【ショートショート】未来からきた男

それはある晴れた平日の昼下がりだった。
外回りの営業をサボって、公園のベンチに座っていたら、ベンチの後ろの茂みの中から、銀色の全身タイツに身を包んだ男が出てきた。

男はおれに言った。

「今西暦何年ですか！？」

おれは答える。

「えっ…いや、2020年ですけど」

男は、ガッツポーツで喜ぶ。

「やった！タイムスリップ成功だ！」

頭がおかしい人に会ってしまったと、その場から去ろうとするおれに、男は言った。

「驚かせてしまってすみません、実は僕、2120年、未来からタイムスリップしてきたんです！」

（タイムスリップ…？）

漫画や映画の世界でしか聞いたことがない。
やはり頭がおかしい人に話し掛けられたと、おれは苦笑いで会釈をして去ろうとする。

それを見た男はおれの手を掴み、少し声を荒げて続ける。

「すみません！助けてください！未来が今大変なんです！」

男の、あまりの必死の表情に、おれは足を止める。

男は続ける。

「実は…僕がいた１００年後の未来では、人々が平気で暴力を振るう、荒れ果てた世界になっているのです。貧困や、環境汚染などが原因で、人間の心が荒み切っているのです…」

男の感情の篭った話し方は、頭のおかしい人のそれとは思えなかった。

おれが改めて聞く体勢になったのを確認して、男は続けた。

「…あなたに助けて欲しいんです。未来を変えて欲しいんです！」

おれは男に少しばかりの怪しさを感じながらも、男の必死さから、自分に出来ることならば協力してあげたいと思った。

「…助けるって、何をすればいいんですか？」

男の表情は一気に明るくなった。

「あ…ありがとうございます！簡単なことです！この…」

男は自分のポケットをまさぐり始め、中から数珠のような物を取り出した。

「パワーストーンを買ってくれればいいんです！」

ポケットから取り出した数珠のようなものを、おれの目の前に差し出した。

「この2020年から、人間の心は荒んでしまうんです。ただ、このパワーストーンは、心に安らぎと平穏を与える力があるんです。だからこれをできる限り、多くの人に広めたくて・・・。これ、１０万円するんですけど、買ってくれませんか？」

（・・・ん？）

何かがおかしい。

「あっでも、安心してください！お兄さんが、このパワーストーンを、3人の人に紹介すればいいんです！そしたら、マージンがお兄さんに入るんですね！で、そのパワーストーンを買った人がまた３人に紹介していけば、倍々ゲームでどんどんお兄さんがお金持ちになっていくっていう仕組みなんですね！このパワーストーン買えば、心も平穏、尚且つお金が入っていって、お兄さんの夢も叶う・・・」

おれは走って逃げた。

＊＊＊

後日、ニュースを見ていたら、こんな報道が流れていた。

「昨日正午頃、連鎖販売禁止法違反の疑いで、無職の斎藤和正容疑者31歳が、東京都江東区の自宅マンション前で逮捕されました。
逮捕当時、斎藤容疑者は銀色の全身タイツに身を包み、所持していたカバンからは、大量の数珠が出てきたとのことです。

調べに寄りますと、斎藤容疑者の所属する詐欺グループは、『未来から来た詐欺』という手法を取っており、「未来が大変になっているので、救う為にパワーストーンを買って欲しい」という手口で、およそ１億円を騙し取った疑い。

斎藤容疑者は取り調べに対し、「未来から来たなんて言って信じてくれるような人は、間違いなく騙されやすい人。そこを狙って、この手法を取った」と供述しているとのことです。」

詐欺の手口はどんどん増えている。