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【若手の方へ】研究者の道と恋愛

研究者の道を目指す・博士課程に進む人向けの記事を見ると、大方、「研究以外のものを捨てる覚悟を持て」的な脅し文句を見つける。

・同級生が人並みの給料をもらって出世していく中、むしろお金を払う側の学生を続けていかなければならない
・結婚はあきらめた方が良い
・ポストは保証されていない
・孤独
等々。

間違いではない。が、個人的には、捨てて捨てて研究者を目指すよりも、欲しいもの全て手に入れて研究者になっていく人の方が心惹かれる。金の問題も改めて書こうと思うが、本記事では博士課程と恋愛・結婚に焦点を当て、博士課程での生活やその後のポスト争い=大学教員公募と関連付けてあえて挑戦的なことを書く。

1.結婚も恋愛も、機会があればすればいい

私は、別に諦める必要も捨てる必要もないと思っている。確かに、研究者界隈には独身勢が多くいる。しかしそれは、彼らが自ら結婚の機会を捨てたのではなく、機会に恵まれなかったまたは単に興味がなかっただけの場合が殆どである。機会に恵まれないという言い方も、受け身的で好きではない。機会は降ってくるものではなく自ら探していくものであり、それは恋愛も結婚も同じだと思う。研究者を目指す、博士課程に進学することを恋愛・結婚をあきらめる理由にする人は、おそらく研究者を目指さなくとも恋愛・結婚はできないだろう。
確かに、恋愛にはそれに割く精神・時間が必要だ。上記の厳しい「脅し」を言う人は、その時間を研究に充てることを想定しているのだろう。ただし、実際、四六時中研究では気が滅入る。息を抜く時間が必要だ。その時に、好きな人が側にいれば、あるいは好きな人と連絡を取り合うことができればどれだけリラックスできるだろうか。研究だらけでただでさえ気が滅入りやすい博士課程の生活である。むしろそういう人が人間らしさを維持するためにも、恋愛は必要な要素の一つであると思う。別に、無理に恋愛しろと言っているわけではない。恋愛に代わる何かでももちろんよい。とにかく、活躍が期待される若手研究者ほど、恋愛のような研究外のリラックスポイントが必要である。
博士課程での結婚は、確かに勇気がいる。ただし、学振など取れていてある程度収入があれば、踏み切るのも手だと思う。人によるが、結婚していた方が尻に火が付き頑張れるというパターンも割とある。

2.大学教員公募における既婚と独身

時勢的にふさわしくないが、履歴書に配偶者の有無を書かねばならない時がある。私も、公募書類を提出した大学の半分ほどがそのような欄を設けていたと記憶している。ここには、大学側のある思惑が潜んでいる。
昨今、大学教員の不祥事が後を絶たない。特に、教員が学生に手を出す事案には、大学側も頭を抱えている。新たに採用する人は、そのようなリスクが低い方がいいに決まっている。リスクが高いか低いかのみの視点から見れば、一般的に、既婚者の方がリスクは低い。しかも、既婚者はある程度の人格が保証されている(気がする)。既婚者の方が、対人関係でのリスクが低いと推定されるのだ。
「(申請者が)既婚なのは大きい、有利だ」というのは、実はよく言われる話である。既婚ステータスは、こういう打算の下で得るものではない。ただし、公募戦線において(おいしい)おまけも付いてくるということは、覚えておいてもよいだろう。男側からすれば、パートナーはまさに勝利の女神になりうるのだ。

3.パートナーは研究の支え・心の支え

強調しすぎてしすぎることはない。研究には、体力も精神力も使う。研究者を目指すのであれば、博士課程でその訓練をする必要がある。誰もが通る道だ。その時に、パートナーの存在ほど心強いものはない。相手の理解があるならば、研究は研究、恋愛は恋愛で存分に楽しむべきだ。

もし、研究者の道とパートナーとの今後を天秤にかけている方がいたら、そんな愚かなことはやめていただきたい。勝利の(女)神を手放しかけているかもしれないのだ。
研究者としての道をつかみ、パートナーとの幸せもつかむ。それくらいの心意気の方がよいと思うし、戦略的にも優れていると思う。


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