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飲み屋でテレビに説教をするような調子の裁判官とそうさせてしまうダメな被告人の話

 その日、地裁の予定はそれほど新件が多くなく、そんな時は簡裁をのぞくようにしてる。

 被告人席に座っていたのは30代の男性で、身上経歴を簡単に説明すると、仕事は飲食店勤務で、東北の高校を中退した後に上京し、そこで出会った妻とデキ婚しており、現在は妻と子供との3人暮らしだという。
 ではこの男が今何故被告人席にいるかというと、友人に2万円借りに繁華街まで出かけて行き、夜中まで飲み歩いた帰り道、ふと見たら駅前デパートの前で酔いつぶれて寝ているおじさんがいたのでポケットから財布を抜いてその中の5万円を拝借した。そこまでは良かったが、寝ていたおじさんがそれに気づいて男を捕まえ、駆けつけた警察官によって現行犯逮捕となった。その時の所持金は55円だったそうだ。もうすでに借りた2万円をその日の飲み代で使ってしまっていたのである。
 ここまでが今回の裁判の罪状で、上記の数行で既に突っ込み所のオンパレードなのだが、さらにこの男には自宅2階から窓の外を流れる川にゴミを常習的に投げ捨てていたという前科がある。オマケにもう一つ、十徳ナイフを持って街を歩いていたという前歴まである。

 ここまでの話を聞いてもこの男がだいぶだらしないことは容易に想像できるが、男の情状証人には妻が来ていて、夫との金銭面の事情を情状証人とは思えないほど饒舌に暴露していく。
 夫の月給は20万円前後で、妻の収入も22万円ほどというから、子供もいることを考えると少し心もとない気もする。家計は妻が管理していて、事件の約1年前から小遣い制になり夫には月に小遣いを3万円渡していた。夫はそれでも足りず、仕方なく事件当時は月4万円の小遣いを渡していた。
 3万円では足りなかったという事だが、その後の被告人尋問によると、被告である夫はその3万円を最初の数日で使い切ってしまっていたというから、もうそれは足りないとかそういう話しではなく、あればあるだけその日に使ってしまうタイプの人間なのだ。

 更には被告にはギャンブルや酒で作った借金が200万あり、それを妻が肩代わりしていたことまで、もうわんこそばのように次から次へと被告のクズっぷりがお替わりされてゆく。

 裁判官をはじめ検察官や私語禁止の傍聴席からもため息が漏れる。

 裁判官が口を開く。

 「それでは裁判所から質問をします」

 以前の記事にも書いたが、裁判官の一人称は「裁判所」だ。普通なら「私は」と言うところを、「裁判所」と呼ぶ事で主観ではなくあくまで法に基づいた客観的な立場で話をしているという意味合いがある。
 裁判官がなぜ犯行に及んだかを聞くと、「小遣い制になってお金が足りなくなった」と言うので、さらに裁判官は「何に使ったのか」と問うと、

「職場の飲み会とギャンブルです。飲み会では2万円くらい使いました」

裁判官はすかさず、「1回の飲み会で2万?それ”料理店”行ってますよね?」

法律用語や不動産取引等でいう料理店とは風営法を通さなければいけない業態、要するにここではキャバクラを指す。裁判官は続ける。

「私が思うに、夫婦お二人の収入で小遣い月4万って、いい方だと思うよ?もっと稼いでる人だってそんなもんだよ。私だってそんなもんだよ。」

 呆れた裁判官からついに「裁判所」と言う一人称がどこかに行ってしまった。ギリギリ「私」と言っているが声の感じが明らかに「俺」と言う時のそれで、しかも自分の小遣いの金額まで暴露してしまっている。
 簡裁はたまにこういう裁判官がいるから面白いし、逆に硬い法廷の雰囲気の中にこういう裁判官がいると何となく被告に寄り添っている感じすらしてくる。

 「小遣いもらったその日にキャバクラで1万も2万も使ってるんだもん。ダメだよねぇ、前回の事件(前科)の時は執行猶予付いたみたいだけど、今回は一度刑務所入ってみますかぁ?」
 もう裁判官の口調と言うよりおっさんの説教になってきた。
 
 「いえ、、、それは、、、いやです」

と言う被告に、

 「いやぁ、今回は入った方がいいよ。自分でもそう思わない?」

と畳み掛ける。

 検察からの求刑は禁固1年6ヶ月だったが、これに執行猶予が付くかどうかはわからない。同類の前科前歴がないし、簡裁での裁判なので執行猶予が付くことも考えられるが、裁判官の

「一回刑務所入った方がいいと思うよ私は」

と言うまさかの発言に実刑もあるかと思ったが、あえて裁判用語ではない砕けた言葉を使って被告人にお灸を据えて、執行猶予の温情判決という事もあり得ると思い法廷を出た。


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