【短編小説】職場を飛び続けた僕は翼を授かったのだが、それは自由ではなく不自由であった
異変が起きたのは、大学生のとき、人生で3回目のアルバイトを飛んだときだった。
全国チェーンの牛丼屋でアルバイトをしていた僕は、その日何となくバイトに行くのがだるくなり、バイトを飛んだ。
しばらくしたら、背中に小さい突起物が2つ出来ていた。
ちょうど肩甲骨あたりに。左右対称で。
それから始めたピザの配達のアルバイト。
こちらも3日で飛んだ。
すると、突起物は大きくなった。
それからもお寿司屋さん、バーテンダー、コンビニの店員、あらゆるアルバイトを始めては飛んでを繰り返していた。
すると、突起物はどんどん大きくなり、やがて突起の部分だけ白い毛で覆われるようになった。
何かの病気ではないかと思い、近くの病院で診てもらった。
ヨボヨボのおじいちゃんのお医者さんはそれを見て、「なんですかねー…わかんないけど、とりあえず抗生物質と塗り薬出しときますね」と、適当な診断を下した。
痛くもない、痒くもない、ただ背中に2つの突起物があるだけ。
服を着れば隠れるし、まあいいかと、僕は特別気にしないように過ごしていた。
大学を卒業し、企業に就職をした。
不動産の営業職。
朝から晩までガンガンテレアポと飛び込み営業。
ノルマを達成出来なかったら、上司が激昂するブラック企業。
半年で僕は職場を飛んだ。
すると、背中の白い毛で覆われた突起物は、見違えるほど大きくなった。全長30センチほどの長さになった。
そして少し力を入れると、突起物を動かせることもわかった。
鏡で自分の背中を見て、はっきりわかったことがある。
突起物は、どう見ても"翼"であった。
そして、この“翼”は、どうやら僕が職場を"飛ぶ”ごとに成長していっているようだ。
それからも僕は、アルバイト、契約社員、正社員など、ありとあらゆる雇用形態で就職しては、職場を飛ぶを繰り返していた。
そしてやはり、僕が職場を"飛ぶ"たびに、"翼"は大きくなっていった。
いつしか僕はこの"翼"を成長させるために、職場を"飛ぶ"ようになっていた。
この翼が大きくなったら、きっと空を飛べる。
空を飛べるということは自由になれるということだ。
僕は自由を得る為に、どんどん職場を飛び続けた。
そして25歳のとき、ついに僕の翼は全長1メートル程までに成長した。
もはや服を着ても隠しきれない。翼を折りたたんだとしても、3サイズくらい上のダボダボの服でやっと収まるくらいの大きさだ。
服を脱ぎ、家の全身鏡の前で翼を動かしてみる。
大きな翼は、力を入れると、鳥のそれのように羽ばたかせることができた。
繰り返し翼を羽ばたかせ続けてみる。
すると、
僕の身体は少し宙に浮いた。
僕は嬉しくなり、家の前の公園へと向かった。
そして、上半身裸になり、先程と同様翼を羽ばたかせ続けた。
僕の身体は、どんどん空高く舞い上がっていった。
(飛べた…!!)
元々の運動神経が良かったのも功を奏して、翼を使っての飛行のコツはすぐに掴んだ。
僕は街中の空を飛び回った。
ついに手に入れた。
これが僕が求めていたもの。
これが僕が求めていた"自由"だ。
そのまま3時間程空を飛び続けた。
そして、
思った。
(これ…が、自由か?)
僕は空を飛べれば自由になれると思っていた。
たしかに空を飛べるようになった今、満員電車に乗る必要もないし、その気になれば海外にだって飛んでいけるだろう。
ただ職場を飛び続けた僕はお金がない。
当然、お金を稼がなければ飯は食えない。
自由だけど、飯が食えない。
飯が食えない今の僕は、果たして自由と言えるのか?
禅問答のような自問自答を繰り返す。
飛び続けながら自由についてひたすら考える。
そして僕は、公園に着陸をした。
***
今、僕は、近所の本屋でアルバイトをしている。
あの日以降、翼を使って空を飛んでいない。
僕が求め続けた自由は、決して自由ではなかったと気づいたからだ。
働かないと飯は食えない。飯が食えないと自由にはなれない。
翼は折り畳まれたまま、僕の背中で眠っている。
本棚を整理しているとき、たまに翼の先が、僕の背後に平積みされた本を崩してしまう。
しっかしこの翼、不自由で仕方がない。
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