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やっぱりこれからは図工・美術だ_02 目指すのはボーダレスな学び[後編]

「わたしの図工美術」第2弾として、音楽家として活躍しながら、子どもと大人が楽しめるものづくりのアトリエを主宰しているシーナアキコさんと、秋田県大仙市立西仙北中学校美術教諭の田中真二朗先生に「学び」について語り合っていただきました。シーナさんは音楽と図工・美術には共通点があると語り、田中先生はそこから新たなひらめきを得たようです。お二人の言葉からは子どもの学びへの熱い思いが伝わってきます。子どもの頃の思い出や創作への思い、そして、未来をつくる子どもたちのために図工・美術ができることは──。

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前編は以下よりご覧いただけます。

子どもたちの学びが生まれる場づくり

田中:ズッコロッカはどのようにして始まったのですか?

シーナ:発起人である水野明香さんとわたしは、それぞれが子どもの居場所づくりをしたいという思いをもっていて、ある小学校の授業補助で出会ったときに、一緒にあそびのアトリエをつくろうと意気投合したんです。水野さんの図工の切り口の面白さと、わたしの音楽の切り口の面白さをミックスした場所にしたら、子どもがボーダーレスな表現活動ができる場所になるんじゃないかなというのが最初のアイデアです。

田中:ボーダーレスはいいですね。学びというものを考えるとき、図工・美術に閉じた学びではなく、教科の枠を超えていけたらと思います。ズッコロッカで子どもたちと向き合うとき、シーナさんが大切にしていることはありますか?

シーナ:大切にしているのは、子どもが自分で考えて手を動かせる、子ども主導でできる場所にしたいということですね。わたしは「こんな風にすると面白いよ」と、ものすごく言いたいけど(笑)、まずは言わずにがまんして、子どもたちをよく観察するようにしています。そして助けを求められたときには、全力で「これあるよ!」と伝えます。子どもが「なんだろう? 面白いものが入っているのかな?」と気になる程度に引き出しを開いておくような感覚です。

田中:図工の先生と同じ感覚ですね。

シーナ:あと、わたし自身が子どもを育てて気がついたのは、2、3歳の子どもを育てていると、楽しさもあるけれども、どこかもんもんとする思いが心の片隅にあるんですね。本当は子どものことが大好きなのに、ちょっと大変だなと思ってしまうところがあって。そして、子育てをしていると自分のことをやる時間、オフがないと感じました。それなら、親御さんがものづくりをしたり、くつろいだりと自分のために使える時間をズッコロッカでつくれたらと考えて、月に数回「OPENDAY、という日をつくりました。
先日はタイマッサージの方が来て、親御さんがマッサージを受けている間、手の空いている大人が子守りをし合いました。そういう大人も子どもも楽しめる、遊べる場所になっていけばいいなという思いがあります。

田中:自分の時間がないというのは、うちの妻も言っていますね。余裕がないとちょっとしたことで叱ってしまう、と。学校の先生も実は同じで。余裕があると子どものやっていることをよく見られるんですよ。この学期中にここまで教えないといけない、この提出の期日はいつだなんていうことになると、「こうしなさい、ああしなさい」と口出ししたくなる。僕もたまにそういう状況に陥る日がありますよ。だから先生も余裕をもつことが大事で、本当は子どもに任せるときは任せるほうがいいときもあるんですよね。

シーナ:そうですね。子どもにとって大切なのは、どこまで進むかではなくて、ここまでできるようになるまでにどこでつまずいたか、どんな失敗をしたか。そこに気づくことが財産で、その先に活きてきます。そういう気づきがもっとたくさんできるような環境をつくってあげられるといいですよね。

田中:それは本当にそう思いますね。子どもの気づきは、とても大事な学びですが、それを僕ら教師が奪ってしまうときもあるのだと思います。シーナさんが子ども主導とおっしゃいましたが、それぞれの子どもがいろいろなことに気づき、それを友達に話すことでまた考えが広がっていって、新たな見方につながっていくような授業を、僕もやっていきたいです。

図工・美術の果たす役割

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田中:最後にお聞きします。子どもの成長において図工・美術の教科が果たせる役割はどんなことがあると思いますか? 
僕は、この教科の特性は失敗を大いに楽しむことができることだと思っています。曖昧なイメージの中で、いろんな材料に触れて、友達の発見や気づきに触発されて新たな方法や技を追究してなんとか形に残そうとする。こういうプロセスって社会に出たときに必要なスキルなんだと思います。自分なりの世界観をつくりあげる楽しさもあるし、人との違いを楽しむこともできる。
とくに中学校の美術は、多感な時期の気持ちやネガティブな思いを表出させる手段でもあります。作品にすることで客観的に自分を見つめることにつながるんです。今の自分を見つめる、受け入れるということができる教科なんじゃないかと思います。

シーナ:図工・美術のよさは、いろいろな材料に出会えることですね。ズッコロッカでもいろいろな材料を用意していて、その中から自分で「いいな」と思うものを見つけたり気づいたりすることができれば、表現の引き出しがどんどん広がっていく気がします。だからわたしたち大人は、子どもが、「何だろう?」と思えるものをいかにたくさん用意できるか、そういう環境をどれほど用意できるかだと思います。何か引っかかるような状態で提示できれば、子どもたちは勝手に見つけて自らつくりだすので。それは、図工も音楽も共通していることだと思います。
でも、自由ってすごくむずかしいんですね。音楽の話になりますが、「自由につくっていいよ」と言われても、組み合わせが膨大すぎて手を出しにくかったり、自分の表現したいことを見失ったり遠ざかったりしてしまうこともありますよね。
逆に、制限されることで創意工夫が生まれ面白いものがでてくることがあります。たとえばゲームの音楽。わたしはファミコン世代ですが、ファミコンのBGMってすごくシンプルで、メロディーとリズムとベースラインがあって、それだけでいろいろなイメージを湧かせるような素晴らしい音楽がたくさんつくられているなと感じました。
だから子どもとの音づくりでは、まず制限した中で工夫して表現する面白さを感じてもらって、そこから自由な環境にしてみるとか。そうすると気づけることがあるんですね。何もかも自由ではなくて、一度制限するような枠組みを提示することで自由の幅を広げる、そういうことも子どもたちと一緒にできたらなと思います。

田中:僕も美術の授業で、紙だけを使ってつくる題材をやることもあります。紙って何かを書いたりするものという認識がありますが、破いたり、ひも状にしたり、それを編んだり、切り込んだり、質感を変えたりすることでもっと紙の可能性が見えてくるんです。紙しか使ってはいけないという条件で、新たな一歩を踏み出す「靴」をつくるという授業を行っています。
材料を制限する中から、創造性が生まれることもあるんです。たぶんこれからの時代、そういう知識と経験は必要になるだろうと思うんです。
これまで常識と思っていたことが、次の日には非常識になる、なんてこともあり得ます。ひとつの材料でも見方を変えることで新たな使い方ができるかもしれない。そうして造形的な見方や考え方をどんどん身につけていくことが新たな世界をつくっていくことにつながるんじゃないかなと思います。その新しい世界で、楽しく豊かに生きていく、そうした生き方を図工・美術で子どもたちと一緒に考えていけるような授業をしていこうと思います。
今日はシーナさんのお話を聞いて勇気をもらったように思います。学びってそもそもボーダレスで楽しいものだと改めて感じました。これからも様々な気づきを図工・美術界にもたらしてほしいと思います。今日はありがとうございました。

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シーナアキコ:マリンバ・ピアノ・ガラクタ演奏家。CM音楽や NHKを始め様々な映像音楽制作に携わる他、文化庁による文化芸術による子どもの育成事業に携わり、小学生から高校生までの音楽の授業から、木の楽器作りのワークショップなど親子で楽しめる時間もプロデュースしている。昨年6月からは 大人も子どもも楽しめるワークショップや演奏会を行うスペース『あそびのアトリエズッコロッカ』を図工の先生みずのさやかと共に始動
HP:http://c-bara.strikingly.com 
ZUCCO ROCCA HP:http://zucco.mystrikingly.com/
田中真二郎:1980年 秋田県生まれ。秋田県大仙市立西仙北中学校教諭。宮城教育大学大学院修了後、宮城県私立高校非常勤講師、秋田県内公立中学校を経て2013年より現職(2014~2016年度、国立教育政策研究所 教育課程研究指定校に指定)。作品だけではなく、生徒の思考の痕跡や授業の意義なども展示する「美術の時間」展を毎年開催している。地域と密接に結びついた授業実践を軸に学校内外問わず、地域住民とともに授業を展開し、2012年には「目指せ、和菓子職人!地域の創作和菓子」などの美術展の実践が博報堂賞を受賞。これからの社会を生きていく「未来の大人」と一緒に、美術って何だろう?と悩みながら日々色々な発見をしている。昨年、その実践をまとめた『造形的な見方・考え方を働かせる 中学校美術題材&授業プラン36』を上梓。

取材・文:伊部玉紀 撮影:大崎えりや
※この記事は、『BSSカタログ2020』の巻頭特集インタビューを一部加筆・修正しています。
美術出版エデュケーショナル デジタルカタログ『BSSカタログ2020』

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