた。改札へ続く階段まで他の車両を覗いてみたが、やはり傘はいくつか忘れられていた。
忘れられた傘の先からは落ちた雫が、床面に線を引いていた。おそらく持ち主の手元には戻らないほとんど新品のビニール傘は駅員さんに回収されるのをただ待っていた。
ビニール傘はどこででも気軽に買えるし、それゆえ個性がない。だから、忘れても取りに行く気が起きないのかもしれない。ズラッと並ぶ同じ見た目のビニール傘を前にして、「これこれ、これがさっき買った傘なんだよねー」とはならない。もはや、ビニール傘は単なる使い捨てグッズなのだ。
改札を抜けると、生ぬるく湿った風が吹いていた。地面も少し濡れているように見える。これから降るのか、それともこれまで降っていたのか、そんなことを考えながら帰路に就いた。
家に到着する寸前、ポツポツと降ってきた。
ふと、車内に置き去りにされた傘たちを思い出した。電車の到着がもう少し遅れれば、誰かが傘を持って行ったかもしれないのになあ、と。もちろん、これは泥棒だ。でも、傘にとっては関係ない。少なくとも、暗い忘れ物コーナーで捨てられるのを待つよりも、雨に打たれたいはずだ。
「ささなくても大丈夫そうだな。あと少しだし。」
私はいつもの場所に傘をかけ、家に入った。
翌朝、雨が降っていた。そうして私はまたふりだしに戻るのだった。
次回へ続く
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