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やっぱりこれからは図工・美術だ_01 学びはすべてつながっている[後編]

世界的に活躍されているアートディレクター/アーティストの増田セバスチャンさんと、東京都葛飾区立こすげ小学校の堀江美由紀先生に「学び」について語り合っていただきました。創作活動をしながら子どもと一緒にワークショップを行う増田さんと、企業でのアートディレクターという経験を経て図工の先生になられた堀江先生、共通点の多いお二人のお話から、新しい図工・美術の可能性が見えてきました。

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前編は以下よりご覧いただけます。

増田:先生という仕事はやっぱり大変だと思います。以前NHKの「課外授業 ようこそ先輩」という番組に出演して母校の小学校で授業をしたとき、小学生の一人ひとりのパワーがすごくて、授業の後ものすごく疲れていたのを覚えていますよ(笑)。

堀江:本当にすごいパワーですよね。楽しくて仕方がない、楽しいことをもっとやりたいんだ!というパワーにわたしも圧倒されます。でも楽しそうにしている子どもたちの姿を見て、これが大事なんだと自分に言い聞かせています。そして、楽しいことを「楽しい!」と感じられる心をもったまま大人になってほしいと常に思っています。

増田:僕が小学校低学年くらいの子どもを対象にしたワークショップをやると、最終的にはなぜか子どもがくっついて離れないんですよ(笑)。どうしてだろうと考えたら、僕はいつも子どものことをひとつだけほめるからなんですね。無理にほめようとしているのではなくて、これが面白いから、この子が見せたいのはここなんだなと「ピックアップする」という感覚。その子の一番の特徴をピックアップするという感じです。

堀江:それは、増田さんがちゃんと見ているからですよね。子どもって自分が見られていないと感じると反応してくれないのですが、はじめて会った先生でもその子がやっていることをじっと見て「あ、それいいね!」と伝えると、目がキラッとするんです。たとえばドラえもんの絵ばかり描いていた子どもの頃の増田さんが誰かに

「いつもドラえもんを描いていてすごくいいね」と言われたら、「ぼくが毎日ドラえもんを描いていることを知ってくれているんだ」と感じたのではないでしょうか。

増田:子どもの頃を思い返すと、たしかにそうですね。

堀江:「わかっている」ということが大事なのだと思います。そういう意味では、増田さんが描くことを認めてくれた存在はいたのですか?

増田:ノートに連載していた漫画を、クラスのみんなが回して見てくれていました。あと、中学校に上がってからは、架空のバンドのロゴをたくさんつくっていました。それは今の仕事に役立っていますよ。小学生や中学生の頃にやっていたのは単なるらくがきみたいなものですが、それが今すごく役立っているので、無駄じゃなかったと思います。でも、子どもの頃は自分がこういう表現の仕事をするとは思っていませんでした。だからこそ好きにできたのでしょうね。子どもに好きにやらせるというのも大切だと思います。やりたいことに集中できるのも子どもの特権じゃないですか。

堀江:今の時代、自分で調べてどんなことでも情報を得られるようになったので、子どもが「本当にその言葉の意味を知っているの?」と思うような言葉を発することがあります。今の世の中はいろんなものがたくさんあって簡単に手に入れることもできる。そんな時代だからこそ、「わたし/ぼくはこれが好き」「これがカワイイと思う」と自分で取捨選択できる力のある人に育てていきたいと思っています。昔は自分で本などを読んで、はじめて言葉と出会いました。でも今は求めなくても、テレビをつけ、インターネットをつなげばどんどん情報が入ってくる時代です。「この人はこう言っている」「こっちではまったく反対のことを言っている」とあらゆる“正解”がある中で、「でもわたしはこうなんだ」という自分にとっての正解を見つけられる力が育たないと、「なんでもいいや」ということになってしまうのではないかと心配になります。

人としての豊かさを育てる教育

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増田:僕は、最近また絵を描き始めたのですが、すぐうまくなっちゃうんですよ。どうやったら衝動のまま残せるのだろうと考えていて。子どもの頃描いたものって衝動だけが残っているじゃないですか。今の自分にできることやその時にしか思いつかないようなアイデアを切り取って、そのまま封じ込めるようなものづくりが図工・美術の授業の中にあるといいなと思います。下手でよくて、むしろ下手なほうがよくて、絵の才能がある・ないではない。そういう衝動みたいなものを子どもたちの時代のその瞬間に残してあげることができないかなと思います。僕の作品は、先にビジュアルではなく、言葉を考え、それをビジュアルでどう伝えられるかという順番でつくります。「課外授業 ようこそ先輩」の番組で行なった授業でも、最初に生徒たちに言葉を書かせました。ネガティブな言葉を書く子もいたのですが、そういう子がつくるものの中には、強さや面白さを見ることもできました。言葉にすることによってエネルギーが生まれるのですね。

堀江:ただ何かをつくっておしまいではなく、もっと自分の心の中を見つめて「わたしって何?」「あなたはどう考えている?」と考えることは、子どもたちにとっては苦しさもあるかもしれないですけれど、本当の意味で自分に向き合って考える時間になるのかもしれませんね。

増田:もうひとつ、僕はニューヨーク大学で客員研究員として講義をしているのですが、アメリカでのアートの教育では、「みんな誰でも天才」という教え方はしません。「ピカソのような天才は全体の1%で、残りの99%があなたたちです。1%の人はここにはいません。では、99%の人がどうやって1%の人と同じようなところまでいけるのか」という考え方で教育していくんです。たとえば美術館で「この作者はどんな気持ちでこの作品をつくったのか」というテーマでディスカッションをするとか。子どもの頃にそういうディスカッションをしておくと、大人になったときに作品の見方が違うし、「有名な絵が来た!」ではなくて、どうしてこの時代にたとえばモネがこういう絵を描いたのか、ゴッホがこういう絵を描いたのか、時代背景はどうだったのか。どうしてこういう表現が出てきたのかを考えることができる。そのためにディスカッションをさせることがすごく大切なのですが、日本の教育では年代やキーワードなどの暗記で終わってしまうような印象があります。けれどももっと美術的な思考回路をつくる教育が必要だと思います。

堀江:そうですね。表現するまでの思考回路は、自分の頭の中にしかないですからね。

増田:岡本太郎の「芸術は爆発だ」という表現のしかたでもいいのですが、そこにはきちんと彼なりの裏付けがあることを教えたほうがいいと思います。まだまだいろんなアイデアが出てきます。堀江先生と話しながら、僕も子どもの頃に記憶が戻って、こうだったらもっと楽しかっただろうなということを思い出しています。そして、もっと図工・美術の時間を増やしてほしいですよね。これは日本だけでなく、アメリカでも同じ問題がありますね。

堀江:世界中で活躍されて広い視野でものを見ている増田さんにそういっていただけると励みになります。表現教育はいつも減らされるかもしれないとはじめに名前が挙がるのですが、それでいいのだろうかと思いますね。

増田:机に向かうお勉強だとドロップアウトしてしまう子がより多く出ると思いますが、図工・美術だったらあまりドロップアウトしないですよね。図工・美術が国語の授業で行われてもいいじゃないですか。

堀江:面白かったのは、図工・美術が減らされるかもしれないという話について、図工専科ではない担任の先生たちが「図工がなくなったら子どもがおかしくなっちゃうから減らさないほうがいい」と言ってくれたことです。図工・美術がなぜ大事なのか、数字では表しにくいし一般の人には伝わりにくいのですが、感覚的に図工・美術の教科性、子どもが表現することがいかに大事かということを、大人は本当はわかっているんですよ。

増田:そうですね。一方で、美術大学ですらいくら美術を勉強しても就職できないという言葉が出てくることは驚きです。今の教育は、就職すること、社会に出てビジネスをするための教育になっているような気がします。でも、本当に大切なのは、人間として心豊かに生きていける人を育てる教育で、前時代的な考え方を変えていく必要性を感じています。

堀江:学びというものは、本来教科単体で切り離すものではなく、増田さんの道徳と図工・美術を融合させるというアイデアのように、道徳の時間や国語の時間に絵を描いてもいいのかもしれません。

増田:図工・美術というのはまさに「表現する」教科ですからね。あとはもっと言葉を知って、言葉のもつ意味を読み解いていける力も大事だと思います。国語の勉強は僕もいやだったけど、表現するために必要だと思えば本を読むことも楽しい。学びはすべてつながっているのだと大人になってみてわかりました。

堀江:すべての学習を一本の線で考えられたらきっといいのでしょうね。日本の教育が変わるとき、そういう形にできたらどんなにすばらしいかと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。

増田セバスチャン:アートディレクター、アーティスト。2017年度文化庁文化交流使、ニューヨーク大学客員研究員。京都芸術大学客員教授。1970年生まれ。90年代より演劇・現代美術の世界で活動をはじめる。1995年より原宿に活動拠点を持ち、横浜美術大学客員教授。1970年生まれ。90年代より演劇・現代美術の世界で活動をはじめる。一貫した独特な色彩感覚からアート、ファッション、エンターテインメントに渡り作品を制作。日本のKAWAII 文化を牽引する第一人者としても知られ、2011年きゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」MV美術、2015年「KAWAII MONSTER CAFE」プロデュースなど、世界にKAWAII文化が知られるきっかけを作った。2014年にニューヨークで個展「Colorful Rebellion -Seventh Nightmare-」を開催。2017年度文化庁文化交流使 としてオランダ、南アフリカ、アンゴラ、ボリビア、ブラジル、アメリカ各地で講演、ワークショップ、作品制作を行う。2020年に向けた参加型アートプロジェクト「TIME AFTER TIME CAPSULE」を世界各地で展開中。世の中に存在する全ての事象をマテリアルとして作品を創造しつづける。
堀江 美由紀:東京藝術大学絵画科油画卒業後、広告代理店に勤務(アートディレクター)。文部科学省大臣官房総務課へ転職し2年務めたのち、公立中学校美術教諭を経て、平成21年より、公立小学校教諭となる。前任校は台東区立蔵前小学校(図画工作科教諭)。現、葛飾区立こすげ小学校(図画工作科教諭・教務主幹)として勤務する。令和2年度版、図画工作科教科書(開隆堂出版)の執筆者。「図工室へいこう3」出版社: 美術出版エデュケーショナル「子どもの発想力と創造力を伸ばす 絵画・版画指導」出版社: ナツメ社等、造形教育関連書籍への授業実践提供多数あり。東京都図画工作研究会、副事務局長を務める。

取材・文:伊部玉紀 撮影:大崎えりや
※この記事は、『BSSカタログ2020』の巻頭特集インタビューを一部加筆・修正しています。
美術出版エデュケーショナル デジタルカタログ『BSSカタログ2020

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