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【ショートショート】精霊馬

「しょう…りょう…うま?」

お母さんから発せられた、聞き馴染みのない言葉を、私はオウム返しする。

お母さんは、夕飯の支度をしながら、話を続ける。

「そう、精霊馬。キュウリとナスに、お箸で足を作ってお供えするの。そうしたら、ご先祖様がね、お盆の時期に、お家に帰ってきてくれるのよ」

「へぇ…キュウリとナスなの?」

「うん。キュウリは馬を表していて、ナスは牛を表しているのよ。ご先祖様には、馬に乗って、早くお家に来てもらって、帰りは牛に乗ってゆっくり帰って行ってほしいっていう意味なの」

「へぇ…そうなんだ」

夕飯までまだ掛かりそうだったので部屋に戻ろうとしていた私に、お母さんは言った。

「マナミ、ちょっと冷蔵庫からキュウリとナス取って、精霊馬作っといてくれない?」

めんどくさいなぁと思いながらも、やることもなかったし、私は引き受けた。

冷蔵庫を開ける。

「あれ、お母さん、キュウリもナスもないよ」

お母さんは、首を私に向けて、

「あらやだ。買い忘れちゃったかしら。なんか似たようなのない?」

と私に問い掛ける。

私は、冷蔵庫をガサガサと漁りながら、

「えっと…ズッキーニと…パプリカならあるけど」

冷蔵庫の中から見つけた野菜をお母さんに向けて見せる。

「ズッキーニとパプリカ・・・まあ似たようなもんだし、いいかな。引き出しから割り箸取って、精霊馬作っといて。ネットで画像調べればなんとなくわかると思うから」

お母さんはそう言い残し、再び夕飯作りに戻った。

私はスマホの画像検索で精霊馬を調べ、見様見真似で、ズッキーニとパプリカの精霊馬を作り、お仏壇にお供えした。


その日の夜中、けたたましい音と供に私は目を覚ました。

“ブルーン!!ブルーン!!キキー!!”

音の在り処を探っていたところ、どうやら仏間からのようだ。

そっと、仏間のふすまを開ける。

すると、部屋の中には、おじいちゃんの幽霊がいた。

おじいちゃんの幽霊は私に気づいた。

「おーマナミか!!久しぶりだな!!」

びっくりした。

びっくりしたと言っても、私には霊感があるということはわかっていたので、おじいちゃんの幽霊に対してびっくりしたというわけではなかった。

おじいちゃんの幽霊がフェラーリに乗って来たということにびっくりした。

仏間にフェラーリが乗り込んでいる。

おじいちゃんは仏壇に近づく。

「あー!!やっぱりか!!お前、キュウリじゃなくてズッキーニで精霊馬作ったろ!!ズッキーニで精霊馬作られたら、わしら馬じゃなくてフェラーリで来なきゃいけなくなるんじゃよ!!」

なるほど。馬を表すキュウリを、私がズッキーニで代用してしまったばかりに、おじいちゃんの移動手段も洋風になってしまったということか。

生前と同じ、やたら大きい声でおじいちゃんは話し続ける。

「まあけっこういるんだけどな、ズッキーニで精霊馬作る家庭。でもさ、わしだいぶ前に免許返納しちゃってるからのぉ、いや運転大変じゃったわー!!」

おじいちゃんめちゃくちゃ喋る。

悪い事をしてしまったと思い、私はおじいちゃんの幽霊に頭を下げた。

「ごめんなさいおじいちゃん!ちょっと冷蔵庫にキュウリもナスもなくて…」

おじいちゃんは笑いながら、私の方を向く。

「いやいいんだ!ちょっとびっくりしちゃっただけだから!去年馬だったから、今年も馬かなと思ってたら、いきなりあの世でフェラーリの鍵渡されちゃったもんでのぉ!
どうだ?みんな元気でやっとるか?」

生前と同じ、優しいおじいちゃんだった。

「うん、みんなすごい元気だよ。うちの家系で霊感強いのは私だけだから、みんなはおじいちゃんに会えないけど、私から伝えとくよ。おじいちゃんも元気そうだったって」

おじいちゃんは満面の笑みでうなずく。

「マナミ、ありがとうな。いつでも、わしはあの世からお前達を守り続けるからな」

おじいちゃんの優しい笑顔が私は大好きだった。
たとえ幽霊になっていたとしても、この笑顔を見れて、私はとても嬉しかった。

「よし、そろそろ帰るかのぉ」

空を見上げながらおじいちゃんは言った。

「えっもう帰っちゃうの?」

せっかく来てくれたんだ。もっとゆっくりしていって欲しかった。

おじいちゃんは、

「ちょっと運転に手間取って、予定より遅く着いちゃってのぉ。早く帰らないと、あの世で怒られちゃうんじゃ」

と、少し恥ずかしそうに言った。

「そっか…来年はちゃんとキュウリで精霊馬作るね」

おじいちゃんはニコッと笑って、再び空を見上げた。

そして、おじいちゃんはトロッコに乗って、ゆっくりと空へと帰っていった。


私は思った。

(・・・パプリカで精霊馬作ると、帰りはトロッコになっちゃうんだ)

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