新・『行動を起こしてもらうための理論』を、ライティングに応用しよう

第1回では理論を第2回では応用をお伝えしました。

今回は、これらをもうちょっと先に進めたお話。行動経済学の新しい理論を使って、行動を起こしてもらう文章の作り方を考えていきます。

「強制」ではなく「軽い促し」で選択肢を誘導する

2017年にノーベル的な経済学賞を受賞した、リチャード・セイラーという方が提唱した理論。
それが、「ナッジ理論」です。
ナッジとは「nudge」、すなわち「小突く」「肘でちょいちょいとやる」みたいなこと。

「コレをしろ!」「アレをしろ!」と強制したり命令したりしても、拘束力がなければ人は従いません。むしろ反発して、逆のことをしてしまうこともあります。

一方で、「コレをしたくなるような仕組み」や「アレをしたくなる、軽い促し」があると、「コレやアレは、自分が考えて選んだ、自分の選択だ」と思って、素直に行動に移してくれます。

「無限の選択肢」からは、何も選べない

我々の日々の行動のなかで、何をするか・何を選ぶかの選択肢は、それこそ無限に存在しています。

ですが実は、無限にあるなかから選ぶのって、大変だし、ストレスなんですよね。選ぶ方も、ある程度の選択肢がほしい、と思っているのです。

知り合いと食事に行くとき、「何食べたい?」って聞いて「なんでもいい!」って返されると、困っちゃいますよね。選択肢が無限から減っていないので。
ご飯系とか麺系とか、和洋中とか、カレーとかラーメンとか、ちょとずつ選択肢を絞りたいのです。

いざカレー屋さんに入ったとして、
「ウチは何でも好きなように決められますよ! ご飯の量は800万段階、カレーの辛さは0辛~1億辛まで、入れる野菜も肉もなんでもすべてそろっているので、食べたい物を残らず教えてください!」
みたいな感じだったら、注文がなかなか決まらないですよね。
「イエローカレー、ご飯は普通盛り、3辛で!」みたいな注文ができるのって、実は選択肢を絞ってくれているからこそ可能な、ありがたいことなのです。

無限の選択肢から、選んでほしい選択肢を目立たせる

例えば、定食屋さんでお昼のランチを食べるとします。ランチ定食は、松・竹・梅、のランクがあるとすると……多くの人は、真ん中の竹を選んでしまうのだそうです。

これは4段階にしても同じで、一番ランクが高く高価なものと、一番ランクが低く安価なものは敬遠される傾向があります。
このように、示された選択肢でもっとも上やもっとも下の選択を避ける「極端性の回避」や、悩んだときはなんとなく一番無難そうな(真ん中くらいの)選択肢を選んでしまうという傾向によって、上記のような結果になるのです。

極端なことを言えば、「竹」を選ぶことが本当に最適か? は、関係していません。
「竹」が消費者にとって一番値段効率が悪い(お店側としては、利益が出るので一番売りたい)商品かもしれません。
あるいは大盛りが有名なお店で、梅が他店の普通盛りくらい、竹だったら他店の超大盛りくらい(松はフードファイターレベル)で、とてもじゃないがお昼には食べきれない……。
でも、消費者の多くは竹を買ってしまうのです。

もし、550円の定食と、700円の定食があり、お店的に700円の定食をたくさん売りたいとしたら。思い切って、1,000円の定食を作ってみましょう。すると、550円と1,000円は「極端だ!」ということになり、消費者が避けてくれます。
反対に、550円の定食を売りたいのなら、その下の500円定食を作ることで同様の効果が見られるでしょう。
あえて選択肢を増やすことで、目立たせたい選択肢を目立たせる、ということも可能なのです。

ナッジ理論の実践例をちょっと見てみる

もっとも有名なナッジ理論は、「便器のハエ」でしょう。
男性用小便器を使ったことがある方や、パートナーに男性がいる方ならご存じだと思いますが、男性は、大変へたっぴです。めちゃめちゃ散らばります。ところが、小便器の中にハエの絵を張り付けたところ……みんな、こぼさなくなりました。狙いが正確になったのです。
これによって、アムステルダム・スキポール空港のトイレの清掃費は80%削減されました。同空港はオランダにおける最大級の空港。その費用削減効果は、けっこういい感じです。

居酒屋などのトイレに行くと、壁にいろいろ書いてあるんですよね。男性諸氏は知っていると思います。「もう一歩前へ」とか。そういうのじゃあ、あんまり効果はない。
でも、ハエの絵があると、狙いたくなっちゃいます。「ハエ」というのもかなり良くできていて、トイレの小便器内に存在していても不思議ではなく、嫌味がない、というのがポイントだと思います。別のものだと、「なんか、意図があってやってる感」がすごく出てしまって、ここまで素直に従ってくれなかったでしょう。

ほかにも、
野菜の消費量を上げて健康を増進するため、スーパーのショッピングカートに「野菜置き場ゾーン」を設置。結果、野菜の消費量が倍増。何も区切りがなければ野菜を買わなかった人も、「ここには、野菜を置くのか」と意識するだけで、普段買わない野菜を買うようになりました。

「多くの人が納税しており、あなたは未納税の少数派です。」というチラシを、税金未納の家庭に投函。結果、納税率が20%アップ。それまで「税金を納めてください!!!」と言っていたときよりも、効果が大きかった。

上記のような例が有名です。

人は、合理的ではない

人の判断や選択は、まったく合理的ではありません。

例えば「お酒のグラス」も、実は選択を誘導されています。
あなたにとって適切な飲酒量も、今飲みたい量も、決まっています。でも、お店でお酒を飲む限りは「グラスに注がれただけ」という単位でしか、お酒を飲む方法がありません。
もうちょっと飲みたくても、1杯まるごとはいらないな、と思ったら、それ以上は頼まないでしょう。
ちょっとほろ酔いよりも過ぎてしまっていて、できればもうアルコールは摂取しないほうがいい、とわかっていても、「グラスに残ったお酒」は、飲み干してから帰ると思います。

このように、思わぬところで選択を誘導されたりしていますし、その誘導に乗らざるを得ない状況に置かれたりしています。

ナッジ理論に限らず、行動経済学の全体が「人の合理的でない行動」は、「なぜ本人は合理的だと考えて、それを選んでいるのか?」という研究でもあります。

まとめ1:ナッジ理論を使う上で押さえておきたいポイント

強制はNG。「軽い促し」や、「ちょっとした気づかせ」
強制しても、決して行動してくれません。いくつかある選択肢のなかから、「自分で選んだ」と感じてもらうことが重要です。そうすると、人は一貫性をもちたがるので、「自分が選んだのだから、間違っていないはずだ!」と、勝手に確信し、強く信じ込もうとさえしてくれます。選択したことそのものに、固執してしまうのです。
ポイントは、「違和感がない促し」です。わざとらしくなっていないか、セルフチェックするのはもちろん、第三者にチェックしてもらうのも手です。

選択肢はなるべく絞る
選択肢が多すぎると、選ぶことに悩み、疲れ果ててしまい、結局「選ばない」という選択が一番無難なような気がしてしまいます。ユーザーがそうならないために、選択肢はなるべく絞りましょう。

選択肢を少なくするとはいえ、3種類は残したい
松・竹・梅の理論を使いましょう。人は極端性を回避するので、真ん中に一番やってほしい選択肢を入れると良いでしょう。
これはなにも、値段ということだけではありません。行動の難易度に当てはめることもできると思います。

松:直接訪問していただくか、こちらから伺って説明します。
竹:お電話でお問い合わせください。
梅:メールでお問い合わせください。

人は、一番無難な行動を選びます。松竹梅を用意することで、「選ぶか、選ばないか(の、どちらが無難か)」ではなく「どれを選ぶか(どれの選択が無難か)」という段階に誘導することもできるでしょう。

まとめ2:自分は誘導されないようにね! 悪用もダメよ!

人が合理的でない行動をとる理論を応用されてしまい、合理的な考えでは到底買うはずがないものを、騙されて買ってしまう。
と、いうようなことがないようにしましょう!

「なんか、しなきゃいけない気持ちになった」とか「自分が下した選択に、固執しているな」と感じたら、いったん立ち止まって考え直してみるといいと思います。我々は意外と、思わぬところで誘導されています。

そして、これらの理論を悪用してヘンなモノを売りつけたりしないようにしましょうね!

誠実にいいモノを制作すること以外、勝利への道はなし。

それでは、みなさんに良きクリエイターライフがあらんことを。

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